二話 怪しい猟師に出会う
私達を乗せた馬車が市街地を抜ける頃、街道の向こうから銃を肩に掛けた猟師が歩いて来ました。
「こんにちは。どちらから来られたんですか?」
御者台のガストンが挨拶すると、猟師が答えました。
「ああ、湖畔の村だよ」
「私達はこれから行くんですが、向こうの森には人喰い狼が出るとか?」
「森にいる狼なら大して怖くはないのさ。本当に怖いのは知恵がついた狼だ。奴らは人に化けて近づき、人を喰い殺すか、菌に感染させて狼に変えていまうんだ」
「狼から身を守るにはどうしたらいいんですか?」
私は思わず身を乗り出して訊いていました。
猟師は私を見て驚いたようでしたが、すぐに平静を取り戻し、
「とにかく、真夜中の訪問者は絶対に家には入れない事だ」と言いました。
市街地へと消えていく猟師を見送りながら私はつぶやきました。
「あの方は何者なのでしょう?」
「猟師でしょう?猟銃を持っていましたし」
当然の様に言ったランスロットに対して、私の考えは違っていました。
「あれは猟銃ではないわ、あの銃では散弾は撃てないもの。あれは狙撃用のライフル、人殺しの銃よ」
長い間、命を狙われ続けてきた私は、こんな知識にも詳しくなっていたのです。
* * * * *
その頃、トアル城では王妃がメイドのローザに内緒の話をしていた。
「本物の秘薬なんて渡すものですか。どうせ赤ずきんは戻ってこないのだから偽物で十分。先代王妃も手遅れになってしまえばいいのです」
「王妃様、これで晴れて王子様が王位継承者になられるのですね」
ローザは王妃が嫁入りの際に実家から連れてきたメイドだった。
「ローザ、これまでのお前の貢献は忘れませんよ。我が子が王位についた暁には相応の礼で報いましょう」
二人は高笑いした。
* * * * *
宿場町に着いた私達は適当に宿を選び、名前も偽って三つの部屋を取りました。
「今日の不可解な行動を説明していただけると助かるのですが」
ランスロットは訴えるように私を見て言いました。部屋には二人しかいません。私は今までの経緯を洗いざらいランスロットに打ち明けました。
「…そうでしたか、しかし、王妃様が姫様を亡き者にしようとしているとは、発想が飛躍し過ぎでは…」
「あなたが立場上そう言うしかないのは分かるわ。でも第三者の立場で考えて、これまでのお継母様の行動に一度も不審な点が無かったと言い切れる?」
ランスロットは目を閉じてしばらく考え込んでいましたが、意を決したように目を開くと、
「分かりました。私にとって一番大切なのは姫様です。姫様の話を信じましょう」と言いました。
* * * * *
その夜は私が秘薬の瓶が入った箱を枕元に置き、私の泊っている部屋の前をランスロットとガストンが交代で見張るという事になりました。ガストンは騎士ではありませんが身長は2メートルを超える大男で、武道の経験もあり、警備には十分な存在でした。
どこからともなく狼の遠吠えと思しき鳴き声が聞こえます。私は何となく不安で寝付けず、やっと眠りについたのは空が白み始めた頃でした。
* * * * *
「姫様。大変です、姫様!」
ドンドンと扉を叩きながら叫ぶガストンの声で、私は目を覚ましました。
「どうしました」
まだ眠い目をこすりながら私は扉を開けました。
「マリイが…マリイが!」
* * * * *
マリイの泊っている部屋に入ると、ベッドに横たわるマリイとその横に立つランスロットがいました。部屋にはわずかに血の匂いが漂っています。
「マリイは?」
私が訊くと、ランスロットは首を横に振りました。
「なんで…お継母様の狙いは私のはずでしょう。どうしてマリイが?」
「一人ずつ襲っていき、我々を皆殺しにするつもりかもしれません…姫様、城に戻りましょう。死人がでるなんて異常事態だ。私は先代王妃様より姫様の命が大事です」
ランスロットは私の肩を掴んで諭しました。
「いいえ、私にはお婆様を見捨てる事などできません。何としても薬を届けなくては…ランスロット様、私を守ってくださいますか?」
私がランスロットの目を見つめながら訴えると、
「姫…お守りします、たとえ何が待ち受けていようとも!」と力強い声で答えてくれました。
犯人を探し出したい気持ちもありましたが、既に逃げてしまって近くにはいないだろうという判断と、どのみちまた私達の元に現れると分かっている事もあって、私達は宿の主人にマリイの弔いと城への連絡を依頼し、先へ進む事にしました。
* * * * *
その頃、トアル城は大騒ぎになっていた。
「大変です!秘薬が盗まれました!」
衛兵隊長が叫びながら王の間に駆け込んできた。
「数え間違いではないのか?」
トアル王はのんびりとした口調で訊いた。
「いえ、倉庫にこれが…」
衛兵隊長は一枚の張り紙を差し出した。
それには『王家に伝わる秘薬は頂いた 怪盗ウルフ』と書かれていた。
* * * * *
日程の遅れを取り戻す為、私は御者台のガストンに命じて馬車を急がせました。
「馬車を変え、宿にも偽名で泊っているのに、どうしてお継母様の刺客に私達の居場所が分かったのでしょう?」
私の疑問にランスロットはいくつかの可能性を挙げました。
「ずっと跡をつけていたのではないですか?」
「馬車の跡をつけるとすれば馬か馬車になります。後方を注意深く見ていましたけど、そういった存在はありませんでした」
「では待ち伏せでしょうか?全ての宿に刺客を配置していたとか?」
「刺客を増やし過ぎると計画が露見する危険性が高まります。お継母様もそこまで愚かではないでしょう」
「あとは…」
その時、私は思い付いたのです。
「そうだわ!宿ではなく街道で待ち伏せすれば…どの道を通るかは分かっているのだから、街道で待ち伏せして、私達が近づいたらすれ違う演技をする。これなら待ち伏せしていた事に気付かれないし、しばらくしたら早馬を飛ばして追い抜き、また待ち伏せするというのを繰り返せば、私達の足取りを追う事ができるわ」
「なるほど、さすがは姫様です」
ランスロットに褒められて私は上機嫌でした。
「ガストン、この道は待ち伏せされている可能性が高いわ。迂回路を行ってちょうだい!」