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案の定、ジークさんは無精ひげの強面の顔を不機嫌そうにしかめながら、いきなり訳の分からない要求をしてきた。
「討伐隊のリーダーは俺がやる。それが嫌なら俺らは協力しない」
何を言っているんだか。
ジークさんのパーティーは、まだ地下49階をクリアしていないはずだ。
ちなみにロイパーティーは地下48階のボス、スペクターは合同パーティーで倒してどうにかクリアしたが、地下49階は自力でクリアしている。
「ジークさんのパーティーのビジター扱いになると地下50階まで行けませんよね?」
首を傾げながら尋ねると、ジークさんは巨体を揺らしてククッと笑い、悪びれもせずに言った。
「だから、パーティー自体はそっちで、実際に陣頭指揮を執るのは俺ってことだよ、そんなこともわかんねえのか」
いや、だから意味がわからないんですけど?
「お断りします。協力していただかなくて結構です。どうぞお引き取りください」
かぶせ気味にそう告げると、思わぬ方向からブッと吹き出す音が聞こえてきた。
旦那様が笑いを堪えている。
そんなに面白いことを言った覚えはないのだけれど。
「大規模レイドには協調性が何よりも必要です。最初から喧嘩腰な態度を取るようなパーティーと手を組むことは不可能です」
「はあっ!?テメー、ロイがいなきゃただの小娘のくせに偉そうな態度とりやがって。ロイのヤツはもう引退したんだろ?いつまでも大きな顔してられると思うなよ」
ジークさんが激高して真っ赤な顔で唾を飛ばしながら大声を出している。
「ロイさんは長期不在なだけです。引退なんてしていません」
するとジークさんがニタアっと意地悪く笑った。
「会長さんよお、ロイがまだ冒険者として登録しているか調べてくんねえか」
どういうことだろう。
ジークさんは何か知っているの…?
すると旦那様が小さくため息をついた。
「実は彼のことならもう調べています。守秘義務があるため詳細は伏せますが、ロイパーティーのリーダーのロイは、半年前に本人の申し出により登録を抹消しています」
嘘……。
半年前っていったら、ロイさんが来なくなってすぐだ。
自主的に辞めたってこと?
わたしたちに何も言わずに?
正面に座るジークさんが「ほらな」という得意げな顔をしてニヤニヤしているのが見える。
この人はどうしてそのことを知っていたの?
どうしよう泣きそうだ——。
「そんなことも知らなかったのか知っていて俺らに嘘をついていたのかは知らねえけど、あんたじゃ話になんねえから、もう引っ込んでろ。ここからは俺が話を進めさせてもらうが…」
わたしの動揺に付け込んで強引に主導権を握ろうとするジークさんの暴挙を止めたのは旦那様だった。
「それはおかしいですね。リーダーが引退すればサブリーダーがリーダーに自動昇格することになっていますから、現在ロイパーティーのリーダーはヴィーさんです。パーティー名はリーダーの名前を付けるのが基本ですが、引退などの理由でリーダーが入れ替わる場合はパーティー名を変更しても、そのままでもどちらでもいいという規則もあります。
今回はロイパーティーの要請でこの会合を開いているわけですから、たとえ前のリーダーが引退していたとしても発言権が無いということはあり得ません」
低い声で静かに不快感を示す旦那様の発言で、さすがのジークさんも黙ってしまった。
旦那様のナイスなフォローで元気を取り戻したわたしも声を上げる。
「地下50階まで到達しているのはロイパーティーだけです。わたしに大きな顔をされるのが嫌なら、協力はしていただかなくて結構です」
主導権を渡すものですか!
「それでラスボスをクリアできると思ってんのかよ」
憮然とした顔で問われて思わず口を噤んでしまった。
地下50階のボスはサイクロプスだけではないはずだ。
最終的にはラスボスが登場するはずだが、それがどの程度の強さなのか予想すらできない。
「確かに、ジークさんとその取り巻きがいたほうが討伐がラクだよね」
ちょっと、ユリウスさん!
