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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.3『嘘の矛盾(ライオーバーパラドックス)』編
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物語No.64『絶望の前の希望』

 一足先にギルド本部四階、泊まっていた一室に戻った三浦としいなは絶句する。

 部屋に広がっていたのは、布団が敷かれた床を転がる三世、愛六、琉球、稲荷、銀冰の姿。

 その中心に立つのは、勝者の佇まいをする勇者だった。


「十秒も持たなかったか。私が強すぎるから仕方ないけど」


 勇者は月光のような髪を手で解き、床に転がる三世たちを見下ろし、ため息を落とす。

 すぐに勇者は二つの気配に気付き、視線を移す。


「戻っていたか。では挨拶程度に私を倒せ」


 拳を握り締めるだけで勇者の威圧がひしひしと伝わってくる。

 怖じ気づき、降参宣言をしようとする二人。

 それを見越した勇者はポケットから金貨を一枚取り出す。


「ちなみに、私に一撃与えるまで飯は抜きだ」


 不可能だ。

 全員がそう思った。


 事実、勇者は最強だ。

 最強の勇者にまだ幼い少年少女が攻撃を与えられるかといえば無理難題だ。

 だが二対一。

 三浦の瞳はいたずら小僧のように怪しく光る。

 勇者は三浦のやる気に気付き、完全な警戒を持って三浦と対峙する。


「さあ、来い」


「しいな、早速試す」


 時間を惜しむ短い言葉。

 三浦の真意を理解したしいなは、勇者に向けて手をかざす。


「お互いに魔法アリで行こうか」


 しいなの手には赤い魔方陣が形成される。


「火属性魔法を使うつもりか?」


「防ぎたきゃ防げ」


 赤い魔方陣から火炎が放出される。

 無論、勇者がそれを見逃すはずはなく、炎の周囲は一瞬で水に覆われた。

 炎は消え、蒸発した際に発生した水蒸気が視界を妨げる。


 勇者には見えていた。

 水蒸気であろうと、視界が妨げられることはない。魔法が使える限り、勇者の視界は曇らない。

 水蒸気に紛れた三浦は勇者の背後に移動する。敷かれた布団を拾い、勇者に投げる。


「無駄だ。風圧で押し返す」


 振り返った勇者は魔法を発動。


「三浦ちゃんッ!」


「潜在能力ーー発動」


 布団の前にしいなが突如として出現した。

 勇者が放った風の魔法は、しいなに触れた途端に霧散した。


「魔法が……掻き消された!?」


「ーー否、私に魔法は効かないだけさ」


 しいなに直撃した風魔法は霧散した。

 散らばった風はしいなの魔法により行き場を変え、勇者へと吹き荒れる。

 月光のような髪が乱れ、勇者は咄嗟に髪を押さえる。


「せっかく整えたのに……」


 その時既に、三浦は勇者の背後にいた。


「風に流れて移動したわけか」


 気づいた時には、三浦の拳は勇者の腰に触れていた。

 二人の連携を前にして、勇者は感心する。


「合格だな。即興であのコンビネーション、さてはお前ら最強だな」


 勇者に褒められ、三浦は照れ、しいなは胸を張る。

 勇者のお腹がぐーと鳴る。


「飯にでもするか。いい加減腹が減ったし」


 その言葉に、狐耳がピクピクと動く。

 耳の主は飛び起きると、勇者に密着する。


「稲荷は寿司が食べたいのだ」


「昨日食ったろ。今日は肉だ」


「えー。稲荷は寿司が食べたいのだァァ」



 ♤



 十四時。

 食事を終え、しばし自由行動の時間が与えられた。


 僕はどうするべきか悩んでいた。

 今までならば三浦とともにギルド本部を観光するのだが、今回は違う。しいなの登場により、三浦に近づくのを躊躇われる。

 三浦の隣にはいつもしいなが居る。

 友達の友達は友達、という言葉が真実かどうか疑われる。


 僕は一人で五階の図書館にでも行こうと考えた。

 いつも一人だ。これくらい寂しくはない。

 自分に暗示をするように、必死に心に訴えかける。


 五階へ続く階段まで虚ろな気持ちで歩き続けた。

 学校の廊下を歩くように、周りの視線から目を逸らし、下を向く。

 誰がどう見ても、僕は一人ぼっちだ。


 だがその少女は、僕を一人にはしてくれない。


「来ると思ったよ」


 僕を見るなり、階段の真ん中に立ち、行く手を塞ぐ。


「どうして……」


「私が三世の心も読めないと思ってるの。同じぼっちでしょ」


 三浦には分かりきったことだ。

 同じぼっちとして、僕の行動とその理由は共感できるところがあるのだろう。


(三世ならばきっと一人を選ぶ。気を遣い過ぎる人だから、自分から歩み寄ることが大切だから……)


