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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.2『魔法警察』編
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物語No.61『友達から友達へ』/閑話『ずっ友宣言』

 魔女は考察した。

 なぜ二階堂しいなにかけていたはずの魔法の効果が消失しているのか。


 暦の槍を身に受けたからーー否定する。それ以前にしいなは刃を振り下ろしていたから。

 二階堂しいなに魔法キャンセラーを当てたからーー否定する。魔法キャンセラーをしいなに当てたとしても、魔法は一時的に解除されるだけで持続し続けるから。


 ーーではなぜ、二階堂しいなは三浦友達を殺していないのか。


 三世の助言。

 二人は過去に向き合った。


 魔女は身の毛がよだつほど震え、声が出ないほどの驚きを感じていた。


「ーー二人の潜在能力が覚醒した」


 魔女の魔法は解除された。

 しいなの潜在能力か、それとも三浦の潜在能力か。

 左目を失い、激痛に苛まれながら、右目で二人を凝視する。片目だけであらゆる視覚情報を視認し、潜在能力に関する情報だけを取捨選択する。


 そして知った。

 二人の潜在能力が確かに覚醒していることを。



 ♤



 少し前のこと。

 二階堂しいなは確かに魔法にかかっていた。

 全身を支配する憎悪に身を任せ、怒りのままに短剣を振り上げた。


 しいなの表情を見て、三浦は思った。


(そうだ。私としいなの関係は元には戻らない)


