物語No.72『ライの復讐』
ライは予想もしていなかった。
なぜならこの場所は初等部の校舎であったから。
三世は高等部の生徒であり、ライは自らが高等部の制服を着ていたために彼らも高等部の校舎で待ち構えているだろうと考えていた。だが、想定は崩された。
予想の枠を越え、少年は現れた。
「お前、どうして私の居場所が分かった」
「君の心を読んだから、と言いたいが違う。全部東雲から聞いたんだ」
ライの顔が曇る。
「私の……私の過去を知ったのか」
「君がどんな過去を歩んだのか、僕は知った」
「私の過去を知っているのなら復讐の邪魔をするな。私の復讐は正当なものだ。その邪魔をするのなら、私はお前も殺すんだ」
ライは怒りに満ちている。感情のままに声を荒げ、怒りのままに言葉を吐く。
「それでも、君の行動は容認されるものではない」
「じゃあ、私の過去はどうなるの。私の過去は容認されていいものなの。そんなの私は許せない」
ライはもう止まらない。
「お前はこれまで何度も私たちの邪魔をした。いい加減諦めて死んでよ」
ライの声が学園中に響く。それを合図に、学園中を徘徊していたモンスターが一斉に初等部棟へと集まり始めた。
近くにいたモンスターは壁を突き破り、六年九組の教室へ乱入する。
「あなた一人じゃこの数は倒せない」
「僕はもう一人じゃない」
押し寄せる多くのモンスター。だがその背後からモンスターのうめき声が聞こえてくる。まるで次々とモンスターが狩られていくように。
うめき声が近づく方をライは横目で凝視する。
モンスターの真っ赤な血が周囲に飛び散り、とうとう壁に空いた穴から人影が正体を現した。
「愛六、見えてきたぞ」
「本当、面倒かけさせてくれるわね」
剣を持った少年が先陣を切り、背後から少女が仕留め損なったモンスターに槍でとどめを刺す。
教室を占領したモンスター全てを倒し、琉球と愛六は三世のそばに立つ。
「駆け出し三人衆。お前らいつまで邪魔すんだよッ!」
「正義に寝返るまでだ」
「私は正義には屈しない。どうせそんなものは意味がない。学校で教えられる正義は大多数による圧力でしかない」
ライは過去を思い出しながら吠える。
「その一面があるのは否定できない」
三世はライに返答する。
「学校は現在の価値観と教育観念の押しつけだ。観念の外側にいる者は異端とされる」
三世は経験している。これまで、ずっと一人で生きてきたから分かる。
「君の全てを分かるとは言わない。ただ、少しは分かる。その少しを共有していって、多くを分かるように共に手を取ろう」
「嫌だッ!」
強く否定される。
「私は誰かに分かってほしいんじゃない。ただ関わらないでほしかっただけだ。誰も私を見ず、誰も私を気にせず、無視してくれた方が良かったんだ」
「ひとりぼっちは寂しいよ。僕も分かる」
「あなたには分からない。私は、孤独以上の苦しみを味わった。ただぼっちのあなたには分かってほしくもない」
悲痛に満ちた否定。
「だからーー」
少女は戻れない。戻らない。
「ここで過去への復讐を果たすの。もうそれで終わっていいの。私の人生はただそれで構わない」
ライは魔法アイテムをポケットから取り出す。
「私はエンリの仲間だから。魔法アイテムは無限に持ってる。あなたたちじゃ私には勝てないの」
ライの手のひらに掴まれた水晶玉。中には竜の姿をした生物が小さく丸くなって眠っている。
「星四下位相当のモンスター、リザード・ドラゴン。冒険者小隊ーー三十人から六十人ーーでも苦戦する強さを持つ」
三世はその名前を知っている。
「以前学園に出現したモンスターか」
「正解。あの時は倒されちゃったみたいだけど、どうせまぐれでしょ。今度こそ竜はあなたたちを殺す」
ライは水晶玉を地面に叩きつけた。途端に漂う死のオーラ。
教室の地面や壁、天井には亀裂が走る。
「崩れるぞ。全員、外に出るぞ」
琉球の掛け声の下、三世と愛六は教室の外へ避難する。直後に崩れる教室。教室だけでなく、校舎に亀裂が走り、たちまり崩壊する。
瓦礫の山が積み上がった場所からは恐怖は漂い続けている。やがて恐怖の主は顔を見せる。
空間を歪めるほどの怒号とともに、自身の巨体を包み込むほどの翼を大きく広げた。トカゲのような顔を持ち、胴体は鱗で覆われ、長い尻尾が瓦礫を軽々と散らす。赤い眼光は三人を標的にした。
以前倒したモンスター。だがもう一度倒せるか不安になるほどの脅威を放つ。
ライは竜の背に乗り、三人を指差して言う。
「リザード・ドラゴン、あいつらを殺せ」
ライの指示の後、吠え声とともに竜は翼を広げて三人へ滑空する。
「行くぞ」
「三世、びびってんじゃん」
「びびび……びびってない」
三人は竜の突撃を前に果敢に武器を構える。
「以前も倒した竜だったっけ」
「あの頃の私たちだったら勝敗は五分五分だよね」
「今の俺たちなら勝つさ」
まるで教師の説教が始まる前時譚のように、三人は無邪気な笑顔で会話をしている。
脅威はもう脅威ではない。
三人揃えば最強。