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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.4『VS魔女』編
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物語No.90『主人公戦線』

 魔女の恐怖が空間一体に伝染する。

 各地で交戦する冒険者らにもその空気が伝わり始めていた。

 空から降る火や雷、氷や風が依然降り続け、その上常時低級モンスターが降り続ける。


 災禍が吹き荒れる世界。

 その一端、魔女が支配する戦場にはこの上ない恐怖が落ちる。


「しいな……」


 しいな、銀冰、銀狐、暦が星六下位・中位・上位相当のモンスター、並びに星九下位のモンスター二体に囲まれる状況。

 勇者であれば三分もあれば殲滅できる。槍を持った暦であれば勇者ほどはいかないものの、ある程度の防衛はできた。

 しかし槍は制御不能な状況。

 現在の状況は圧倒的不利。


「どうします」


「ボクらは……すぐに死ぬ」


 暦は戦う気を失っていた。


「死なない。俺が、私がいる限り」


 銀冰は言った。だが銀狐も言った。

 二人の意識は一つの身体の中で上手く組合わさり、息も合致していた。


 銀冰は敏捷力強化の魔法を使用し、モンスターへ飛びかかる。

 銀冰は目の前に立ちはだかるモンスターへ両手をかざす。右手に赤い魔方陣、左手に水色の魔方陣が生成される。


「魔法の並行使用!? そうか。一つの身体に魂が二つあるからこそ容易にできるわけか」


 右の魔方陣から火が、左の魔方陣からは氷がモンスターに向かって飛ぶ。

 だが星六モンスターにとって銀冰の魔法は致命傷には至らない。


 その上、頭上から滑空してくる魔法を喰らふ天空龍によって全身複雑骨折を免れないほどの突撃が浴びせられた。

 地面が粉砕され、周囲の家屋が粉々に掻き消された。


「先輩……っ!?」


 だが敵は魔法を喰らふ天空龍だけではない。

 よそ見をしていたしいなの背後から、廻逆龍が翼を広げて接近する。右翼がしいなの脇腹から直撃し、宙を舞って吹き飛んだ。

 吹き飛んだ先の家屋に激突し、瓦礫の中に埋まる。


 残ったのは暦だけ。

 だが暦を無数のモンスターが囲む。


 魔女は勇者に魔法を浴びせ続け、傷の回復を遅れさせている。むしろ傷が悪化し続けている。


「このまま勇者が死んでくれれば嬉しいのだけどね」


 魔女は暦へ視線を向ける。

 既に仲間を失い、無数のモンスターに囲まれている。


「この三百回を越えるループの中で、あなたは常に私の邪魔をした。でも槍がなければループもできない。ようやくあなた、死ねるのね」


 魔女は、暦にとって死こそ望ましいものだと考えていた。

 暦はこれまでのループで、何度も大切な者を護れなかった。そして今、死が迫っている。


 暦の胸の内に抱かれる思いは何だろうか。

 暦は見上げ、思い出していた。

 これまでの幾つものループでの日々を。



 ーー暦はあの日、絶望を知った。


 ループが始まった日のこと。

 暦はまだ終わりの樹から生まれた槍を手にしていなかった。


 三世、愛六、琉球の三人は既に異世界で名を轟かせていた。その内、三世と琉球は勇者に匹敵するほどの力を備えていた。

 長きに渡るモンスターとの戦いを勝ち抜き、ダンジョン領域の深くまで侵攻できるほどの実力を持つ。


「次の勇者は彼らで決まりだな」


 そう誰もが唱えるほど、彼らの実力は異世界に轟いていた。

 だがしかし、突如として災厄は訪れた。


 ダンジョン領域未踏の六十六区画へ侵攻した際、三世、琉球、愛六率いるパーティーが全滅に追い込まれた。

 パーティーの新入りだった暦は、三世と琉球に庇われ、逃亡を促された。

 断ることもできず、暦は命からがら逃亡した。その際、確かに暦は見た。


「あなたたちは、私にとって邪魔なのよ。だからあなたたち二人は死になさい」


 フードで顔を隠した女性が、三世と琉球を一方的に葬った光景を。

 暦は恐怖し、逃げて、逃げて、逃げた。

 モンスターに襲われ、深傷を負いながらも逃げ続けた。血まみれの足を引きずり、今にも消え行きそうな意識の中、足を進めた。

 気付けば大樹が咲く湖まで来ていた。


「ここまで来ていたのか」


 暦はダンジョン領域を抜けていたことにようやく気付き、安堵のあまり全身から力が抜けた。身体は湖の中へ放り出された。

 湖の底へ暦は沈んでいく。泳ぐ力はわき上がらず、このまま死ぬのだと現状を受け止めた。

 だが突如、湖の流れが変化する。まるで暦を樹が迎え入れるように、流れが変化する。おかげで暦は一命を取り留めた。


 迎え入れられた樹の中で、暦は見た。


「これは……」


