物語No.67『三人で最高の主人公を』
ライが脱走してから数分後。
ギルド本部の外のベンチに腰掛け、怪訝な表情を浮かべる勇者のもとへ魔法警察警部イグナイトが駆けつける。
「ライ、三浦、不寝、この三人は檻から脱走した。やっぱ、いくらなんでも潜在能力では逃がしちまうな」
頭を掻き、逃がしたことに負い目を感じつつ報告する。
勇者はあらかじめ分かっていたように落ち着いていた。ただ一言「そうか」と呟くだけ。
表面上は落ち着いていた。しかし勇者は焦っている。
「なあイグナイト、もし友達を売るとしたらどういう場合だ?」
「モンスターや罪人とか、そういう悪い奴だったら売っちゃうかもな」
「なるほど。そうか……」
イグナイトの答えを聞き、勇者は再度思考する。
誰が犯人なのか、ではない。勇者は既に犯人を知っている。
ギルド本部内には監視カメラが設置され、それらが真実の右へ状況提供する人物を捉えていたからだ。
「だが、どうしてお前が……」
勇者は分からなかった。
どれだけ理由を重ねても、あの人物が三浦を売る理由にはなり得ないからだ。
それ以上に、二人の友情は固く結ばれていたから。
魔女による干渉の可能性もある。
しかしその人物から魔法のにおいはしなかった。
「勇者様は友達関係でお悩みか。ってかそれってあの三浦というガキの話か」
「いいや、今の話は忘れてくれ」
「はいよ。まあ私にできることがあれば遠慮なく言えよ。私ゃ一応強ぇからさ」
「そうだな。やっぱお前、頼りになるな」
「だろ」
イグナイトは高笑いして勇者の背中を叩く。勇者は無抵抗に叩かれる。
叩く間に、イグナイトはあることを思い出した。叩く力は徐々にやむ。
「ライが逃げた場所は現実学園らしい。確かあれって現実世界にあったよな」
「現実学園か。やはり、あの子はそこへ逃げたか」
勇者は険しい表情で考える。
逃げた場所が場所だけに、迂闊に兵を動かせない。
「じゃあ私は上にも報告しとくから」
「任せた」
イグナイトは伸びをしながら帰っていく。
勇者は思考に戻り、これからの策を考える。
「ライはなぜか三浦、不寝とともに逃げた。きっかけは三浦か。だとすればーー」
この場合、頼りにできる人物は彼らだけ。
勇者の脳裏には彼らに頼る策だけが存在する。
勇者はギルド本部を見上げ、しばらく思案した後、四階にある宿泊部屋へ向かった。
(彼がなぜ三浦を売ったのか。理由は分からない。分からないままで良い。
今優先すべきはライの氷解。ライの過去と向き合い、魔女から解放することが最優先だ。
幸い、ライが逃げた先は現実世界。これは魔女にとっては予想外なはず。だが同時に、ライが五月六十日に参加できない可能性が浮上した。
もし私が考えた策が失敗し、彼らの未来が終わるのなら、それはどれほどひどいことだろうか。私はそれを望まない。
なぜ三浦はライが逃亡するきっかけになったのか。推測だが、三浦とライは似ていたのだ。故に、彼女はライの特別になり得た。
では三世はどうか。私は彼に希望を託す。
魔女を討つにはライは必要不可欠だと考える。ライの救済が彼らの救済であり、魔女の消滅に繋がる。
されば、私は託すだけだ。すべては彼ら彼女らが越えること。私の干渉は最小限にすべき)
「私は引き立て役を務めよう。あとは、ーー君たち次第だ」
部屋に集めた三人に、勇者は告げた。
三世、愛六、琉球。
彼らは勇者からかけられた言葉に戸惑っている。
「ライは魔女に勝つ切り札だ。だから現実世界へ戻り、ライを救って戻ってきてほしい」
「ちょっと待ってください。現実世界に行って戻ってこられるんですか」
三世には疑問があった。