どっちの味方なのよう。「取り巻き」っていう言い方は何気に小馬鹿にしている感じで笑っちゃうけどね。
ユリウスさんの発言は客観的な意見だとは思う。
強い人がたくさんいたほうがラクだし、成功率も高いだろうということはもちろんわかっている。
でもね、信頼関係がないことにはどうにもならないでしょうよ!
その後の話し合いも、わたしが何か言えばジークさんが必ず反対意見を言い、討伐の作戦どころか参加者すら決まらないという壊滅的な状態となり、これでは埒が明かないということで今日の会合はお開きとなってしまった。
「各パーティーでもう一度よく話し合ってからこの場に来てください。次回の話し合いの日程は追ってお知らせします」
旦那様はそう言い残して退室した。
ロイさんが自主的に登録を抹消したという事実を聞いて動揺してしまったことも大きく影響しているけれど、それにしてもこの場すらまとめられないわたしに、大規模討伐の陣頭指揮を執ることなど到底できないだろう。
きっと今日、この場にいた人全員がそう思ったはずだ。
椅子に座ったまま動けずにいるわたしを励ますようにトミーさんがポンポンとほっかむりの頭を撫でて退室していった。
隣にいたユリウスさんは、立ち上がりながら少し申し訳なさそうな顔でわたしの背中を撫でてくれている。
「ごめんね、あんなこと言ってしまって。でも、うちのメンバーが大怪我をしたりするのはやっぱりちょっとね」
ユリウスさんの言いたいことはよくわかる。
ヘタすると蘇生不可能なほどの攻撃を食らう恐れだって十二分にあるのだ。
少しでも安全に、誰一人欠けることなく討伐を完了させたいと願うのはパーティーのリーダーとして当然のことであり、それに向けて抜かりのない準備をする責務も負っている。
「大丈夫です。わかっています」
無理に笑顔を作って見せたが、よく考えたらこのほっかむりのせいで目元しか出ていないのだから口角を上げても意味がなかった。
「協力してくれる皆さんが納得して参加できるように、もう少し考えて出直してきますね」
「うん、頑張ろうね」
ユリウスさんは、マーシェスダンジョンにおいてロイパーティー以外でペットを運用している唯一の冒険者だ。
高難易度であることが必至のラストダンジョンにペットは必要不可欠で、ユリウスパーティーには何としてでも参加してもらいたい。
ユリウスさんを見送って最後に部屋を出る…ふりをして、誰も近くにいないことを確認し、その部屋にあった観葉植物の鉢植えからまた酒場の二階へ移動した。
着替えないことには冒険者協会の中にある会長室に戻れない。
ボコボコっと音を立てながら酒場の二階に戻ると、ハットリが「ふんどし」とかいう名前のひもパンに、赤いマントだけ羽織って椅子に腰かけていた。
「やだ、変態!」
「仕方ねえだろうが、あんたが俺の服を奪って行ったんだろう!こんな状態でビアンカさんに助けを求めに行くわけにもいかねえし、何か着るもんないかって探したらこのマントを見つけたんだよっ」
ハットリが羽織っているマントは、対ファイヤードラゴン戦に備えて装具師に作ってもらった炎のブレス攻撃から身を守るためのマントだ。
まともにくらうと完全に防ぎ切ることはできないけれど、「熱っ!」と叫ぶ程度で済む優れもののマントで、これをパーティーメンバー全員分揃えるための素材集めに奔走したのはいい思い出だ。
こういうマントも万が一のために、くまーのお腹に入れて持っておいた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながら、ハットリから借りた服を脱ぎ元のワンピースに着替えた。
「ありがとう、助かったわ」
「で?どうして会合に変装して行く必要があったわけ?」
たしかハットリの服を奪った時に説明している暇がないと言った記憶があるが、残念ながら今もその暇がない。
「ごめんね、旦那様を待たせているからまた今度。じゃあね!」
「せわしない人妻だなあ…」
ハットリのそんなボヤキを聞きながら、今度は鉢植えではなく普通に扉から部屋を出たのだった。




