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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.2『魔法警察』編
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物語No.59『二階堂しいなの本懐』

「三浦友達について話がある」


「三浦……だと?」


 しいなの声がホテルのロビーに重たく響く。

 琉球は一瞬でしいなの殺気を察知した。


「三浦友達は私が復讐すべき相手だ。どこにいる」


 琉球の襟元を強く掴み、自分の顔に近づけるように引っ張る。


「早く答えろ」


 復讐に駆られた目。

 血走った眼光を琉球に浴びせる。

 だが琉球はいたって冷静に、一言一言を慎重に選ぶ。


「三浦に復讐しようとする理由はなんだ」


「あいつは私を殺そうとした。だからだ」


「しいなは、三浦がそんなことをするように見えるのか」


「実際にしたんだ。実際に私を殺そうとした。あの時の私の絶望が分かるか。これまで友達(ともだち)と呼ぶにふさわしい存在ができなかった私に、ようやくできた友達(ともだち)だ。これほどの裏切りを味わったのは初めてだ」


 この上ない怒りが、殺意が、復讐心が、しいなから伝わってくる。

 琉球は二人の関係を詳しいわけではない。だが三世のことについては人一倍知っている。

 三世は二人の関係が修復できるものであると信じている。友達が少ないからこそ、他人の友情が長続きしてほしいと願っている。


 三世が諦めていない。

 彼の思いを繋ぐためにも、琉球は二人の関係がこじれたまま終わるのを拒んだ。


「私はあいつに、返しきれないだけの(おん)がある」


 殺意に満ち溢れた感情が、胸を押さえつけながら吐き出された。

 ひどく苦しい表情を浮かべ、眉間にシワを寄せ、口が裂けるほど大きく開き、喉が渇れるほど声を荒げた。


 暦や稲荷、魔法警察が憂いの視線を向ける。

 二人が激しい話を展開していることに横やりを入れる者は誰一人いない。


 琉球は周囲の視線を気にもかけず、ただしいなと三浦のことを考えていた。

 二人の仲が悪いまま全てが終わることをよしとしない。それは三世の意見であり、琉球の意見でもある。おそらく、三浦も同じように思っている。

 だから琉球は口を開き、言葉を紡ぐ。


「違うッ。違うだろ。三浦はそんなやつだったのか。人を平気で傷つけられるほど残酷な奴だったのか」


「残酷な奴だった。私を平気で殺せるほど残虐で、最低な奴だ。私はあいつが、大ーー」


「ーー違うッ」


 続くしいなの言葉が遮られる。

 琉球はホテル中に響くほどの声量を出し、しいなの言葉を一掃した。

 躍る感情を走らせ、琉球はしいなに詰め寄る。


「違う違う違うッ。三浦は気丈な殺人鬼じゃない。あいつは人を殺すことに臆病な普通の人間だ。そんなことも分からないのかッ。お前は友達(ともだち)だったはずだろ」


「ーーーー」


「三浦を見ろ。今は分からなくても、分かろうとすることは大切なはずだ」


 勢いに任せ、感情の流れに従って、精査しきれていないことが口から出た。

 三浦のこと、しいなの気持ち、いろんなことが頭の中でごちゃごちゃになっている。


「三浦は、弱いんだよ。俺たちは思春期で、心も体も不安定だ。だから支えてくれる人が必要なんだ」


「だからどうした!」


「三浦にはしいなが、しいなには三浦が必要だ。だからお願いだ。せめてあいつの話を聞いてやってくれ」


「私に三浦が必要?」


 沈黙が落ちる。

 爪が食い込み、血が出るほど拳を握り締めるしいな。痛みは感じるはずもなく、怒りで掻き消されていた。


「私は、三浦なんかいらない。友達なんていらない。私はこうやって異世界で生きている。今日を生きていく術さえ見つけられればそれでいい。それだけでいいよ……」


 しいなは声を荒げることで本音を隠そうとしていた。