「現実世界は三十日までで、異世界はそこから三十日の猶予がある。しかし、今現実世界に戻ればたどり着くのは六月一日ではないんですか」
「確かにそうだな。現実世界で六月一日になった場合、異世界に戻っても六月一日だ。つまり、五月に戻ることはない」
「どうやって戻れば良いんですか」
「ライを救う。それだけが、五月へ戻る唯一の手段だ」
勇者が提示する希望。
灯火のようなわずかな希望だ。
「ライの潜在能力は発した嘘を現実に変える。ライの嘘はあらゆる不可能を可能にする、かもしれない」
しかしこの場にいる者は全員知っている。
潜在能力とは、何かを。
「無論、ライの潜在能力には制限と代償がある。まず代償、これは嘘を一つ現実にする度に待機時間が発生すること」
魔女が嫌悪する代償。
しかしそのおかげで魔女はむやみにライの潜在能力を使わなかった。
「そしてもう一つ、制限。おそらく今のライでは時間を遡るなどということは不可能だ。それほどに、ライという少女は過去と向き合えていない」
三人の役目はライを救うこと。
同時に、過去と向き合わさなければならない。
「言わなくても分かるな。つまり、世界の希望は三人の少年少女に託された、というわけだ」
勇者は告げる。
思春期の少年少女に世界の命運が託された。
「チート級の魔女を討つためにはチート級の味方が必要」
「…………」
「…………」
「…………」
「ライを救ってこい」
勇者の助言はここまで。
ここから先は彼らが決めること。
三人は黙ったまま顔を見合せる。
これからどうすべきか、既に決まっているというのに。
心は定まっていない。
ライを救う、その重圧が彼らにはのし掛かっていた。
ライを救えなければ、魔女は約束した五月六十日に異世界を蹂躙するだろう。
沈黙が漂う。
「ちょっとあんたたち、何黙ってんのよ」
はりつめた空気を愛六がぶち壊す。
「ねえ三世、なんであんたが一番弱気なのよ」
愛六は吠える。
琉球は上を向き、三世は下を向く。
「私たちは三人いる。失敗しても、責任を三人で分け合えばいい」
「でも、世界がかかっている」
「勇者がいる。たった一日で倒される勇者なら世も末だ。別に、私たちができないならもう誰もこの任務はこなせないんだよ」
勇者が近くにいながら、愛六は堂々と言いきった。
愛六の勇気ある発言に脅えつつも、三世と琉球は不思議と笑みが込み上げていた。
「絶対に失敗できない。こんな重圧の中、僕らはちゃんとできるのかな」
「いいじゃんミスって。結局魔女は強かった。それで終わって、バッドエンドを迎えることになっても構わなくね」
「相変わらず楽観的だな」
「当たり前よ。だって私は神様だって惚れる可愛さがあるんだ。いざとなれば神が護ってくれるから」
愛六は髪をさらりとなぞり、自信に満ちた目で二人を見つめる。
「ライを救い、世界を救う。そんなこと、私たちにしかできない。だって私たちは主人公、だからいつだって世界の中心で戦い続ける。それに、主人公は負けないんだ」
愛六の言葉に三世は感激した。
「主人公は負けない……。そうか……、そうだ。僕らは主人公、だから世界を護ろうよ」
三世は元気に答える。
二人は琉球を見る。
琉球はしばし戸惑った。だが答えは既に出ていた。
「ありがとう愛六。俺は失敗を恐れていた。けど、何もしなければただの傍観者だ。皆で必ず世界を救おう」
三人は自然と手を重ねる。
「私たちは主人公、私たちは最高だ」
手は空に高く掲げられた。
三人は決心した。
世界を背負う重圧の中、戦うことを。
そして三人は両手の小指を交わらせる。
「行こう」
「うん」
「もちろん」
五月から六月へ。
彼ら彼女らの物語は、世界を変える物語。
そして彼ら彼女らは現実世界に。