物語No.76『ライの復讐は終わらない』
「そうだった。私の人生は最悪だったんだ」
過去を思い出していた少女は、現在回帰する。
現在がどれほど最悪な状況なのかを憂い、悲しみに染まる。
六年九組の教室で仰向け。
少女は涙のままに呟く。
「もう全部嘘でいい」
だから少女は使った。
魔女に託された最悪の場合にのみ使用を許された魔法道具を解禁する。
自分の命さえも奪う最悪の魔法道具。それは少女自身をモンスターに変える災厄の種。
憎しみの度合いだけ、負の感情を背負う度合いだけ強化されたモンスターが生まれる。
「学校なんて、最初からなければよかったのに」
全身を黒い物体で構成された巨大な肉体。全長十メートルを越える巨人が瓦礫を散らして現れた。
巨人は三世らを見ても無視し、校舎の破壊を始める。表情は暗く見えないが、わずかに見える口もとは確かに笑っている。
抑えきれない破壊衝動が表面化した。
瓦礫が降る夜。
リザード・ドラゴンの残骸が横たわる場所にまで瓦礫が落ちる。
「三世、愛六、離れるぞ」
琉球は動けない三世を背負い、愛六とともに巨人から距離を取る。
琉球は三世を地に横たわらせる。
「愛六、三世を頼んだ」
「何する気?」
「強さを計るだけだ」
琉球は三世の剣を手に取り、巨人の方へと足を走らせる。愛六は止めようと手を伸ばすが、琉球は止まらない。
リザード・ドラゴンの死骸に燃える残り火を剣に纏い、巨人に向かう。
巨人は迫る琉球に気がつき、両腕を振り上げ、窓が割れるほどの雄叫びを上げる。その雄叫びは剣に纏われた火をも消した。
「火が……ッ!?」
琉球が耳を塞ぎ、立ち止まっている間にも巨人の腕が一直線に振り下ろされる。拳はわずかに琉球の横に逸れた。だがその一撃は大地に深々と拳の跡を残した。
それだけではない。腕の一振りは突風を巻き起こし、琉球は突風に巻き込まれて身体は宙に吹き飛ばされる。
「なんて威力だ」
琉球は上空百メートルを越える高さまで浮かび上がる。このまま落下すれば死ぬ。
「愛六」
「分かってるっつーの」
ポチャポチャと水が流れる音。
琉球の真下には水が球体状に維持され、宙に浮かんで琉球を飲み込んだ。
水に落ちた琉球の動きは水中で止まり、水の玉はそのまま大地に落ちていく。
「助かった」
「無茶しすぎよ」
「ああ。というか、これほどの威力を連発されれば近づけない」
「どうする?」
「一旦離れて作戦を考え……ッ」
飛来音。
巨大な瓦礫が琉球ら三人のもとへ投げられた。
逃げるにも迫る瓦礫は大きすぎた。速すぎた。
防ぐにも術がない。魔法がない。
「『大地の壁』」
大地が隆起し、壁が形成される。
壁は投擲された瓦礫を受け止めた。
「魔法?」
「正解。お前らには死なれちゃ困るけど」
眠そうな声で現れた女性。
寝癖だらけ、目の下にはくまがあり、目を擦っている。服装はギルド職員の制服を着ている。
「私は不寝。少し話さない?」
♤
巨人が暴れる校舎から離れた倉庫。
そこで三世、愛六、琉球は不寝の話を聞いていた。
「まず言っておくと、ここは六月一日ではない」
「「「はッ!?」」」
そんなわけがない誰もが言った。
黒板の日付は六月一日と書かれ、学園のどこを探しても六月一日の文字を見ることができる。
「疑問に思うのも無理はない。だが事実だ」
「では今日は何日なんですか?」
「日付なんて概念はない。ここは、ライによって歪められた世界。この世界にいる人も建物もすべてライの虚構が現実化したもの」
「じゃあこの学園の外に出られないのもそれが理由なのね」
愛六は納得する。
だが他に疑問が生じる。
「でも、私たちは現実世界に来たはずよ。私たちはどうやってライの作った変な世界に来れたわけ」
「さあ。だが可能性があるとすれば、少女は道を残していた。現実世界へ続く道がここへ繋がる道になっていたのかもしれない」
「それってライにとって邪魔じゃないの? ライはたとえ仮の世界であったとしても学校をぶっ壊したい欲求に支配されてる」
「確かに不思議だけど、ライの潜在能力にはいろいろと制限や代償があるみたいだし。そこら辺が原因だと思うよ」
不寝は大きなあくびをした。
「そろそろ眠いな。いい加減この世界を出たいし、お前らにあれを倒してもらいたいんだけど」
不寝は暴れる巨人へ目移しをする。
巨人は既に初等部の校舎を全壊させている。圧倒的腕力から繰り出される拳は校舎をガラクタのように破壊する。
「倒したいが、やつには近づくこともできない」
「倒すよりもさ、このまま暴れさせれば解決するんじゃない」
愛六の意見に全員が説明を求める。
「ライの鬱憤が晴れれば暴走は止まるでしょ。だったら好きなだけ学校を壊させればいいんだよ」
「もしそうなれば、私たちは一生ここに閉じ込められることになっちゃうけど」
不寝は眠そうに呟く。
愛六は「なんで?」と問いかける。
「ここはライの潜在能力で生まれた世界。ライが過去と向き合う、いや、この場合は壊すか。あの行為は過去を拒んだ末の行動。つまりあれが遂行されれば潜在能力に新たな制限が生まれる可能性が高い」
「じゃあここから出られないの」
愛六は試しに両手の小指を重ね合わせ、異世界へ移動を試みる。だが異世界に行くことはない。
「無駄だ。ここから出るためには、あの巨人の体内に閉じ込められたライを救い出さなければいけない」
「救い出すっていっても、あれはライが動かしてるんでしょ。止める方法がない」
「私、ライが使用した魔法道具の性質や仕組みは理解しているけど」
「それってつまり……」
「私は戦わないよ。だってあんな化け物を相手にするのは目が覚める。私は眠たいんだ。だから、策を授けるだけだけど」
不寝は眠そうにしていた。だが現状では最も頼りになる人物だ。
「あー、でもー、人手が足りないかも」
不寝は三人で巨人を倒せるか不安に思っていた。
悩んでいる間にもあくびが何度も出てしまう。
「どうしよっかなー」
「今の話、全部聞いていた。私たちもいるんだよ」
上空から颯爽と現れた二人の少女ーー三浦と東雲。
不寝は東雲を見るなり、「なるほど」と理解したように呟いた。
「勇者の報告書にあった通りなら、本当にライは魔女にとっての脅威になるみたいだけど」
不寝はわずかに可能性を感じていた。
数秒思考した後、結論を出す。
「お前ら五人ならライを止められる。じゃあ、策を託すよ」
不寝が希望を預けた五人。
三世、愛六、琉球、三浦、東雲。
ライは止まらない。
過去を壊すため。過去を嘘にするため。
少女は叫ぶ。
「ーー全部嘘になっちゃえばいいのに」
ライの復讐は終わらない。
この学園を破壊するまでは。