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(3)

「その鍵で宝箱を開けてみて」


 ハットリはその指示にも素直に従って箱を開けた。

 中に入っていたのは、たくさんの金貨とパーティー全員を瞬時に回復できるレアな噴霧タイプのポーションのほかに、両手に乗せてちょうどいいぐらいの大きさの、ほんのり赤みを帯びたタマゴだった。


「なんだこのタマゴ」

 ハットリが目の高さまで持ち上げてよく見ようとしたところでタマゴにひびが入った。

 中から出てきたのは赤いトカゲ——サラマンダーだろうか——で、ハットリを認めると嬉しそうにパカっと口を開いて小さな炎を吐いた。


「うわあぁぁぁっ!」


 熱烈な挨拶に驚いたハットリに放り投げられたサラマンダーは、クルリと回って見事な着地をきめると、素早い動きで椅子をよじ登り宝箱の中の金貨を吸い込み始める。


 チャリン、チャリン、チャリーン!と小気味よい音を響かせながら金貨を飲み込んでいくサラマンダーを、わたしとエルさんは手を叩きながらにこやかに眺めていたのだけれど、事情を呑み込めていないハットリは慌て始めた。


「おいぃぃっ!待ていっ!俺の戦利品だっ!」


 その叫び声に反応してサラマンダーがぴたりと動きを止め、ハットリを見た。


「この子、従順でお利口だねえ。ハットリくんの根の性格がそうなんだろうね」

 エルさんは笑いながらわたしをチラリと見て、その意味が分かったわたしは少々むくれてしまったのだが、あまりここでモタモタしてはいられないためスルーすることにした。


 BAN姉さんがリポップするまでにここを立ち去らなければ、うっかり目が合ったらBANされるかもしれない。


「ハットリ!それあなた専用のペットだから大丈夫よ。後からちゃんと取り出せるからその子に全部吸ってもらって早くここから立ち去るわよっ」


 そしてハットリは戸惑いつつもサラマンダーに続けるようにと指示を出し、無事ダンジョン1階に戻って来たところでようやく全員の緊張が解けたのだった。



 これでようやくハットリのパーティー加入テストが終了した。

 結果は合格だ。


 昨日はボス戦をまともにできるだけの技能と度胸があるのかというテスト、そして今日は、我々に嘘をついていないか確認するためのテストだったのだ。


 マーシェスダンジョンの地下40階のボスをクリアすると、ダンジョン内で使える戦闘ペットが確定ドロップするという情報はガイドブックには一切書かれていないし、我がパーティーが発行している地図も、この階層に限っては出していない。

 しかし口コミでは広まっているため、初心者を装って加入を希望してくる輩が少なからずいるわけだ。


 ペットが欲しいのなら堂々とそう言えばいい。

 それを隠して素人を装い、最初から私たちを欺こうとする嘘つきはロイパーティーには不要だ。


 どのみち、いくら知らないふりをしてもペット目的という下心が頭の片隅にでもあれば、それをBAN姉さんに見透かされてBANされてしまうわけだが。


 どこまでが悪意や下心ではなく、どこからが悪意と受け取られるのかはBAN姉さんの感じ方次第のようで不明な点も多いけれど、素直・純粋・無知が求められているのは確かだ。


 ハットリは見事にこの二次テストにも合格した。

 ちなみに、もしもハットリが地下40階の事情を誰かから聞いていて事前に知っていたのなら、あの階層に到着して扉を開けるまでに素直にそれを言えば、それでも合格にするつもりだった。



 ダンジョン内と冒険者協会の敷地内でのみ召喚できるペットは、戦闘の補助と荷物の運搬を担っている。

 ペットの体内は広大な亜空間になっているようで、ドロップ品をどんどん回収していってくれるし、ペットを召喚できる場所であれば取り出しも自由。

 だからハットリのように手裏剣を投げまくって戦うタイプには何ともありがたい存在となるはずだ。


「実は昨日のハットリの手裏剣ね、わたしのペットに回収してもらっていたの」


 ダンジョン1階に設けられている戦利品を分配するための「山分けスペース」で、わたしは自分のペットを召喚した。


「出ておいで」

 実はダンジョンの中に入ると自動召喚になるためペットとはいつも一緒にいるのだが、普段は他のメンバーの目障りにならないように姿を消してもらっているのだ。

 そんな便利機能まである。


 突如として姿を現したわたしよりも二回りほど大きな体躯の緑毛のクマを見て、ハットリが「うおっ」と驚きの声をあげる。


「手裏剣を出してちょうだい」

 そう告げた途端、昨日ハットリが投げ捨てた手裏剣がきれいに重ねられた状態で目の前のテーブルに出現した。


「ふおぉぉぉっ!」

 奇妙な感嘆の声をあげるハットリは、確かに素直な性格なのだろうと思う。


「やったぜ!…てことは、ペットさえいれば手裏剣をあらかじめ大量に持たせておくことも可能?」

「もちろんよ」

「すげえ、便利過ぎじゃね?このサラマンダー、俺がもらってもいいの?」


 ハットリは上気した顔でサラマンダーを見た。

 そのサラマンダーはと言えば、エルさんとじゃれ合って楽しそうに遊んでいるところだった。


「いいも何も、ペットはBAN姉さんクリア者専属で誰かに譲渡することは不可能なの。ハットリは人間では15人目のクリア者だけど、実際にこのダンジョンでペットを動かしている冒険者は今のところ二人しかいなくて、そのうちの一人がわたし。もう一人がユリウスさんっていう人でハットリが三人目ってことになるわね」


「ふぉぉっ、なんじゃそりゃ、超激レアってことか。やったぜ!」

 ハットリが喜んでいる。



 BAN姉さんのクリア方法がわかった後、事情を何も知らない飼い犬や自分の子供を連れて来てクリアを試みる人が続出したのだが、犬も猫も怖がって成功しなかったらしい。

 人間の子供の場合、年齢が低いほど成功率が高いようで、次の階層に進みたいというだけであればその方法も有りなのだが、ペットを実戦で活かしたいとなるとそれは不可能になる。


 クリア者のみがペットを保有できるため、ペットを利用するにはそのよちよち歩きの子をダンジョン攻略に連れて行かなければならないのだ。

 それでは行ける場所が限定されてしまう。

 そのよちよち歩きの子が成長するまで十年ほど待てばいい話だけど、そんな長期計画を立てている冒険者などいない。

 ダンジョン馬鹿なわたしたちは、我先にマーシェスダンジョンの踏破を目指しているのだから。


 そんなわけで、このマーシェスダンジョンで実際にペットを連れている冒険者は二名しかいなかったのだ。


「その子に可愛い名前をつけてあげてね」


 手元に返って来た手裏剣をさっそくサラマンダーに保管してもらっているハットリにそう促すと、しばし考えた後、よし決めた!と拳を握る。

「じゃあ、サラに決定!サラ、これからもよろしくなっ」


 サラは嬉しそうに小さな炎をボワッと吐いてハットリの胸に飛びついたのだった。



 ところでそのグリーンベアの名前は?とハットリに聞かれて「くまー」だと答えると呆れた顔をされてしまった。

「なんだそのダセぇ名前は」


 いやいや、サラマンダーを「サラ」と命名するあなたには言われたくないわっ!



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