 本音を悟られることが恐いから、必死に自分を偽った。

 だが最後は声量が徐々にフェードアウトし、心中がわずかに露になった。


 琉球は気づいた。

 しいなの本音を。

 しいなが心の奥底に隠そうとしていた、誰にも知られたくない本音を知った。


「そうか。当たり前のことだったんだ」


「何の話だ」


「お前は言ったよな。三浦は友達(ともだち)だって」


「……だから?」


「これまで友達(ともだち)ができなかった私にとって、三浦はようやくできた友達(ともだち)だって」


「……だから何だっていうの」


 しいなは恐れていた。

 琉球がこれから告げる言葉に脅え、耳を塞ぎたい衝動に駆られ、今にもこの場から立ち去りたい臆病さが全身を駆け巡る。

 鋭い眼光の中に垣間見ることができる寂しげな感情は、鏡のようにしいなの心を曖昧に映し出していた。


「ーーお前はずっと、友達をさがしていたんじゃないのかッ」


 しいなは無意識に口を閉ざす。


「友達がいらない? そんな人間は、この世界のどこを探してもいないんだよ。お前だってそうだったはずだろ」


「……私は、そんなことは……ない!」


 弱々しい声だった。なんとか弱さを押し殺そうと気丈に振る舞っている。


 しいなとの口論に琉球は行き詰まっていた。

 これまで言わないようにしていたことを口にしようとした。それは自分の役割であるのか迷い、一瞬口を閉じた。

 だが自分にできることは他になかった。


 このまま二人がすれ違ったまま終わらせるわけにはいかない。またこれまでのように、二人が隣り合って歩き、笑い合える日々を望んでいる。


「三浦がお前を殺そうとしたのは三浦じゃない。三浦は操られていた。あいつの意思でお前を殺そうとしたわけじゃない」


 その事実は言うべきではなかったのかもしれない。

 本当に向き合うべきはそこではないのかもしれない。

 だから、琉球はそれを必死に言わないようにしていた。だが琉球ではしいなの心を変えることはできなかった。

 結果、三浦が接続者狩りになった理由を説明することを選んだ。


 琉球はしいなの心が少しは変わると思った。少なくとも、三浦に対する殺意は消えてくれると思っていた。

 だが間違いだった。


「だから同情しろってことか。だから優しくしろってことか。ふッざける」


 逆上し、顔を真っ赤にし、喉が渇れるほど声で叫んだ。


「分からないよ。何も、分からないッ!」


 顔を下に向け、腕を下に真っ直ぐ伸ばし、拳を強く握り締める。


 打ち砕かれた。

 琉球の想定は遥か蚊帳の外に追いやられた。

 肩が重くなり、足が後ろに下がり、しいなに気圧される。


 尻込みする状況下で尚、琉球は思考がまとまらないものの、反論を続ける。


「仲良くしろということじゃない。ただ三浦の声を聞いてほしい。話し合うだけでいいから、それだけでいいから」


「話し合って何になるのよッ!」


「話せば必ず分かり合えるわけじゃない。それでも、言葉を交わさなければ分からない。分かり合えなくても、本音を伝えれば知ることができる」


「知ったところで意味がない。それは結局、ただの知識であり、私の意味にはならないッ!」


 お互い思考を安定させないまま、不安定に口論を続ける。だから会話は進むことなく、互いに退くことをしない。

 意地があり、我意がある。


 ソファーに寝転がり、横目でじっと見ていた少女ーー愛六が動き出す。


「ねえ、この話し合いに決着はもう着いてるはずでしょ?」


 彼女の言葉に、二人が同時に首を傾げる。


「どういう意味?」


「一度冷静になれば分かる。だから、上がった熱を冷ましてよ」


 言われるままに、二人は口論を止め、沈黙へ入り浸る。

 腕を組み、黙々と考える。いや、答えは既に出ていた。その答えはこれまでの自分の行動や復讐心を消失させるものであるかもしれない。

 だが、しいなは分からない。


 愛六は冷静に口論を聞き、考えていた。

