物語No.68『六月一日(仮)』
六月一日。
現実学園高等部一年一組の教室。
「出席確認を終える。三浦は欠席か」
担任の点呼が終わる。
三世、愛六、琉球は一同に三浦の席を見る。しかしそこに三浦はいない。
放課後になると三人は集まる。
一日中探したが、三浦やライは見つからなかった。
「このまま学校に来ないって可能性もあるんじゃない?」
「現実学園に移動したのは事実だ。もしここにいたとしても現実学園は広すぎる。高等部棟にいないのも考慮して、学園中を探すべきだ」
「そうね。今のところ分かっているのはこの学園に来たことだけだもんね」
現実学園は小学校、中学校、高校、大学までの一貫校。
生徒数は一万を越え、敷地面積は一日や二日では回りきれないほどの大きさを有する。
これほどの広さで一人の人間を見つけることは至難である。
「俺はいろんな人に聞いて回る」
「私も部活仲間とかクラスメートに聞いてみるよ」
三世の表情は一瞬で曇った。
二人の視線が自分に向くのを感じ、三世は即興で答える。
「え……っと、僕も聞いてくる」
「誰によ」
「きょ、教頭」
「迷惑よッ!?」
三世の嘘は通用しなかった。
「別にあんたは聞き込みしなくて良いわよ。あんたはいつも違うやり方で問題を解決してくれる。感謝してるんだから」
「えっ……、っと…………」
「べ、別になんでもないわよ。とにかく、あんたも頑張りなさいよ」
愛六は顔をそらし、怒った口調で追及を凌ぐ。
三世は愛六から掛けられた言葉を理解するのに時間がかかった。ようやくその言葉が褒め言葉だと分かり、三世は顔を紅潮させ、あられもない声を上げる。
「ちょっと何よ」
「な、なんでもない」
三世はチラチラと愛六を見る。愛六はそっぽ向きつつも、チラチラと三世を見る。
お互いに視線を向けるタイミングが合い、目が合い続ける。
琉球は二人の視線の銃撃戦を遠巻きに見て、微笑んでいた。
今まで仲が悪く、ギクシャクしていた二人だが、ある程度互いの心に踏み込むことができている。
「琉球、笑ってないで聞き込み行くわよ」
愛六は飛び交う視線を受けながら琉球のもとへ向かい、腕を掴んで進行方向に引っ張った。
「あんたも頑張りなさいよ」
去り際、愛六は三世に向かって叫んだ。
三世は腕をまくり、気合い十分にどこかへ駆け出していく。
♤
走り出したはいいものの、どこへ向かおうか。風を受ける最中に思った。
一旦止まろう。
僕は足を止め、ベンチに腰掛ける。
ここは初等部、中等部に関わらず学園全体で共有のスペース。ショッピングモールが建ち、多くの飲食店や雑貨屋が並んでいる。
その端っこ。
飼育小屋。
「なかなか立派な飼育小屋だ。それに動物の種類も豊富なんだな」
飼育小屋に飼育された動物を見ながら感想をこぼす。
飼育小屋に沿って歩いていると、一人の少女に道を阻まれた。
水のような麗らかな髪を揺らし、龍のような円らな瞳で呆然と見つめ、両手に刀を構えるように人参を構えている。
「ノメ、東雲ノメ」
「……ん?」
「暇なら手伝え」
「……ひ、暇じゃないんだけど」
「言い訳無用。ノメ、分かる」
「わ、分かったよ」
断ることができず、渋々東雲さんの仕事を手伝うことになった。
最初は雑用を任され、ひたすら働かさせられる。水をバケツ一杯に汲んで運びを繰り返し、餌が入ったバケツを運びを繰り返し、全身に汗を流す。一時間働いても尚仕事がありあまり、終わる気配がない。
さすがに限界が来ている。
いくらモンスターと戦ってきたとはいえ、体力は未だ発展途中。休む間もなく一時間雑用を任されれば疲労で限界が来る。
「少し休みたいんですが」
東雲さんはちらりと視線を向ける。
汗だくの僕を見て何を思うだろうか。
「一分だけ休むノメ」
「あ、ありがとうござ……って一分ッ!?」
瀕死状態でHPを一割回復するポーションを渡されるほどに絶望的。
だが休める内は休んでおこう。
飼育小屋の中で兎に人参を食べさせる東雲さんの横に座る。東雲さんは終始顔色を変えず、兎に餌を上げている。
「東雲さんって動物好きなんですか?」
「どちらでもない。係りだからやっているノメ」
口調は常に冷静で、気持ちに抑揚が感じられない。平静を装い、心中が読めない。
少し気まずい。
だが話題を探し、勇気を出してもう一度話しかける。
「他の飼育委員の方はどうしているんですか?」
「今朝登校したら、動物たちが何匹かいなくなってるノメ。他の人たちは動物探しに尽力しているノメ」
動物が逃げた……?
僕はライの仕業ではないかと疑っていた。
もしライが犯人だとすれば逃がした理由は何だろうか。一緒に逃げた三浦や不寝の可能性もあるが、だとすれば目的は。
やはりライはこの学園にいるか……かもしれない。
僕の僅かな変化を東雲さんは見逃さなかった。
「お前、何か知っているノメ」
「いえいえ、何も知りません」
東雲さんはじっと僕の瞳を凝視する。
そして一言。
「お前、嘘ついたノメ」
東雲さんは殺気を纏う。
表情に変化はないものの、背後に龍か何かを感じるような恐ろしさがあった。
「……って、龍!?」
東雲さんの背後には確かに龍が見えた。
青い鱗に身を包み、恐ろしい眼光を向けてくる龍が。
体長は一部しか見えないものの、僕の身長を越えることは確かであり、大きく開かれた口は人一人を容易く丸飲みできるだろう。
「お前、見えるノメ」
「……いやいやいや、見えるわけ」
「接続者。お前、動物をモンスターに変えた犯人なノメ」
「動物をモンスターに!?」
まさかそんなことができるとは。
新たな情報を知り、何かヒントが得られたのではないかと胸を踊らせる。だがその胸は今バラバラに噛み砕かれそうになっている。
「青龍、こいつを噛み殺すノメ」
「まままま待ってください。僕は無関係です」
必死に弁明をするも、龍は聞く耳を持たない。
声が届くよりも先に、龍の牙は無慈悲に向けられた。牙が僕の体を抉る。
寸前、一人の少女が颯爽と現れた。
僕の体を後ろから抱き抱え、壁を蹴って東雲さんの背後に移動した。
僕はその動きを知っている。華麗で鮮やかなステップ、素早い身のこなし。
僕はその仕草を知っている。悶々とした際に眉根をなぞる癖。
「大丈夫だった?」
茶髪を揺らし、その人物はヒーローの如く現れた。
「三浦ぁ!?」
歓喜の声を漏らし、三浦の登場に嬉し涙を浮かべる。
「さあ悪党。私の友達を傷つけようとしたんだ。その罰を受けてもらおうか」
勇ましく、三浦は短剣を構えて宣言した。
腕に抱えられる中、下から見上げる三浦の横顔は何よりも凛々しく映った。