物語No.80『VS魔女・始まり』
最終章、開幕。
魔女が終わりを告げる五月六十日まであと数分。
異世界に不穏な空気が漂っている。
勇者を筆頭に、異世界の最高戦力がギルド街で一堂に会する。
勇者パーティーが勢揃いし、中には名医であるペインの姿も見られる。
勇者はペインの姿を見ると、側に寄る。
「勇者パーティーには参加しないんじゃなかったのか?」
「魔女によって世界が滅ぶかもしれない日に、自分の臆病な信念を貫けるほど馬鹿じゃない」
ペインの参戦は勇者にわずかな驚きを与えた。
「感謝する」
戦わない、そう決意した者も此度の戦いには参加している。
それほどの脅威が迫っている。これから起こる事態は世界を震撼させる。
♤
ギルド街の外縁部に布陣するギルド第三師団。
隊列はバラバラ、士気も下がっている。
元々魔女に支配されていた第三師団。そのため魔女の強さも間近で見ている。
緊迫した空気が貼りつける。
ギルド第三師団副師団長を務める真実の右は遅れて、待機している第三師団の面々の前に現れた。
表情は強ばっている。
「副師団長。どこへ行っていたのですか?」
団員の一人が問いかける。
真実の右は反応に遅れ、声をかけてきた団員に視線を向ける。
「少し、会いに行っていた」
「誰にですか?」
少しの間が空く。
「会ってきたのは、俺たちの……長だ」
質問をした団員はその意味を悟り、さらに聞き返すような真似はしなかった。
真実の右は先頭に立つも、落ち着かない様子。
病室に、数名の警備とともに隔離されている第三師団師団長真実。その者の存在が真実の右にとっては気掛かりだった。
眠る女性の姿は、記憶になくても感じてしまう。
どこかで仕えていた、という不思議な感覚が。
これまで魔女によってどれほどの被害がもたらされたのか、知るよしもない。
もしかしたら師団長真実のように、存在を消された者が他にもいるかもしれないと疑念が浮かぶ。
まだ誰も、魔女の本当の恐ろしさを知らない。
♤
ネタバレ屋。
彼女は暦を呼び出し、二人きりで話をしていた。
「まず最初に言っておくと、世界を救うにせよ、世界が滅ぶにせよ、とある人物の死は確定している」
ネタバレ屋はすべてを知っている。
暦はそれを知っているからこそ、その事実に驚くこともなく、淡々と受け止めた。
「もし何度ループを繰り返したとしても変えられないのか?」
「変わらない。その死は必ず訪れる。その死は勝利と敗北の目印になる」
「勝利と……敗北の……?」
暦はネタバレ屋が言った言葉の意味を理解できなかった。
未来の起きる幾つものルートを知る彼女にとって、暦が理解できないことも分かっている。
「私はこれ以上語らない。未来でまた会おう」
ネタバレ屋は口を閉じた。
長い付き合いである暦は、ネタバレ屋がもう口を開かないことを分かっている。
惜しみつつも、ネタバレ屋を出る。すぐ外に待機していた稲荷、銀冰、しいなと対面する。
「鍛冶屋へ赴こう」
普段は落ち着いたペースだが、今だけは焦りを見せていた。
足早に鍛冶屋へ赴く。
到着するなり、一人の鍛冶師が暦を迎え入れる。
「例の結晶の件、完了しましたか?」
「龍の鱗のように硬かったがその分上物が完成した」
「感謝する」
赤い結晶を加工した短剣が暦に手渡される。
代わりに暦は金貨が数十枚入った袋を渡す。
「これで戦闘準備は整った。あとは魔女を討つだけ」
この日を待ち続けていた。
魔女を討つ日。
過去に浸る暦。その背後で稲荷は叫んだ。
「どうした?」
「そそそ、空を見るのだ」
鍛冶屋を飛び出し、空を見る。
そこには、
ーーそして、
「その人物を見つけたら直ちに拘束せよ。彼女は、我々の敵だ」
勇者がギルド全師団の団員に呼び掛ける。
特に、真実の右はその人物の名を聞いて驚く。
ギルド街に総戦力が集う。
時刻は零時。
五月六十日がやって来た。
ギルド本部の鐘がギルド街中に鳴り響く。
鐘の音がまるで天使のラッパのように響く中、彼女は天使のように現れた。
背中には純白の翼を生やし、純白の瞳を輝かせて。
「いつもと雰囲気が違うな」
勇者は魔女に違和感を感じる。
「予言通り、私はこの日、すべてを終わらせる」
始まりは特大魔法とともに。
魔女の頭上には特大の魔方陣。
魔方陣は拡大し続け、ギルド街全体を包み込んだ。
「終焉を始めよう」
魔方陣は光り始める。
真っ黒な虹色で輝く空は、すべての人々を恐怖に染めた。
魔法が発動する。
「『魔女の黙示録』」
異世界中に炎が、水が、雷が、氷が、風が、毒が、金属が、そしてモンスターが降り注ぐ。
終焉の一幕。
異世界のどこへ逃げても、死からは逃れられない。
それほどに、魔女の本気は死を意味する。