表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.3『嘘の矛盾(ライオーバーパラドックス)』編
83/105

物語No.77『少女の誓い』

 少女は、巨人は叫んでいた。

 過去の痛みを抱えながら、苦しみに泣きながら。

 痛みも苦しみも消えない。だから少女は選んだ。

 自分を苦しめるすべてに終焉をもたらすことを。


 私は進まない。

 私は戻らない。

 私はすべてを終わらせるだけ。

 ここですべてを終わらせて、世界とともに私も死ぬの。


 それが私の最高の物語。



 だが、少女の幻想に亀裂が走る。

 巨人の前に現れたのは、剣を持った一人の少年ーー三世。


「ライ。殻に閉じ籠って、その上学校を壊そうだなんてするな。どれだけ学校を恨んでいようと、壊したって君は救われるわけじゃないだろ」


 うるさい。

 そう言うかのように巨人は叫ぶ。

 空間を揺らすほどの叫び。巨人の叫びは大地に亀裂を生じさせる。


「これが……ライか。随分と変わったな」


 巨人の前に立つ恐怖。

 脅えながらも、三世は立つ。


「君の願いは違うだろ。それを今から証明する」


 三世は巨人に向かって走り出す。

 巨人は容赦せず、拳を振り下ろす。地面には特大の大穴が空き、攻撃を受ければ瞬殺だ。

 巨人は拳を上げ、穴を覗き込む。


「今だッ」


 巨人の背中が見える。そこへ龍の背中に乗っていた愛六、琉球、三浦が飛び降りる。


「全員、巨人の心臓部にいるライを引きずり出すよ」


 全員は巨人の背中に刃を突き刺す。

 ーーが、巨人の背中は刃を弾き返した。


「硬過ぎる」

「刃が届かない」

「全員逃げるよ」


 龍の背に乗っていた東雲と三世は、巨人の背に降りた三人の回収を試みる。

 巨人は怒っている。

 邪魔をする彼らに巨人の乱暴な攻撃が炸裂した。最悪にも、ハエを払うようにして振るわれた腕の一撃が五人に命中した。

 五人全員が校舎の残骸に身体を埋める。


「一撃で全滅……!?」


 隠れて見ていた不寝は、巨人の圧倒的強さに目を見開く。


「あの魔法道具は怨念の強さだけ力が増す」


 少女の怨念は強すぎた。

 すべてを壊してもいいと思えるほど、少女は世界を憎んでいる。

 少女は悲しかった。


 だから少女はヒーローが欲しかった。


 瓦礫の中、頭から血を流す東雲。その背後に見える龍は東雲から離れ、巨人と同じ大きさまで巨大化する。

 青い鱗に包まれた龍は巨人を睨む。


「青龍、私の全生命力を使って巨人を討て」


 青龍は大きく口を開く。

 巨人は破壊衝動のままに青龍へ突撃を仕掛ける。巨人の手が龍に触れるーー刹那、青い火炎が巨人を飲み込んだ。

 全身が燃え、皮膚が溶けていく。身体が剥がれ落ち、心臓部から中に埋まったライの顔が露になる。


「…………」


 炎に包まれ、巨人の上半身は失われた。下半身だけが残された巨人は膝をつき、崩れ落ちた。

 炎の中から落ちたライは、東雲と向かい合う形になる。


「邪魔をしないでよ」


 火傷を負いながらも、痛みは気にしない。復讐だけに意識を集中していた。


「邪魔をしたんじゃないノメ。お前を救っただけなノメ」


「私を救う? ヒーローなんていらないんだよ」


 ライは新たな魔法道具を取り出そうと腰に巻いた袋に手を入れる。


「死んでよヒーロー」


 取り出されたのは銀色のナイフ。握りしめる拳からは血が流れ出る。

 瞳は鋭く尖り、口からも血を流している。

 殺意が滲み出ている。


「ヒーローは死なない。お前を救うまでは」


 生命力の大部分を龍の攻撃に使い果たしたため、動く気力も湧いてこない。

 瓦礫を背に、東雲は消え行く火のように意識を朦朧とさせていた。


 対してライはまだ気力が有り余っている。