 樹の中には槍が一本、生えるように存在していた。


 暦は槍を手にした途端、理解した。


「そうか。ボクには、どんな道を進もうとも終わりしか存在しないのか。だが、それでもボクの命と引き換えに彼らを救うことができる」


 終わりの樹から生まれた槍。

 それはあらゆるものを終わりへと向かわせる。

 だが、その槍は終わりだけではなかった。終わりの槍と始まりの剣はなぜかお互いの能力を共有し合うことがある。


 つまり、暦の槍は始まりの剣と等しい効果を発動する。

 始まりの剣は始まりへ向かわせる。暦は時間を逆転させ、始まりへと戻った。

 ダンジョン領域で悲劇が始まる数刻前に戻り、三世、愛六、琉球の三人にバッドエンドが来ることを伝えた。


 三人は暦の話を重く受け止め、ダンジョン領域の侵攻を止め、十六区画で歩みを止めた。

 だがそこに、魔女はいた。


「どうしてここに……魔女がいる!?」


 それから幾度繰り返しただろうか。

 暦は何度も過去へ戻り、悲劇を止めようと繰り返した。

 だが何度過去へ戻っても、運命は変わらなかった。いつまで世界をやり直しても、過去はなぜか変わらなかった。


 魔女はどこにも現れる。

 三人の命は次々と失われていく。


 だが暦は諦めなかった。

 三人を救えるまで、何度も何度もループを繰り返した。


 そして今回のループ。

 今までで最も長い時間が過ぎた。

 暦は今回の世界線に期待していた。希望を抱いていた。

 だが今、暦は槍を失い、死にかけている。


「もう、繰り返せないのか……」


 暦は嘆く。


「ボクのこれまでのループは、全部無駄になるのか」


 小さく、それでも重く気持ちがこもっていた。


「ボクは、ただ彼らを救いたかっただけなのに……。どうして異世界はそれを許さない」


 悔しかった。苦しかった。

 顔を歪め、嘆いた。

 だが異世界はそんな暦に冷徹に牙を向ける。


 無数のモンスターは暦に一斉に襲いかかる。


「ここがボクの終わりか……」


 最後まで暦は笑えなかった。

 結局、暦の願望は果たされなかった。

 そして今、暦の命に死が訪れる。


「ごめん皆。ボクは……弱者のままだったみたいだ」


 暦は静かに目を閉じた。

 訪れる死に抗わず、受け止めた。

 モンスターの牙が暦を真っ二つに裂く。


「うわあああああああああああ」


 叫び声が響く。

 モンスターの動きが止まり、声が聞こえる方向を向いた。声が鳴る方、そこは空だった。


 空から何かが降ってくる。

 暦は降ってくる何かを目を凝らして凝視する。


「まさかあれは……ッ!?」


 暦の目には輝きが戻り始める。

 同時に、魔女は殺意に瞳を染めた。


「やはり来たか。お前ら」


 空から降ってきたのは、三世、愛六、琉球、三浦、百、不寝の六人。

 三世は周囲の状況を見て、ここが五月六十日であることを悟る。


「どうやら僕たちは災厄の日に戻ってきてしまったみたいだ」


「このままじゃ地面に激突して死ぬんですけど」


「愛六、あの時琉球を救ったみたいに水を操れば助かるでしょ」


「水がなきゃ……って、めっちゃあるじゃん」


 愛六は周囲の水を操作し、特大の球体を作る。六人ともそこへ沈み、じわじわと落ちていき着地した。

 落下ダメージを最小限に防ぎ、即退場を免れた。


 不寝を建物の陰に隠すと、三世、愛六、琉球、三浦、百の五人は宙に浮かぶ魔女に視線を向けた。


「最終決戦なだけあって、随分と大がかりな魔法を使ってやがるな。だが、僕らが来たからには世界は終わらせない」


「三世、何であんたが主役みたいな立ち位置なわけ?」


 魔女に向かって堂々と宣言する三世に向かって、愛六が睨みを効かせながら文句を垂れる。


「僕は主人公だ」


「主人公は私よ」


「いいや、主人公は俺だ」


「私だって主人公に」


「わ、私も主人公になるんだ」


 三世と愛六の口論に、琉球と三浦と百も加わる。


「本当に戻ってくるなんて思ってもいなかったわ。本当に不愉快だわ」


 魔女は五人を見て不快感を募らせる。


「ライ、あなたはもう私のもとへは戻ってこないってことで良いのかしら?」


 百に向かい、魔女は問いかける。


「私はお前には乗せられない。私は自分の生き方を見つけたんだ。だからここでお前を倒して、笑って明日を迎える。それに、私はもうライじゃない。私は百だ」


 百の堂々とした態度に魔女は苛立っていた。


「ならいいわ。私があなたたち全員殺してあげる」


「やれるものならやってみるんだな。僕らは主人公。主人公は誰にも倒せない」


 三世に続き、全員が魔女へ戦闘態勢を取る。


「ここは主人公前線。主人公の力を見せつけてやるぞ」

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