 これまで下に見ていた相手が数々の活躍を残し、大きく貢献していた三世を見て思った。

 気づけば自分が下になり、遠くの存在に見えるようになった。

 だからこそ考えた。末に、愛六は知った。


「しいなはさ、向き合うことが恐いんでしょ」


 愛六は恐かった。

 その事実を受け入れてしまえば、自分のアイデンティティが消えてしまうような気がしたから。

 自分を確立してくれるものの消失を受け入れることを恐れ、拒み続けた。だが世界は残酷で、第三者の視点から自分と似た状況に陥っている人を見れば思ってしまう。


 ーーなんて愚かなのだろう、と。


 愛六はこのままソファーに横たわり、全てを見て見ぬふりで誤魔化そうとした。

 だがそれは、間接的に自分が非力であると受け入れることになってしまうと愛六は考えた。

 だから、向き合うことにした。


「三浦を友達(ともだち)だと信じて、友達といた日々は楽しかったから友達のいない日々を心の内で否定していた。でも友達に裏切られ、今度はそんな日々を否定することになった。だから今度は、一人でいることを肯定しなければいけない。そうしなければ自分という存在が確立できなくなってしまうから」


 向き合うことで、自分を一度破壊することになる。

 これまで積み上げてきた自分は一体なんだったのか、全てが無駄に思えてしまう。

 それでも愛六は前に進もうとした。行動の結果が今である。


「だがもし友達を肯定することができれば、そんな曖昧なアイデンティティは確固たるものになる。だから今しいながすべきことは、拒絶ではなく受容だ。熱で隠そうとしていた本音と向き合わなければ、過去と、今と、自分と向き合わなければ、その悶々はいつまでも残り続ける」


「そうか」


 その呟きの意味を問い掛けようと琉球はしいなの顔に目を向ける。だがそこで問い掛ける気力もなくなった。

 琉球はしいなの表情を見ないふりした。


 しいなはしばらく考えた。

 これから自分がすべきことを。

 愛六の話、琉球の話、それらを整理した上で呟く。


「まるで、経験者の口ぶりだな」


「絶賛自己嫌悪中だ」


 愛六は分かりやすい繕った笑顔で返す。

 胸を押さえ、苦しみに耐えていた。だが決して顔には出さない。


「私は逃げないよ。それが、私が選ぶべき答えなのだろう」


 しいなは選んだ。

 悩み、戸惑い、苦しみながら、一つの選択をした。


 愛六は苦笑いを浮かべ、しいなをどこか虚ろげに見た。

 どこか本音を隠すように、そっと目を逸らした。


 琉球は後ろを向くと、一人言のように言った。


「三浦はまだこの町のどこかにいる。今頃三世が三浦を見つけ、襲撃してくる魔女を追い払うために炎の魔法を使うはずだ」


 しいなはすぐに琉球の言葉の意味を理解した。


 躊躇いはあった。

 一瞬踏み出した右足を止め、立ち止まる。

 足下を見つめ直し、考えた。自分がすべきことは一体なんであろうかと。


 雨の中、傘も差さずに疾走する。

 腰に提げた傘型の拳銃に手をかざすも、すぐに手を離した。

 周囲を見回し、ただ探し続け、わずかにあがる火の粉を目撃する。



 結果、しいなは間に合った。

 久しぶりに三浦の後ろ姿を見た時は、殺意が蘇った。だが向き合って、すぐに気づいた。


「お前が、そんなことをするはずないよな」


 ひどく悲しい表情だった。

 雨で濡れた髪が顔を覆い、表情を黒に包み込んでいる。それでもしいなは察してしまった。

 三浦は自分に殺意を抱いてはいなかったと。


 そして今、三浦と肩を並べ、魔女に立ち向かおうとしている。


 無謀だ。愚策だ。

 だが三浦の横に立てることが嬉しくて、共に戦えることが幸せに思えて。


「生きるよ」


「うん」


 話すべきことがある。

 これまでの誤解も、過ちも、全てを繰り返さないために。

 だから死に続くルートを断ち切るために、戦うことを選んだ。

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