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白い結婚を言い渡されました(1)

「ヴィクトリア、すまない。初夜にこんなことを言うのもどうかと思ったが、きみを抱くことは控えさせてもらう」

 目の前に立つ旦那様はわたしから顔を逸らし、低い声で静かにそう告げた。


 広いベッドの端に腰かけながらその宣告を受けたわたしは、呆然とするよりもむしろ恥ずかしくていたたまれなくなってしまった。

 透け透けのナイトドレスにガウンを羽織っただけという何とも煽情的で準備万端な出で立ちで、今宵この人に純潔を捧げるのだと覚悟を決めて旦那様が部屋に入ってくるのをドキドキしながら待っていたというのに。


 初夜にいきなり拒絶されるとは思っていなかった。

 そういう話があると噂には聞いていたけれど、まさか自分が当事者になるだなんて…何て滑稽で惨めなんだろうか。

 やる気満々の新妻と、最初からやる気などなかった夫。

 こいつイタイ…と思われて、目を逸らされるのも当然だ。


 わたしは声を震わせながら、どうにか「承知いたしました」と返事をしたのだった。



******


 結婚式後のお披露目パーティーを、主役であるはずのわたしたちは早めに退出することになった。

「頑張れよ!」

「優しくしてやれよ!」

 友人たちの言葉はもちろん、このあとわたしたちが迎えるであろう初夜を示唆する冷やかしで、生涯寄り添いあうことを神様に誓い合ったばかりの旦那様は、わたしの腰に手を回して扉に向かいながら

「友人たちが下品ですまない」

と耳元で囁いて困った顔で笑った。


「いいえ、皆さんの温かい祝福だと受け止めておりますので」

 微笑み返すと旦那様がわたしのこめかみに唇を寄せてちゅっとキスを落としたものだから、友人たちの冷やかしがひときわ大きくなった。


 その歓声を聞きながら、この人となら上手くやっていけるはずだと思ったその日にまさか「白い結婚」宣言をされるとは——。




 大陸の中央よりやや南に位置するバルモン王国は一年を通じて温暖な気候で、農業と牧畜が盛んな大国である。


 周辺諸外国との関係も良好で戦の心配がないため、貴族たちは国王から賜った領地を豊かにすべく領地経営にいそしんでおり、このマーシェス侯爵領においても領民たちの満足度は非常に高く、領主一族に対して篤い忠誠心を持った領民が多いことで知られている。


 マーシェス侯爵家は広大な領地を持ち、家督を継いだばかりの若き当主も領民から慕われている。

 その当主とクラビット男爵家の令嬢であるわたしは、バラが満開の季節に結婚した。


 旦那様ことロナルド・マーシェスとの婚約は突然のことだった。


 マーシェス侯爵家の嫡男が是非にと婚約を申し込んできたと両親から聞いた時には、耳を疑い詐欺なんじゃないかと思ったほど信じがたい出来事だった。

 我が家は田舎の小さな領地で、野心もなく平和にこぢんまりと生活している男爵家で、これまでマーシェス侯爵家との親交は皆無だ。


 父も、家督を継ぐことになっている兄も、王都には住まずに領地経営に専念しているため、家族みんなで田舎の領地で牧歌的な暮らしをしており、わたしは王都での華やかな社交パーティーに参加すらしたことがない。

 強いて接点を挙げるとするならば、我がクラビット男爵家の領地が、マーシェス侯爵家の広大な領地の一角とほんの少しだけ接しているということぐらいだろうか。


 侯爵家と男爵家では家格が違いすぎる。

 母は、父が内緒の借金を肩代わりしてもらうために娘を侯爵家に売ったのではないかと疑い、無駄な夫婦喧嘩が勃発する寸前だったのだが、その疑いが晴れると今度は大喜びし始めた。


 マーシェス侯爵家の使いが、ご丁寧にロナルド様の幼馴染だという第二王子のエリック殿下の推薦状まで携えていたものだから、我が家に「お断りする」という選択肢はそもそも存在しなかった。

 

 別段、取柄もなく美人なわけでもなく、田舎暮らししか知らないお転婆なわたしが、どこでどう次期侯爵様という高嶺の花に見初められたのかは知らないが、これ以上の良縁などあるはずがないと踏んだ両親は渋るわたしをどうにか説き伏せて婚約を了承したのだった。



 

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