 少女が握るナイフは容易に東雲の心臓を貫くだろう。


 ナイフが届く距離まで近づいた。


「私の復讐を邪魔した報いだ。これは……正しい裁きなんだ」


 ナイフを持つ手が震えている。

 殺意に染まった右手。震える右腕を押さえつけるように左手がそえられる。

 震えながら右腕を上げる。ライは東雲の顔を瞳に映し、硬直する。


「最後に言い残すことはあるか」


 ライは言った。

 少女は期待していた。少女は求めていた。


「……そうだ。これ、」


 東雲はポケットから携帯を取り出す。


「まだ、お前の携帯、登録してなかったな……ノ」


「……うん」


 少女にとって、それは嬉しい言葉だった。

 誰とも繋がりを持てなかった少女にとって、その言葉は繋がりを持つことそのものだった。


「それで最後か」


「まだあるノ……」


 ライは静まり、東雲の言葉を待つ。


「お前、嘘をついたノ……」


「嘘なんかついていない。私は()()()()()()だから」


 少女の子供の頃の約束。

 母と交わした大切な約束。

 どれだけ寂しくても、どれだけ苦しくても、少女は母に正直者になることを誓った。


 真実は少女にとって大切なもの。

 母との絆そのもの。


「だから、私は嘘をついた」


 少女は隠していた。東雲は分かっていた。


「もう、一人で抱え込むのは嫌だから。私のすべてをぶちまける。私の独白、聞いてくれる?」


 東雲は力なく頷く。


「私はずっと下を向いていた。あの時、弱者に対する虐げが始まった日、私は見た。この世のものとは思えないほど恐ろしい顔を」


 少女の脳裏に熱く刻まれた苦しみ。

 与えられた恐怖に、あの頃から少女は支配されていた。


「見たくなかった。見られたくもなかった」


 他人が怖い。

 恐怖の存在=他人になった。


「私は常に母を見ていた。嘘をつくなと言った母。嘘をつかずに生きてきた。結果、私は友達に恵まれなかった。もしあの時、友達がたくさんいれば私は虐められずに済んだんだ」


 一人の人間が標的であれば、大多数の人間は虐めることに否定的な意見は持たない。

 言葉で、力で、そうやって楽しんだ。

 常に誰かに下にいてほしいと抱く者。下を見て、虐げることが喜びである者。

 耳を塞ぎ、見ないふりを、聞いていないふりをしたかった。


「母が嫌いだ。地獄に落ちてほしかったから。だから私は下を向く」


 少女は怨念を口にした。


「私は高校の制服を着ている。あの日から逃げたかったから。あの日を拒んだから。私は小学生じゃない。そう言い訳をするように高校の制服を着た」


 逃げたかった。怖かった。


「魔女と悪事を働く日々。私はそれに幸せを感じていたんだ。居場所と思える場所ができたから」


 魔女との日々を思い出す。

 今思えば、自分の潜在能力を使われていただけだった。


 あの日、魔女に翼を奪われた。

 遠くへ行かないように縛りをかけられて。


「私はまだ、高く飛べるかな」


 少女は夢を追いかけるあの頃のように。

 ヒーローを追い求める昔のように。

 手を空に伸ばし、未来を馳せる。


「飛べるよ。翼をもがれていたって、新しい翼を身につければいい。そうやって私たちは成長していくんだよ」


 東雲は続ける。


「思春期は天使のように。堕天使になるのも大天使になるのも全部自分次第ノメ」


 東雲はぎゅっと少女の手を握る。

 少女はその手の温もりが消え行くのを感じながら、瞳の端に涙を浮かべた。


「……うん」


 少女は知っている。

 それでも、その言葉は少女を導いた。


「私は、誓いを立てる。これからに向けて」


 少女は向いた。振り向いた。

 三世、愛六、琉球が立つ瓦礫の丘を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