物語No.71『その場所』
私の何を知っている。
私の何を分かっている。
私は世界を嫌っている。それが私のすべてで構わない。だからせめて、最後に復讐を遂げさせてほしい。
少女は願った。
結果が今。絶望に支配された学園。
モンスターが生徒教師を襲い、喰らう。
多くの悲鳴と血。
ライは一人には目もくれない。向ける先は崩壊する学園という全体。
「強くても星三下位程度のモンスター。一級の冒険者がいれば片手で狩れる。だがこの学園にはそんな者は一人として……」
ライの視線の先。
そこでは東雲が水魔法と龍を駆使してモンスターを次々と狩っていた。
「そういえばいたっけ」
ライの視線は横にいる三浦へ向けられる。
「フレンド、あの女を止めろ」
三浦は戸惑いながらも、
「分かった」
肯定の返事をする。
三浦は戦いを望まない。だがライの期待に応えなければ、ライはどんな心境に陥るか想像するだけで恐ろしい。
あらゆる嘘を現実に変える潜在能力とこの上ない苦しみに支配された過去。
潜在能力に関しては知らないことが多い。感情の変化に左右されるものである可能性もある。過去を越える、対照的に過去を閉ざした時、潜在能力はどうなるだろうか。
もし潜在能力の効果が消え、今日という日に移動したという事実が消える可能性を考えた。
三浦はなぜか考える。
一度神と名乗る者によって思考を介入された。三浦の考えは三浦のものだけではない。
だから三浦は剣を取る。刃を握り、龍を操る少女の真上から飛び降りる。
「『フレンドリークロス』」
右手の剣、左手の短剣を交差し、龍の頭部から撃を与える。龍は口を大きく開き、衝撃とともに地面に顎を打つ。
「青龍っ!」
龍が地面に伏したことに東雲は驚く。龍に駆け寄ろうと足を踏み出す。だがすぐに歩みを止める。
目の前に立つ三浦を見て、畏怖を感じる。
「お前、強いノメ」
東雲はすぐに距離をとる。
三浦は両刃に刃こぼれがないことを確認し、再度武器を握り直す。
「全力であなたを止める。それが、現状において最も適しただから」
「何を言っているノメ。目の前で多くの人が死んでいく。これをお前は最適だと表現するノメ?」
「ーー少女の潜在能力は完全ではなかった」
脈絡のない発言に首を傾げる東雲。
依然として三浦は刃を握り、東雲の前の立ち続ける。
「少女の過去は不完全なものだから。だから私は少女に従う」
三浦にはある目的があった。
東雲は苛立っていた。
多くの学生が死に飲まれる地獄絵図が広がる学園を作り上げたライ、その手助けをする三浦に。
「お前は一体なんなノメ。あなたはあの子の仲間でも友達でもないノメ」
「私は、ライの友達だよ」
自信なく答える三浦。
対して東雲ははっきりと答える。
「嘘つきなノメ」
東雲は三浦の目を見て、確かに呟いた。
「お前は本当は誰なノメ」
「私はとも……だ…………ッ?」
三浦は疑問を抱いた。
突如、三浦は頭痛に苦しむ。
なぜか記憶が混濁している。まるで即席ですり替えられたような歪な記憶。
三浦はある考えに至る。
ライから命令を受けた時、必ずライの指示に従うように身体が動いていた。その言い訳も脳内で済ませ、全く疑わないようにしていた。ライの命令に従う合理的理由を植えつけて。
だが今、それが歪み始めている。
「まさか……そういうことか」
頭を押さえる三浦を見下ろし、ライは小さくため息をこぼす。
「せっかく友達になれると思ったのに」
ライの手には拳銃の形状をした魔法道具が握られている。
「エンリから受け取った即席洗脳アイテムは役に立たないな」
ライは拳銃を投げ捨てる。
三浦を名残惜しく見つつも、魔法道具の効果が切れ始めたために協力してくれる保証はない。
すぐにその一室を後にし、生徒がモンスターに喰われる様を見れる場所へ向かうことにした。
「生徒が死んでいくのを見るためにはどこがいいか。屋上か、それともーー」
ライは歩き出す。
まるでバージンロードのように真っ赤に染まった廊下を歩く。所々固形物が原型を崩して転がっている。
ライは一つ一つの物体を見下ろす。
「これも違う。これも違う。これも違う」
ライは部屋の上に取りつけられたプレートを見る。
六年一組、六年二組、六年三組と、順々に並んでいる。
「もうすぐなはずだけど」
少女は探していた。
六年四組、六年五組、六年六組、六年七組、六年八組、そして、
「六年九組。破滅の教室」
少女は立ち止まる。
廊下には幾つかの肉塊が散らばっているが、探している顔はない。となると、あるのは教室の中だ。
この時ばかりは、少女は躊躇っていた。教室の先へ進むことを。六年八組の教室の前で立ち止まり、角にある六年九組の廊下を眺める。
いつまでもそうしているわけにもいかない。ライは唾を飲み、身体を硬くさせ、恐る恐る六年九組の教室へ入る。
壁に触り、ゆっくりと、目を小さく開き、中を覗く。悪夢を思い出しながら、ひっそりと。
「…………」
教室を見たライが思ったのは、違和感だった。
教室には遺体は何一つなかった。
「どう……して……?」
疑問に思った。
本当であれば教室にいる生徒は廊下に散らばる生徒のようになっているのに。
よく見ると、廊下に散らばるのはモンスターの死骸。
唖然とするライ。動揺のあまり、周りが見えていなかった。背後から現れた一人の少年に気付かなかった。
「なあライ。全部ぶっ壊して終わらしてしまおうなんてやめた方がいい。その先には何も残らないから」
響く少年の声にライはすぐさま振り向く。
背後にいた少年は真っ赤に染まった剣を不格好に構えていた。
「てめえは……」
見覚えのある顔にライは苛立つ。
「僕は創世三世。君を止めに来た」