物語No.69『隠し事』
三浦の助けにより、僕は命の危機を免れた。
「さあ悪党。私の友達を傷つけようとしたんだ。その罰を受けてもらおう」
短剣を向け、東雲さんに勇ましく歯向かう。
東雲さんは完全に僕が主犯だと思い、背後に浮かべる龍の全身を徐々に顕現しようとしていた。
このままではまずい。
そう思った僕は叫ぶ。
「東雲さん、話を聞けば誤解は解ける」
「最初からそのつもりノメ。青龍はノメの語尾を聞いてすぐ食べようとするノメ」
それを聞いて龍は再び僕らへ襲いかかる。
「止まれ」
あの語尾はない。
龍は東雲の指示に従い、停止した。
龍が消え、直感的に脅えて隅に重なり集まっていた兎たちは僕の顔に飛び乗る。
「痛ッ……」
兎は僕の顔の上で愛らしく鳴く。
無理矢理どかすこともできず、まるでピエロのまま話し続ける。
「僕は動物をモンスターにしているであろう人物に心当たりがあるだけだ」
「どこにいるノメ」
「分からない。だがこの学園にいる」
おそらくライだ。
僕が潜在能力に目覚めたあの日、現実学園に出現したモンスターはライが元凶だったのかもしれない。あくまでも憶測だが。
しかし冷静になってすぐに気付く。
ライは三浦とともに逃げたなら、三浦が知っているはずだと。
「三浦、ライの居場所は分かるか?」
「……どうだろう」
三浦は眉根を悶々となぞっている。
多分、何かを隠している。
三浦を凝視し、反応を見る。三浦は視線を逸らし、明らかに僕の目を見ないようにしている。
今までの僕であれば知らないふりをする。だが今回は違う。僕らの活躍に世界がかかっている。
三浦が隠そうとしていることを知らなくてはいけない。
「ライの居場所を知っているんだな」
三浦の腕から降り、向かい合って問う。
「私は……知らないよ」
しかし三浦は否定する。
「お願いだ。世界がかかっている。ここままライを野放しにすれば魔女によって世界が終わる」
「……でも、それでも私はあの子との約束は破りたくない。だってあの子はーー」
三浦が何かを言おうとした瞬間、大地が激しく揺れる。木々の中を進み蛇のような揺れが響いていた。
「何この揺れ!?」
立っていられないほどの揺れ。
原因は不明。だがすぐに原因が分かる。
小屋の周囲の地面が突如として割れ始めた。まるで卵から孵化するように、地面から現れたモンスターが周囲を取り囲む。
「現実世界にモンスターかよ」
生憎武器は持っていない。戦うとすれば素手だけだが、モンスターと張り合える腕力を持ち合わせていない。
状況は最悪でしかない。
「三浦、こいつらはライが作っているのか?」
「ごめん三世。私は、あなたに嘘をついた」
「待っーー」
止めようと手を差し出した。だが、差し伸ばした手を思わず引っ込めたくなるほどに、三浦は悲しい顔をしていた。
「どうして……」
答えを聞くよりも先に、三浦はモンスターの頭を飛び越えて後ろに回り込む。
短剣を抜き、攻撃を繰り出すーーわけでもなく、後ろに回り込んだまま動かない。
背後にいる三浦をなぜかモンスターは襲わない。
「どういうことだ」
答えはモンスターの後ろを見て分かった。
背後には三浦の隣にもう一人立っている。
見た目は小学生くらいだが、なぜか黒を基調とした高校で着るような制服を着ている。
「お前はまた私の邪魔をするのか」
僕を見て、ライは怒りを目に表す。
拳を握り締め、殺意に飲まれている。
「これ以上私の邪魔はさせない。お前はここで殺しておく」
小屋を取り囲む二十を越えるモンスター。
多くが兎や犬、鶏などのように小屋で飼われていた動物の見た目をしている。
「やはりお前だったのか。動物をモンスターに変えていたのは」
「エンリから貰ったこの種でもっとたくさんのモンスターを作るの」
ライの手には真っ黒な種が握られている。
ライが動物をモンスターに変えていたのは確定した。今はその行為を止めることが最優先だ。
「お前は必ず止めてやる」
「駄目だよ。武器も持たない羊を狼は食い荒らすの。ーー死んで」
無慈悲に、淡々と、ライの口から放たれた言葉。
重みを分かっているように、ほんのわずかな躊躇いもこもった声。
モンスターは一斉に小屋にいる僕へ襲いかかる。
「このままじゃ……」
モンスターが小屋に触れるーー直前、
「『水青刺槍』」
地面から水が槍の形状で生え、モンスターの頭蓋を貫いた。やがてモンスターの体が風船のように膨れ上がり、粉々に爆発する。
「ごめんノメ」
死んでいったモンスターへ手向けの言葉が送られる。
相変わらず不思議オーラを纏いながら、瞳はライを殺意に満ちた目で睨んでいる。
ライは東雲さんを見て脅えるとともに驚きもしていた。
「……ノメ!」
「黒幕はお前だったノメ。随分と、性格が変わったノメ」
髪で半分隠れた目が、余計にライの恐怖を駆り立てる。
二人の間に何があったのだろうか。少なくとも、東雲さんはライの過去を知っている。
「うるさい。私はもう決めたんだ。全部、リセットだ」
東雲さんの技に脅えていたモンスターだったが、ライの叫びとともにモンスターは走り始めた。
「『水青投擲槍』」
水が空中で槍状に生成され、矛先はライへ向けられる。
水槍はまるで力が加わったようにライへ突き進む。だが槍を防ぐようにモンスターが地中から生え、水槍は液状に戻る。
「追いたいが、」
周囲には無数のモンスター。
東雲さんは水魔法で果敢に反撃する。
東雲さんがモンスターの相手をしている間に、ライと三浦は逃亡を図る。モンスターに囲まれている状況では追うこともできない。
二人が逃げていくのを見送る。
すべてのモンスターを倒し終えた頃には、ライの背中はもう見えなかった。
「お前、足手まといノメ」
「確かにそうだ。だけど今は協力してほしい。ライを止めるために」
♤
そこは現実学園のどこか。
二人きりのその場所で、ライは三浦に問う。
「フレンド、私たち二人だけの秘密はあいつらには言ってないよね」
「うん……。大丈夫」
嘘を吐かせない。そんな高圧的な口調に対し、三浦は怯みつつ答えた。
ライは三浦をいぶかしむ。だが三浦はライにとって大切な存在だった。
「信じてるよ。だって私たち、友達だもんね」
友達。
その言葉が三浦をライに縛りつける。
三浦はライの秘密を知った。だからこそ、三浦はライを裏切ることはできない。
ライの計画は徐々に進行する。
三浦はライの行動を眺めることしかできなかった。