 三浦は願っていた。

 しいなとのわだかまりが消え、昔のような関係に戻ることを。


 一度壊れたものは二度と元に戻ることはない。

 しいなと三浦の関係は壊れてしまった。

 その関係への別れは告げるべきだと三浦は思った。


「最後に、しいなに伝えたいことがある」


 一瞬、しいなの動きが止まる。

 まるで三浦の言葉を待つように。


 最後の力を振り絞り、力が徐々に消え行く中、三浦友達は言った。


「しいな、私は私を救えなかった。それでもしいなが、三世が、たくさんの人が私を救ってくれた」


 これまでの感謝を込めて、これまでの思いを込めてーー


 これまでを回想しながら、日々に浸りながら、ありったけの気持ちを浮かべながらーー


「私を、一人ぼっちから解放してくれてーーありがとう」


 三浦の言葉を聞き、しいなの頬はわずかに緩む。

 直後、しいなは刃を振り下ろした。


 三浦は死を覚悟し、静かに瞳を閉じる。

 しいなの刃は三浦の額を貫くように、振り下ろされたはずだった。だがしいなの憎悪が霧散し、振り下ろした刃を素手で受け止めた。


 右手に込められた殺意を、左手が必死に抑えつける。

 そっと目蓋を開いた三浦は、しいなの行動を見て、理解が追いつかず困惑していた。


「どうして……っ!?」


「あんたを助けたわけじゃない。私は私を助けたんだ」


 右手で握るナイフを投げ捨てる。

 左手に走る痛みに耐えながら、しいなは憎悪に隠れた思いの内を語り始める。


「正直、あなたを許せない。たとえ何かに操られていると分かっても、あの時の恐怖は消えない。今だって震えてる」


 接続者狩りに死ぬほどの思いを受けた。

 しいなの場合、友達だと思っていた相手から死ぬほどの思いを受けた、という苦しみへと昇華されたわけだ。

 三浦を前にして、またあの時と同じように瀕死の状態まで追い詰められるのではないか、という恐怖が過る。それだけでしいなの腕は震え、上手く刃を持つことができない。


 だがしいなは刃を振り下ろさなかった。

 なぜならしいなは分かっているから。三浦友達は臆病で、弱虫で、か弱い少女であることを。


「私はお前を下に見ていた。だから私はお前を選んだ。いつも一人ぼっちでいたから、私だけを見てくれるって思ったから」


 だから裏切りは、しいなにとって単なる裏切り以上だった。


 信用のおける人物ができないしいなにとって、三浦は初めてできた友達に等しかった。

 自分にだけ尽くしてくれる。いつも自分のそばにいてくれる。

 しいなが三浦を選んだことには、そんな意味があった。


「……知ってたよ」


 三浦は薄々気付いていた。

 しいなは自分を利用しているだけだと。

 友達という体裁を取り繕いたい。一人じゃないと周囲に示したい。自分はひとりぼっちじゃないと、可哀想じゃないと言いたい。

 弱さを隠し、虚勢を張り、自らの保身のために友情を築き上げてきた。


「それでも、しいなは私を一人ぼっちから救ってくれた。その事実は変わらなくて、それが私にとっては何よりも嬉しくて……、感謝してるんだよ」


 たとえ嘘でも、三浦にとっては嬉しかった。

 誰かがそばにいてくれる。それだけで救われた。


「違う。私は、私のために……利用しただけで…………」


「それでも私は救われた」


 面と向かって話す三浦に、しいなは驚いた。

 どうして自分に向ける憎悪を隠すのか、どうして怒りを隠すのか。


「しいなが私にどうして話しかけてくれたのか、本当は分かってる。それでもさ、あの広い教室で、誰にも見つけられずさ迷っている私をしいなは見つけてくれた。本当に嬉しくて、言葉だけじゃ伝えきれないほど感謝してる」


 三浦の目に嘘偽りはなかった。


 しいなの考えは間違っていた。

 三浦友達という少女は、しいなに対して憎悪も怒りも抱いていなかった。

 純粋に感謝の気持ちを抱いているだけだった。そこに邪な気持ちは介入することはできない。


「しいなはさ、大変だったんでしょ」


 三浦はしいなをしっかりと見ていた。


「生徒会の仕事を手伝いながら、学級委員長としての仕事もこなして、テスト勉強も欠かさない。ーー頑張ってるところ、ずっと見てたよ」


 見ていた。

 しいなが苦悩する姿も、頑張る姿も、全て三浦は見ていた。

 友達として、いつでも力になれるように、三浦はずっとしいなを見ていた。


「しいなは凄いね」


 目頭が熱くなり、不思議と涙が溢れ出る。


 しいなの脳裏をこれまでの日々が駆け巡っていた。


(一人でいろんなことをこなして、周囲から称賛を受け続ける日々。周囲からの評価が落ちるのが恐くて、結果を残そうと努力し続けた。

 辛くても、苦しくても、誰も過程を見てくれない。いつだって結果だけを見て、あいつは特別だ。その一言で全てを片づける。

 私はこんなに頑張ってる。誰か見てよ。

 私はこんなにも努力してる。誰か知ってよ。

 私は特別なんかじゃない。誰でもいいから私を助けて。

 ずっと誰かに助けを期待していた。だからいつも誰かを助けて、たくさんの人を助けて、見返りを期待していた。

 それでも私は一人だった。頑張れば頑張るほど、私から皆が遠ざかっていく。

 その時決まって誰かが言うんだ。あいつは特別だから)


