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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.3『嘘の矛盾(ライオーバーパラドックス)』編
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物語No.70『嘘』

 ーーきっと私は間違っている。



 分かっている。

 だが、私はその事実から目を逸らす。


「フレンド。私はこれから学園をぶっ壊すよ」


 夜が落ちる校舎の一室にライはいた。抑えきれない興奮に声は上ずる。

 窓を隔て、校庭にある白線で引かれたリレーのコースを眺める。


「学校なんて、意味がない。馴染めなければ異端と蔑まれ、居場所は奪われる」


 ライの目には怒りが込められている。横目に見てもはっきりと感じられる。

 握り締められた拳からは血が流れる。爪が皮膚を突き破っている。

 ライは学校に怒っている。


 私はライに協力すべきではないことを分かっている。ライの行動が為されたとすれば、生まれるのは悲しみだけだから。

 私はこれ以上悲しみを見たくはない。涙は辛いものだから。


「あなたはこれでいいの?」


「嫌いなものが壊れる音は、私にとっては福音だ」


 迷いなくライは答える。

 ライは間違いも正しいも考えていない。ただ己の冒す行動が自分にとって素晴らしいものだから進む。

 そこに犠牲は厭わない。


 今のライは復讐に駆られている。


「どうして私は弱者だった。相手が多数だったから、少数の私は耐えることしかできなかった。歯向かえば、更なる絶望が私を歓迎する」


 ライの過去を知っている。だから私はライに強く言うことはできなかった。

 ライは私を友達と呼んだ。もし友達である存在に裏切られれば、ライはもう戻らない。戻れない。


「長い苦悩の末に、ようやく掴んだ復讐の機会。私は学園に再臨する」


 ライの目は復讐だけを見ている。


「今日という日だけで私はすべてを許せるよ。今日まで私を虐げてきたあの豚どもに絶望を。私がされてきたことを返すだけだ」


 ライは身体の節々を痛むように押さえる。制服の下に隠れた肌には、アザや傷が隠されている。痛みは消えず、過去も消えない。

 あの日の苦しみを思い出しながら、今日を最高に楽しんでいる。


「心も身体も、すべてが痛む。身体に受ける痛みも、心に受ける痛みも、同じ痛みであることに変わりはない。なのに、心は痛まないとでも言うようにあいつらは私を言葉で虐げる。身体だけでなく心まで」


 ライは蝕まれている。痛みに、恐怖に、だから復讐に囚われる。


「どうしてどうしてどうして、どうして痛みを分からないッ! どうして平気で痛みを与えられるッ! 私の傷が、苦しみが、なんで分からないッ!」


 ライは一人だった。だが、一人じゃなかった。

 ライの周囲には常に人がいた。人がいただけで、それ以下だった。

 私は常に一人だった。人がいなかっただけで、それ以上でもそれ以下でもなかった。


 ライは孤独以上の苦しみに苛まれている。

 私じゃすべてを分かってあげることはできない。それほどにライは私以上の苦しみを味わった。

 ライは私を友達と呼ぶが、私はライの都合のいい人を演じているだけ。ライの過去を知ったから、気をつかっているだけの臆病者。


「ずっと、辛かったんだ。ずっと、死にたかったんだ」


 同じ思いを抱いた少女。

 過去に私も死にたいと願った。

 しかし目の前にいる少女が望む死は本物の死。再生も望まない、ただ永遠に終わりを求めている。

 この復讐の先にライはーー

 それはまだ言うべきではない。


 私はライの願いを知っている。だからこの復讐が成就するのを拒む。

 しかしそれは単なる復讐以上だ。


 ライはひどく悲しい顔をしていた。

 きっと覚悟をしているのだろう。行動の果てに自分が迎える絶望を理解している。

 涙は拭かない。流したまま、悲しみに支配された表情で私を見る。


「ねえフレンド、この世界にヒーローなんているのかな」


 少なくとも、ライにヒーローはいなかった。


「ヒーローがいたら、どうして私の涙は見て見ぬふりをしたのかな」


 ヒーローを望む。

 だが望みは望みのままで終わる。救いは、復讐となったから。

 終わりがすぐ傍らに迫っている。


 この世界のどこかにライを救えるヒーローがいるとしても、ライはもう救いを望んではいない。

 復讐を妨げる者はすべて邪魔者でしかない。つまりは、ライを虐げてきた者たちに近しい存在。


 まるで一輪の花が枯れるように。

 まるで毒が人の身体を侵すように。

 まるで世界が終焉の時代を迎えるように。


 復讐に染まった少女の復讐劇が始まる。

 犠牲は厭わない。

 何が犠牲になろうとも、何が失われようとも、復讐は必ず成し遂げられるべきものだから。


 詩人は吟う。破滅を。


「終わりへ、終わりへ」


 ライは望んだ。

 だから復讐は始まり、命が終わる。


「フレンド、共に学校を終わらせよう。これで私は痛みから解放される」


 ライは学園に災厄をもたらす。

 故にーー




 校舎の屋上に集まる三世、愛六、琉球、東雲。

 真っ先に学園の違和感に気付いたのは琉球。琉球は学園の外を見ながら、


「学園の外に出られないんだ」


 まるで誰も逃がさないように。

 琉球が学園を調査した際に知った不思議な恐怖。これは一体何か、考えていた。

 彼らは考え、東雲の目的を探る。

 だが目的は現実として現れた。


 地響き。


「産まれる」


 ライは喜ぶ。


 学園が悲鳴をあげている。

 地面を突き破り、校舎を破り壊し、木々を薙ぎ倒し、()()は現れた。


 琉球は気配に気付き、屋上から下を覗く。

 視界に入った()()に声も出ず恐怖する。

 学園の周囲を囲む無数のモンスター。兎や犬、蛇の容姿をしたモンスターから、鳥や虫の容姿をしたモンスターが四方八方に散布する。


「なんだこれは……!?」


 驚愕する一同。

 学園内にいた生徒は叫び、泣き、絶望に染められる。


 悲鳴に満ちた声を聞き、ライは愉快に微笑んだ。

 学園の涙が轟く。


「終焉を」


 学園が終わる。

 この時初めて三世は気付いた。ライが始めようとしている災いを。


「ライ、お前の目的はーー」


 ライは叫ぶ。

 全生徒に届くように。


「ーー現実学園生徒教師(すべて)に終焉を」

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