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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『魔女の憂鬱』編
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物語No.8『冒険前夜』

 俺は暦さんに俯瞰されていた。

 白い瞳が、息を荒くしている俺を凝視している。


「君は、異世界でジョギングでもしていたのかい?」


「はぁ、はぁ、はぁ……いえ、ちょっと追われてまして」


「ではボクが追っ手を全粒粉にでもしてあげよう」


 暦さんの手に槍が突然出現する。長い時間視力を奪われていたのか、槍を手にする工程を見逃していた。

 ネームドの現象で言うのなら、槍が手もとに瞬間移動した。

 多くのモンスターの鮮血を浴びた紅色の輝きは、向けられるだけで恐怖で失神することだろう。


「追っ手はどこにいる?」


「や、やめてください。追っ手といっても友達ですから」


「なるほど、友達と思っていた相手が敵組織の親玉だったわけか。これは腕が鳴るな」


「勝手にストーリーをつけないでください」


「冗談だよ。異世界への恐怖心を少しでも解いてほしかっただけさ」


 九重裏の命の安全が確認でき、胸を撫で下ろす。

 そこでようやく、暦の隣に立っていた獣人の女性が声を出す。


「お主が琉球か。昨日ぶりだな」


 元気はつらつな声の小柄な女性。

 元気良く手を振り上げ、中央広場を一瞬で活気づけるような明るさを振り撒いている。


「稲荷さん……ですか?」


 確か昨日、酒場で会った店員だ。


「そうなのだ。私こそ、狐の獣人、かつてコンコンという名で恐れられ、世界を震撼させた諸悪の権化、稲荷様である」


「嘘つくな」


 暦さんが左手で稲荷の頭部にチョップを入れる。

 稲荷は頭を押さえて暦を睨む。


「もう、何するのだ」


「余計な嘘をついて二人を脅えさすな」


「二人?」


 俺は背後に気配を感じ、振り返る。

 パジャマ姿の愛六が背後霊のように後ろに立っていた。


「い、いたのか」


「うん」


 平然とする愛六とは反対に、驚きで思わず後ろに三歩飛んだ。

 愛六はいるが、三世はいない。


「三世は?」


 中央広場にいるはずだが、今のところ三世らしき人陰はほとんどない。

 現実では朝七時、異世界では十四時。

 現実の空は淡い明るさだが、異世界の空は明瞭な明るさに包まれていた。

 中央広場には多くの冒険者が集まり、ギルド本部へと消えていく。


「本当は三人集まってからでも良かったが、先に二人を案内しておこう」


「どこへですか?」


「ギルド本部三階にある、商店階層(ショップエリア)。そこで三人の装備を揃えた後、ダンジョン領域へ冒険に出よう」


 とうとう来た。

 俺は恐怖を抱くとともに、なぜか好奇心が胸に抱かれていた。

 恐怖と期待が入り交じる不思議な感覚に支配されている。


「三世はショップを見ていればいずれ見つかる。今は二人の装備を整えよう」


 暦さんと稲荷に導かれ、ギルド本部の中へと足を進める。


 ギルド本部はやはり大きい。

 一階で経営されている酒場には百人ほどが駐在しているというのに、席は倍以上空いている。

 行き交う冒険者の多さに驚きながら、ある扉の前で暦さんは足を止めた。


 暦さんの背中から顔を出し、目の前を覗き込む。

 あるのは扉だ。扉の横には数字が刻まれたボタンが1から6まで存在している。


「これってまさか、エスカレーターですか?」


「のんのん」


 稲荷は指をメトロノーム染みた動きで横に振る。


「これは行きたい階の数字が刻まれた階に転移(テレポート)できる魔法道具なのだ」


「てれぽーとっ!?」


「ギルド本部には他にも便利な魔法道具が幾つもあるの。それはギルド本部がこの街の冒険者の多くを取り仕切るボス的な存在だからだよ」


 ギルド本部は凄かった。

 転移装置を一階に三つも配置できるあたり、ギルド本部の偉大さは理解できる。

 冒険者が多く集まるのも納得だ。


 3と刻まれたボタンを押し、扉を開け、中に入り、扉を閉める。

 この工程を行うだけで三階に転移した。


「異世界はすごいだろ」


「はい、本当にそう思います」


 現実世界では考えられなかった技術を目の当たりにし、異世界への期待が高まっていた。


「稲荷、ショップへ行くぞ。お前がいると店主は割り引きしてくれるからな」


「やっぱそのための理由か。もう、私を割引券扱いするな」


「浮いたお金で飯でも奢ってやる」


「本当か。お前はやっぱ最高だ」


 無邪気に喜ぶ稲荷の横で、ちょろ、と言った暦さんの言葉を狐耳は完全に聞き逃していた。


 ショップへの道中、愛六は真剣な声音で聞いてきた。


「ねえ琉球、装備ってことは、やっぱモンスターと戦うんだよね」


「ああ、そうだな」


「琉球は本当に私を護ってくれるんだよね」


「ああ。今の俺には潜在能力がある。だから、あの時よりもお前らを護ることができる」


「信じるよ。私は弱いから、生きるためにはあなたに縋るしかないの。分かるでしょ?」


 なんと言葉を返せば良いのか、俺は分からなかった。

 愛六は異世界に恐怖しているのは確かだ。

 きっと湖での出来事が未だにトラウマなのだろう。それは三世も同じだろう。


 だから俺が護るんだ。

 決めた、誓った、約束したんだ。


「愛六、約束だ。俺は必ず、お前を護り通す」


「うん、信じてるよ」


 ーー私はずるいから、あなたを利用してまで生きたい。たとえあなたを見捨てることになっても。


 愛六は暗い表情で、考え事をしているようだった。

 尋ねようとする間もなく、店へと着いたらしい。


 看板に書かれた店名に目を通す。

 店名は……『ゴブリンの巣窟』!?