「でも、僕といる理由なんて……」


「友達と一緒にいるのに、理由なんていらない」


 下を向く僕の手を掴み、顔を覗き込む。

 不意に目が合い、思わず目を反らす。


「私は三世を見捨てない。だって三世が一緒にいてくれるって約束したから」


 僕の手を三浦は離さない。

 何があろうと、三浦は側に居続けると決めているのか。


 僕は三浦にとって、特別な存在になれているだろうか。しあわせにできているだろうか。


「それに、三世といるのって結構楽しいし」


 顔を火照らし、恥ずかしさを滲ませながら、本音を伝える。

 僕はその言葉を聞いて、嬉しかった。


「どこに行こっか」


「ゲームセンターはどうだ? 結局昨日行けなかったし」


「いいね」


 小声で、三世とならどこに行っても幸せだよ、と呟く。

 僕は完全に聞き逃した。



 三浦と三世を、陰ながら見守る二つの影があった。

 一人は魔法双眼鏡で三浦の反応を逐一確認し、もう一人は周囲から不審者と疑いをかけられる視線を真っ向から受け止める。


「二階堂。さすがに凝視し過ぎだ」


「大丈夫ですよ。銀冰先輩に恐がって皆見て見ぬふりしてくれますから」


「そういう問題じゃない。まあ、いいが」


 周囲の目を気にすることなく、双眼鏡で見るしいなに銀冰は頭を抱える。


「まあ、少年の警護をできるのなら本望だな」


 しいなは双眼鏡から目を外し、銀冰に目を移す。


「銀冰先輩。あなたまであの少年に夢中なんですか」


「私の恩人だからね。彼がいなければ敵討ちはできなかった」


「あいつ、そんなに面白い奴だったんだ」


 意外だな、と今まで眼中になかった三世を不思議に見つめる。



「私はあなたに感謝しているんだよ」


 三浦は僕の頬をさすり、僕の目をうっとりと見つめる。

 いつ人が来るかも分からない階段で、時間が止まったようにお互いに見つめ合う。


 このまま世界が終わるなら、それでも構わない。

 そう思ってしまえるほどに、今が幸せに思えた。


 いつまでも僕は一人なのだと、そう絶望していた。

 あの日まで、僕の心には憂鬱が存在していた。憂鬱が心の細部まで侵食し、僕を一人のままにした。

 誰とも向き合おうとしなかった。その結果がぼっちなのは分かっている。

 だから僕は諦めたんだ。自分を、これまでを。


 それでも、僕は見つけた。

 僕はーー


「僕は、三浦に会えて幸せだ。だから……僕を一人にしないでくれ」


「うん。私も三世も、一緒にいれば一人じゃない。私はいつまでもあなたの側にいる。だからーー」


「僕も三浦の側にいる」


 素直さはいつだって表に出せるものじゃない。

 本当は今も、本音の一部を出しているに過ぎない。もっと心の奥底の、誰にも打ち明けられないような最低な本音は吐き出せないままだ。

 それでも、三浦に出会えなければ本音の一部も吐き出さなかった。本音を言い合えるような関係を僕はずっと求めていた。

 一人の教室で、隅の机で。


「多分、これから何度でも挫ける。何度でも不安を抱え込む。だけど、三浦はいれば恐くない」


「だから私たちは、いつまでも一緒だ」


 直後、僕はこれまで経験したことのない感情を味わった。それは三浦がした行為にある。

 僕は三浦の行為にこの上ない興奮をしていた。

 両頬に手が触れる感覚、その後に味わった感触。


「…………」

「…………」


 お互いに沈黙し、ただ見つめ合う時間が生まれた。

 お互いに顔を火照らし、お互いに鼓動を高鳴らせ、お互いに唇を見た。


「次は、三世からしてほしい……かな」


 僕の唇を見つめながら、三浦は言った。

 答えるにはまだ、この感触は刺激的過ぎた。


「だから、私は待ってるから」


 ーー私は君を待っている。


 三浦は逃げるように、後ろを振り返り、走っていった。

 追いかけようにも、理由がない。今の僕には答えがない。


 相変わらず僕は臆病だ。

 向き合うには、勇気がない。

 僕はその背中を眺めることしかできなかった。

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