物語No.83『絶望へのカウントダウン』
魔女と勇者パーティーの戦闘が始まって八分。
勇者パーティーは更に中衛二人と後衛一人を失い、前衛一人と後衛二人というアンバランスな編成となってしまった。
常に上空から降り注ぐ無数の属性の雨。
時折降るモンスターにも気を配りつつ、魔女を討たなければいけない。
勇者、オシリス、ペインは状況の最悪を悟っていた。
既に三人まで減らされ、魔女を討つことは絶望的。
であれば、勇者は考える。
「すまんが、多分私たちはここで死ぬ。だが、ライが来れば、あの少女が魔女を倒してくれる。だから時間を稼ごう」
「分かりました」
「仕方ないな。私が全力でサポートするか」
盾を構えるオシリス、メスと注射器を構えるペイン。勇者は二人の前に立ち、魔女に刃を向ける。
「時間稼ぎか。そうと分かれば時間はかけない。一秒も無駄にせずお前らを地獄に叩き落とす」
魔女は動いた。
再び瞬間移動。
移動先を分からせない巧妙な転移魔法。
だが勇者は悟っていた。
「まずお前が真っ先に狙うのはここだろ」
魔女が転移するよりも速く、勇者は空を駆け抜けた。風が弧を描き、ペインの背後に現れたばかりの魔女に刃が振り下ろされる。
魔女は左腕にかすり傷を負う。
咄嗟に瞬間移動し、逃亡を図る。だがそれを勇者は推測していた。
(移動先は常に私の後方斜め上。お前が最も安全だと感じている範囲さえ予測すれば瞬間移動を無意味にできる)
勇者の刃は再び魔女に傷を負わせた。
すべては致命傷には至らず、かすり傷で終わるものの、刻一刻と魔女を追い詰め始めていた。
「時間稼ぎの割に攻めるわね」
「私は勇者。世界を平穏に導く者だ。だからこの刃は、」
魔女は翻弄されていた。
勇者の圧倒的勘の良さと行動の速さ。
何より、互角な戦闘力。
「お前を討つ」
剣は魔女の左脇腹を突き刺した。
「なぜ……」
どうして気づかなかったのだろう。
「残念だな。また一人仲間が死ぬわね」
魔女はペインの前に立っていた。
ペインは注射器を魔女に向けて突き刺そうと腕を伸ばす。だが魔女は動きを読み、注射器を持つ手を掴み、動きを止めた。
魔女の左手はペインの殺意を受け止め、右手は漆黒の電撃を纏い、今にもペインの心臓を射抜こうとしていた。
「『致命的な流電』」
素手で心臓が射抜かれる。
寸前、飛来した盾が右手を弾いた。
「阻む。私は、何よりも頑丈な防御役ですから」
遠距離から確実な防御を発動させる。
オシリスは勇者パーティーの中枢を担う最強の防御役。
魔女の魔法でさえも男の防御は破れない。
「潜在能力『不壊魔法』」
男の魔法は絶対に壊れない。
「であればーー」
魔女の牙はオシリスへ向けられる。
魔女はオシリスの四方に特大の爆発を発生させた。だがオシリスの身体は防御魔法がかけられ、傷一つ負うことはなかった。
「その潜在能力があれば、先ほど死んでいった仲間たちも護れたんじゃないか」
「……っ」
「それとも、あなたは過去に閉ざされているのかしら。だとしたら自分一人だけ生き残り、仲間が死んでいくのを眺めていなさい」
オシリスの脳裏には忌まわしい過去が甦る。
仲間が次々と死んでいく光景。過去が男を蝕んだ。
「うぁぁあああぁぁあぁあぁぁぁ」
頭を抱え、地に伏した。
「『絶望語り』」
その魔法は対象のトラウマを増幅させ、精神崩壊を起こさせる。
「どれほど虚飾でトラウマを消そうと、過去は消えない。永遠の絶望に苦しみなさい」
オシリスはトラウマに飲まれた。
実質、戦うことはできない。
魔女は標的を変更。
ペインへ視線を送る。だがペインを殺すのは容易いことではなかった。
密着し、張りついて護る勇者。
「さて、次はどんな悲鳴が聞けるかしら」
魔女は笑みを浮かべる。
彼女は今、勝利を噛み締めていた。