物語No.82『勇者パーティー』
魔女の周囲を勇者パーティーが囲んでいる。
前衛が四人、中衛が二人、後衛が四人の十人組
勇者の戦闘に気をとられ、周囲への警戒を疎かにしていた結果が今だ。
油断はしていなかった。細心の注意を払っていたが、その上でここまで追い詰められている。
それほどの相手、それが勇者。
「分かってる。あなたは簡単に倒せない」
「諦め?」
「違うわ。私の魔法を舐めないでよね」
魔女は再び魔法を発動しようとしていた。
勇者パーティーは速攻で討ち取ろうとするが、瞬間移動により回避した魔女を追いきれない。
「やっぱ厄介。あの魔法」
勇者でさえ手を焼く魔女の瞬間移動。
移動先にわずかに生じる魔力発生を見極めることで迎撃が可能になるが、その痕跡を一切残さないのが魔女の魔法の熟練度。
魔法は基本、思考内に円を描き、外縁に発動したい魔法式を刻み、更に囲むようにして円を描く。そこから図式や数式、を足していくことで魔法の威力や性質などが変化する。
高位な魔法ほど発動までに掛かる時間は多くなる。移動先を悟らせない瞬間移動となると数秒はかかってしまう。
だが魔女はコンマ秒で瞬間移動を可能にしている。
「瞬間移動さえ封じられれば……」
魔女は勇者の遥か頭上に位置している。
魔女はそのまま動かず、静止し続けていた。
「特大魔法か……、それともなにかを待っている?」
魔女の動きに勇者は不審に思っていた。攻撃することなく、宙に浮き、勇者と距離をとっているだけ。
(瞬間移動を使えば攻撃を容易に仕掛けることができるはず。仕掛けないのはカウンターを警戒しているからか)
普段の魔女とは違う。
彼女は多くの失敗により用心深くなっていてもおかしくない。
その前提が、勇者に深い一撃を与えることになってしまう。
「……まさかっ!?」
勇者は今、その考えに思い至った。
だが遅かった。
勇者の背後、パーティー全体のサポートを担うユノの背後に魔女はいた。
透明化魔法、その上気配を消す魔法、その他多くの魔法を精巧に組み合わせ、魔女は勇者を出し抜いた。
転移魔法でユノの背後に移動する勇者。だがそれを見越し、転移位置をずらす魔法が仕掛けられていた。勇者は思惑とは数メートル違う場所に移動した。
結果、目の前で仲間の心臓が握り潰された。
勇者は蒼白した。
瞳は大きく開かれ、声も出ず、口が開かれた。
「命は等しく虚しいな」
血に染まった手。魔女は呟く。
「ーーうぉぉぉおおおおお」
勇者が動く。
瞬間移動ではない。背中から突風を放ち、高速移動により魔女の背後に迫る。
「背後に爆破魔法を仕掛けてあるわ。バラバラになりなさい」
魔女の背後に迫った勇者は爆炎に包まれる。
激しい轟音と漆黒の火炎。特大の爆炎が呻く。
魔女は一応の警戒をし、瞬間移動によりその場から距離を取った。
「勇者の栄光もここで散る」
魔女は第二の魔法を爆炎の中に放とうと手をかざした。だが魔女の瞳は訴える。
すべてを見通す魔女の瞳は、既に爆炎の中に勇者がいないことを伝えた。
視界に魔女は捉えていない。
即座に周囲に視認魔法を発動し、自身の周囲を確認する。
「見えた……って、背後っ!?」
勇者の姿は魔女の背後だった。
背中から風を放出し、無傷の容姿で魔女に迫る。
「対爆破魔法か。たとえ勇者レベルの魔法であっても、たった一人の魔法で防げるはずがないでしょ」
傷を負わないはずがない。
考えられるとすれば、第二者、第三者が勇者に対爆破魔法をかけたという可能性。
勇者にかかった魔法、かけた人物の詳細を瞳で捉える。
「まさか、死んでも尚戦い続けるか」
命が途切れるわずか手前、ユノは勇者に己が使える魔法のすべてを付与していた。
対火炎魔法、対氷魔法、対爆破魔法、強化魔法など、多くの魔法が勇者に付与されていた。
「さすがは長らく超危険領域を戦い続けた勇者パーティー。雑魚は一人もいないわよね」
勇者は必死に距離を詰めるも、魔女の瞬間移動が距離を広げてしまう。
瞬間移動の多用により、勇者は魔力を消費し続けるだけの状況に陥っていた。
魔女には手が届かない。
「獅子王の太陽」
王冠を被り、髭の生えた人間の顔を持ち、獅子の身体を持つ体長十メートルを越える生き物が、口に収まりきらないほど大きな太陽を咥え、魔女に向かって飛び込んだ。
衝突は巨大な熱波を産み出した。
「我、アポロウスの一撃に沈め」
全身に、容姿が判然としないほどの火炎を纏っている男ーーアポロウスの一撃が炸裂する。
爆炎が空間に漂っている。
爆炎の中へ、勇者パーティーの面々が次々と攻撃を放つ。勇者は爆炎の上部に移動し、経過を観察していた。
(おそらく、あの攻撃を受けても魔女は死なない。どこかに瞬間移動し、傷を再生している可能性が高い。また現れるとすれば私たちの頭上。彼女なら、私たちを見下すためにそこを選ぶはず)
一人逸して空中に浮かぶ勇者。
感知魔法を最大にし、魔女の気配を辿るが、片鱗も気配が感じられない。
「これが魔女……。認識すらできないか」
「当たり前でしょ。私は魔女だから」
振り向き様に剣を振るう。だが剣は空を切るのみ。
声に気を取られた一瞬を魔女は見逃さない。
「ぐはっ」
「うわゅ」
「がぃっ」
前衛を務めていた三人の悲鳴が響く。
アポロウスを含め、前衛三人の心臓に風穴が空いていた。
「早い……」
一瞬で三人。
瞬間移動に加え、圧倒的な速さで仲間を仕留めていく。
勇者パーティーはバランスの取れた、攻めづらいパーティー。だが魔女はそれを崩せるほどの手腕と魔法を有している。
彼女の前では一瞬の隙が命取り。
勇者パーティーが弱いわけではない。魔女が強すぎた。
「お前を倒せば世界は平穏に保たれるのに」
勇者は嘆く。
「命の奪い合いに希望はない。そこに夢を抱いたお前らの敗けだ」
魔女は無慈悲に返す。
勇者パーティーは六人に減った。
前衛一人、中衛二人、後衛三人の六人組。