 しいなは一人で傷ついてきた。

 一人のしいなを、一人の三浦はちゃんと見ていた。

 だから三浦はしいなの苦しみを知っている。


「ごめんね。私はしいなを見ることしかできなかった。助けることはできなかった」


「違う……違うんだ。私は、」


 しいなにとっての救いは何か。

 優等生として周囲から距離を置かれていたしいなにとって、見てくれることが一番の喜びだった。

 結果だけでなく、過程を見てくれる人が必要だった。


 しいなにとっての救いはーー


「私は、誰かに見ていて欲しかった。誰かに知って欲しかった。私はこんなにも頑張っているんだってことを。私は特別なんかじゃないってことを」


 いつも一人でいた。

 特別だからとレッテルを貼られ、関わってはいけない相手だと思われていた。

 優等生の邪魔をしてはいけない。いつからかそんな風習が出回っていた。


 誰も見なくなった世界で、生きる意味はあるだろうか。

 しいなはずっと自分の心に問い続け、答えを探していた。


 三浦を初めて見つけた時、直感した。

 何かを変えてくれるのではないか、と。

 不思議な予感はしていた。自分の世界が変わろうとしている。


「三浦ちゃん。私を見てくれてありがとう」


 二階堂しいなの救い、それはーー見ること。

 貼られたレッテルに囚われず、本当のしいなを見ること。


「なんで……、私はしいなに悪いことをしたのに」


 三浦は許されないことをした。

 感謝を告げるしいなの言葉を素直に受け入れきれない。


 それでもしいなは伝える努力をした。


「私は三浦ちゃんに、返しきれないだけの恩がある」


 しいなは必死に思いを伝えた。


「三浦ちゃんに全部押しつけるのは間違いなんだ。善悪なんて、結局全部意味がない。ただ、私は三浦ちゃんに救ってもらえた」


「それを言うなら私だって同じだ。私もしいなに救われた」


 お互いに救われていた。

 ではこの戦いに、意味があるのだろうか。

 刃を振り下ろす必要はあるのだろうか。


 あの日のようには戻れない。

 それでもあの日以上の関係は築けるかもしれない。


「ねえ、仲直りしない?」


「仲直り……は、したいけど……」


 しいなの提案に、三浦は恥じらい、眉根をなぞる。


「私なんかが……いいのかな?」


「私は君に会えて本当に嬉しかったんだよ。また昔のようにはいかないけれど、また友達(ともだち)として、友情レベル1から始めよう」


 しいなは右手を三浦に差し出す。


「私と一から、友達(ともだち)として生きていこう」


 しいなが差し出す手を眺め、三浦の心は既に決まっていた。


「私はしいなが大好きだ。友達以上友達未満な関係になるけどさ、これからが楽しみだ」


 関係は一からだ。

 しかし二人の目には後悔はない。全てがすっきりと晴れたように、雨が降りしきる空を覆う雲も晴れた。

 雨上がりの空には虹がかかる。


「また雨が降っても濡れないように、一緒に傘の下にいられるように、いつまでも友達でいよう」


「ババアになっても友達だ」


 しいなの乱暴な返答に苦笑し、これからに希望を馳せる三浦。


 二人の関係は以前のような友情ではないけれど、今はそれ以上の固い絆があった。

 お互いの胸の内をさらけ出したからこそ、二人は友達として再出発を果たそうとしている。



 魔女は憤りの視線を向けるが、間に暦と三世が立ち、視界を遮られる。


「左目を失い、ベストパフォーマンスはできないだろ。懊悩としている間にも、援軍の到着を許したな」


 暦は周囲に視線を向ける。

 魔法警察並びにギルド第三師団が魔女を包囲している。

 魔女は自身の置かれた立場を重々理解していた。


「仕方ない。だが、いずれにせよ、五月六十日に全てが終わる。あなたたちの勝利は絶対にありえない」


「強気でいられるのも今の内だ。五月六十日、今度こそお前を殺す」


 魔女の言葉に、暦は気圧されることなく言葉を返す。

 魔女は不愉快な気持ちを押し殺すことをせず、全面に露にする。


「私はまたあなたに絶望を届ける。そのために何度でもあの子達を死へと誘う。それでは、全身全霊をかけた戦いにしましょうね」


 魔女は消えた。

 左目を失い、魔女は状況を劣勢を悟り、退いた。


「五月六十日。その日に魔女を終わらせる」


 暦は誓う。

 これまで死んでいった()()のためにも。



 ♤



 戦いは終わった。

 魔女の脅威が消えた町で、しいなと三浦は肩を並べて座っていた。


 憎悪は雨が止むとともに消え、快晴の空を見上げていた。

 虹がかかった空を見て、二人は幸せに笑い合う。

 いつの日からか、来ないだろうと思っていた今日はやって来た。


「何が変わっても、この友情は不変だよ」


 二人は誓い合った。

 お互いに小指を絡ませ、思いを込めて。


 もう二度と同じ過ちは繰り返さないために、二人は言葉に出して約束を交わす。


 最後、友達に向けて言葉がかけられた。


「ーーいつか私を見つけてね」

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