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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『魔女の憂鬱』編
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物語No.7『ホテルでの一幕』

 ふかふかなベッドの上で、心地よい温もりに包まれていた。

 突然、身体に象に押し潰されたような重みがのし掛かり、正体を探ろうと飛び起きた。


「尾張ぃ、心配したんだぞ」


「ちょ、嵐槍(らんす)、苦しい……」


 抱きついてくる男を力士の張り手並みに突き放す。

 押し倒された嵐槍はベッドに転がった。


「尾張、俺の温もりが恋しくないのか?」


「温もりはゼロだったぞ。息苦しさと重たさしか感じなかった」


 ごめんごめん、と平謝りをしながら、嵐槍はベッドから起き上がる。

 その間、俺は部屋を見回した。

 俺が夜帰ってきた時は暗く、質素な部屋だと思っていた。だが朝日が差し込んだ部屋は意外にも広く、ベッドが六つも並べられる広さがある。

 他の友達はまだ眠っている。


「尾張、昨日はずっとどこに行っていた。木守(こもり)さんもいないし、皆心配してたんだよ」


 その件に関しては、昨夜先生たちに事情を話した。

 クルーズ船で海に落ちた俺を三世と愛六が救い、灯りを辿ってホテルまで帰ってきたと先生には説明した。

 もちろん異世界のことは話していない。話しても信じてはもらえないだろう。


「尾張琉球、木守愛六、創世(つくりよ)三世、ひとまず生きていて良かった。残り一日の修学旅行を精一杯楽しめ」


 先生からありがたい言葉も頂き、俺たちはとがめられることもなく、無事修学旅行を過ごせている。


「心配かけたな。だがもう大丈夫。俺はこうしてこの世界に戻ってきたんだから」


「何言ってんだお前?」


 首をかしげる嵐槍を横目に、俺は考え事をしていた。

 潜在能力発現の際、話しかけてきた龍が言っていたこと。あれが事実だとすれば、俺の記憶は何が正しい。


 俺は自然と嵐槍に質問していた。


「なあ嵐槍、俺とお前が出会ったのっていつだ?」


「こりゃあ昨日の今日で頭おかしくなっちまったな」


「確かにおかしいのかもしれない。だから答えてくれ。真面目にだ」


「俺とお前が出会ったのは中等部に上がってからだ。同じ学校だったし、それ以前に会っている可能性もあるが、少なくともそれまでは同じクラスになったことはない」


 自分の記憶と完全に一致している。

 全ての記憶が食い違っている、ということではなさそうだ。

 記憶の食い違いがあるか調べるため、三世や愛六からも情報を聞き出さなければいけない。俺とお前らの出会いについて。


「すまん嵐槍、行かなきゃいけない場所ができた」


「まさか木守さんのところか? だったらやめといた方がいいぜ」


「何でだ?」


「お前、昨晩いなかったせいでペアで行動する肝試しに参加しなかっただろ。それでペアの人が、琉球と愛六がデートをしていたんじゃないかって疑っている。今行ったら話がややこしくなる……って、もう行ったのかよ」


 俺は嵐槍の話を完全に聞き逃していた。

 自分の記憶の違和感に多少気持ち悪さがあったから、早く払拭したかった。


 三世の部屋は隣、愛六は上の階にいる。

 隣の部屋で眠っていた三世を叩き起こし、愛六の部屋へ向かう。


「もうちょっと寝てたかったのに」


「悪いが聞きたい話がある。どうしても聞きたいことなんだ」


 俺は必死になっていた。

 自分が知りたい、自分がなんなのか、分からなくなってしまう前に。


 階段を二段飛ばしで駆け上がり、壁際で急ブレーキ、すぐさま左へ進行方向を変え、廊下を全速力で走る。

 まだ朝で、起きている生徒はほとんどいない。

 愛六も寝ているだろうと思っていた矢先、窓から外を眺めている女子生徒を見つけた。


 背中まで伸びた深海のような紫紺色の髪が、窓から差し込む風によって揺れている。

 その持ち主は、騒がしさに気付き、こちらに視線を送った。


「琉球、それに三世、ここは女子用の階だよ」


 木守愛六。

 パジャマ姿から想像するに、寝起きだろうか。

 俺たちの襲来に驚いたように目を見開いていた。


「聞きたいことがある」


「昨夜の件ですか?」


「いや、他に聞きたいことがーー」


 質問の内容に踏み込もうとした。

 だが俺の声を搔き消すように、ある人物が邪魔に入った。


「尾張、昨晩は私を差し置いて女とデートですか」


 燃えるような赤い髪、真っ赤な瞳はこちらを鋭い目で睨み、声には明らかに怒りが込められている。


「こ、九重裏(ここのえり)っ!」


「ちょっと話があるんだけど」


 九重裏は身体を寄せ、圧迫するように迫っている。その威圧に気圧され、身震いを起こす。


「昨晩、尾張がいなかったから私一人で肝試しをしたのよ。それの何が楽しいのよ」


「ごもっともです……」


 九重裏の言葉は機関銃のように放たれ、弾切れになることもなさそうな雰囲気だ。


「それともお化けとペアを組んで肝試しをしろってこと? だとしたら何を怖がればいいのよ。肝心のお化けがペアなのに何を怖れろっていうのよ」


 廊下での騒がしさを聞きつけ、多くの生徒が起き始めている。

 これでは聞きたい話も聞けなくなってしまう、そう考えた俺は三世と愛六の腕を掴み、


「逃げるよ」


 二人を先導して、九重裏のもとから立ち去った。

 二人は引っ張られるままに後をついてきている。


「ちょっと尾張っ」


「ごめん。話ならまた後で」


 このまま逃げようと思ったが、九重裏は獲物を捉えた狼の疾走で追いかけてくる。

 階段を駆け下り、外へ向かう。

 九重裏は壁をキックして見事なショートカットを見せ、圧倒的運動神経の良さで距離を詰めてきている。


「仕方ない。異世界へ飛ぶよ」


「場所は?」


「ギルド本部がある中央広場。外を出て角を曲がったらすぐに飛ぶ」


 九重裏との距離はおよそ五メートル。

 あと少しもすれば追いつかれる。ようやく角に差し掛かり、素早い切り返しで角を曲がった瞬間、


「プロミス」


 小指を結び、中央広場を思い浮かべながら叫んだ。

 景色は一転し、イメージした通り中央広場にたどり着いた。

 あまりの全力疾走で体勢を崩し、広場の中心で地面に倒れ込む。


「なんとか……はぁ、逃げきった」


 呼吸を荒くし、周囲を見渡す。

 目の前には二本の足があり、その人物は俺を見下ろしていた。


「あっ!」


「もう来たのか。そんなに異世界が恋しかったか、少年?」


 暦さんが、隣に女性を連れて立っていた。

 転がっている俺を見ても冷静な様子で、暦は歓迎するように言った。


「二度目の、異世界へようこそ」


 ーー今度は自分の意志で、と付け足して。

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