 名前から物騒な雰囲気が漂っている。


 店の中は天井にある小さな豆電球だけが光源だが、寿命も尽きかけていて、チカチカと点灯している。

 どんよりと暗い部屋の奥には、恐ろしい形相のなにかが座っていた。


「いらっしゃい」


「ゴブゥさん、私、稲荷が装備を買いに来ました」


 稲荷が一歩前に出た。

 瞬間、ゴブゥと呼ばれたなにかはカウンターを飛び越え、稲荷のもとまで駆け寄った。


「稲荷ちゃん、来てくださったのですね。来てくださらないのかと思い、心配しましたよ」


 腐った緑ピーマンのような体色、身長は小柄で五十センチほどしかなく、小柄な稲荷でさえ大きく見える。


「二人とも驚かせたかい? ここの店主はゴブリンなんだ。知性はあるし理性もある。だからこうしてギルドの店舗を借り店を運営している。彼は稲荷に惚れたらしくてね、彼女を見ると無性にはしゃいじゃうのさ」


 ゴブゥは稲荷と手を繋いで跳び跳ねている。

 よほど嬉しいのか、恐怖を逆撫でする目が優しそうな雰囲気に変わっている。


「ゴブゥは特有のずる賢さでダンジョンであらゆる資源を収集している。ゴブゥは物の価値は分からないため、値段はいつも適当につけている。だから掘り出し物は結構多いんだ」


 店内を覗いてみる。

 武器や防具だけでなく、筆ペンや時計などの小道具も並べられている。

 中には傷がついた中古の道具もある。


 店内をじっくりと見ている内に、店の隅に人陰があることに気づいた。


「あれは……?」


 見覚えのあるくせ毛だらけの頭、茶髪の中に所々黒色や白色、赤色や青色の毛が混じった特殊な髪を持つ少年。

 知る限りでは一人しか知らない。


「三世、こんなところにいたのね」


 愛六は頬を膨らましながら三世へ歩み寄る。


「約束通り広場にいてよ」


「うん。でもね、僕、カッコいい装備を見つけたんだ」


「はあ、普段は臆病なのに、あんたは時々マイペースなんだから」


 愛六は三世が装備を見つめる姿を見て、何も言い出せなくなっていた。

 三世は装備を手に取り、暦さんに見せる。


「暦さん、僕、この刀と防具が欲しい」


 子供がお菓子をねだるような真っ直ぐな眼差しだ。

 右手には刃渡り五十センチの白刀、左手には胸部を覆う鉄鎧と、腕と足の関節を護るゴムのような材質の装備を持っている。


「ゴブゥ、半額か?」


「刀はともかく、防具の方は入手に苦労したんですぜぇ」


「そうか。稲荷、この店にはしばらく来れそうにない。他の店にーー」


「ちょ、ちょっとお待ちを。それでしたら半額で良いでしょう」


「よし」


 暦さんのペースに振り回されたゴブゥは、まんまと暦さんの狙いどおりの結果に誘われた。

 暦さんはポケットから袋を取り出し、銀色の硬貨を何枚か取り出して店主に渡した。


「愛六、琉球、お前らも選べ」


 ゴブゥが終始落ち着かない様子で稲荷と会話をしている横で、俺と愛六も装備を購入する。


 俺は刃が紫色に輝く刃渡り五十センチの刀と、上半身を覆う鉄鎧、太ももを護る革鎧を。

 愛六は左腕に装着する小型盾と短剣、胸部を護る鉄鎧と、足先から太ももを護るレザーブーツを購入した。


「装備は整った。あとは宿題にしておいた異世界ネーム、通称"異名"に関しては考えてきたか?」


 俺以外の二人は素早く頷いた。


「マジかっ!?」


 宿題のことをすっかり忘れていた。

 今すぐに思いつきそうもない。


「じゃあまず三世から」


「ぼ、僕の異名はエーテル」


 お伽噺好きの三世は、異世界へ来る前にもきっと考えていたのだろう。

 三世がその言葉を何度も口にしているのを聞いていた俺は確信していた。


「次は愛六」


 愛六は躊躇いつつも、


「……凛」


 顔を火照らしながら、吹けば消えてしまいそうな小さな声で恥ずかしそうに答えた。


「最後は琉球、お前だ」


「俺は……」


 あらかじめ名前を考えていなかった俺は、なんと言えばいいか固まっていた。

 適当になにかは言おうとしたけれど、なぜか頭がいつものような回転を見せない。


 この時、脳内には思考が存在していなかった。

 ただ空っぽで、何もなくて、それでいてーー


「ーー(ゼロ)


 ただそれだけが、自然と口からこぼれ出した。

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