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(3)

 今頃、旦那様が会長室にいないわたしを探しているかもしれない。

 急がないと!


 そう思って酒場から駆け出したものの、途中で失速してしまった。

 ロイさんが自ら登録を抹消していたという衝撃的な事実を思い出してしまったためだ。


 知らなかった。

 どうしてジークさんは知っていたんだろう。


 とぼとぼと広場まで歩き、空いているベンチに腰を下ろすと立ち上がれなくなってしまった。

 話し合いを上手くまとめられなかったことも、ロイさんが冒険者を辞めてしまったことも、どちらもショックが大きい。

 もしかすると最後の最後にロイさんが来てくれるかも!っていう淡い期待を抱いていたのは何だったのか。

 

 わたしも冒険者を辞めてしまおうかな…。


 そう思ってうつむいた時だった。

「ヴィクトリア?」

 後ろからわたしの名を呼ぶ声がして、顔を上げて振り向くとそこに旦那様が立っていた。


 しまった!

 ロイさんのことで感傷的になっている場合じゃなかった。

 旦那様のことを忘れていたわ!


「すぐ見つかってよかった。部屋にいなかったから探したんだよ?」

 旦那様はわたしの横に腰を下ろして顔を覗き込んできた。


「申し訳ありません」

 あなたの存在を忘れていました——そこまではさすがに言わないけれど。


「いや、こっちこそすまなかった。あっさり終わるはずの会合が長引いてしまって、暇つぶしに外に出たんだろう?迷子にでもなったのか?泣きそうな顔をしている」


 謝らないでください。会合が長引いたのはわたしのせいです。おまけに何度も旦那様に助けていただきました。ありがとうございます。泣きそうなのはあなたとは全く関係ない理由です——正直にそう言えたらいいのに、言えるはずもない。


 旦那様がわたしの肩を抱いて引き寄せ、大きな手でわたしの頭をポンポンと撫でた。

「せっかくだからイカ焼きを食べてから帰ろうか」


 どうしたんだろう。

 旦那様が何だか甘すぎる。


 こくんと頷きそうになったところで背後からヒソヒソ声が聞こえて来た。

「あら、領主様だわ」

「奥様とご一緒でデートかしら。仲がおよろしいわね」

「だって新婚さんですものね」


 なるほど、人目があるから仲睦まじく見せようとしていたわけね。

 また騙されるところだったわ。わたしって、どこまで馬鹿なのかしら。


 縦に振るつもりだった首を微かに横に振った。

「いいえ、もう帰りましょう」


 作り笑顔で立ち上がると旦那様の手を引っ張った。

 傍目には、そろそろ行きましょうとおねだりしているような雰囲気で。


「イカ焼きは?」


 旦那様、まだそんなことおっしゃってるんですか?

「もう十分です」

 わたしたちが領主夫婦だと気づいた人たちにはもう十分見せつけたから、これぐらいでいいでしょう。


 腕を組んで歩き、冒険者協会の前で待たせていた馬車に乗った。


 帰り道はまた窓の外を見ながら、これからどうすればいいのかということを考え続けた。


 冒険者を引退するという選択肢は無い!と言い切っていた威勢のいいわたしはもういない。

 わたしにとってのダンジョン攻略は、ロイさんがいてこそ成り立っていたのだから。


 リアルが忙しくてなかなか戻ることができないのかもしれない。

 それとも、ふらっとソロでダンジョンに潜ってみたら秘密の通路でも見つけて、それが思いのほか深くて、ダンジョンの奥で魔物を煮炊きして食べながらサバイバル生活でも送っているのかもしれない。

 そんな風に思っていた。


 彼が大事にしていたパーティーを存続させて、いずれ彼が戻って来たときに褒めてもらおう。最下層を踏破して大樹に花が咲いたら、その噂を聞きつけて戻ってくるかもしれない。

 そう期待していたのに、ロイさんはとっくに冒険者を辞めていた。


 でもここでわたしも辞めてしまったら、こんなお飾り妻の茶番だけを続けていくことになるのだ。

 ダンジョン攻略を続けても続けなくても、どっちも辛い。


 思わずため息をつくと、隣に座る旦那様が「大丈夫か?」と窺うように言ってきた。

 さっきから何か話しかけられていたのだが、わたしは自分自身を悩ませる諸問題をどう解決するかという思案に没頭していて、旦那様の話をちっとも聞いていなかった。


「はい、大丈夫です」


「よかった。では明日一緒に王都に行こう」


 ちょっ…ええっ?

 何の話!?


 戸惑うわたしをよそに、旦那様はにこっと笑ったのだった。




 


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