物語No.58『再会に魔女をそえて』
燃え盛る魔女の前に三世がいる。
不意打ちを受けた魔女は、怒りよりも驚きが大きかった。
すぐに火を掻き消し、火傷を癒す。
「どうしてここにいるのかしら。トイレで眠らせたはずだと思うのだけれど」
「ああ、一度は眠らされた。だが起こしてもらっただけの話だ」
「誰に?」
魔女は不思議に思っていた。
三世と親しくしていた暦や琉球、愛六や稲荷らは皆ロビーに集まり、誰かが抜け出す隙もなかった。
だとすれば一体、と魔女は首を傾げる。
疑問の正体に終止符を討つように、ある女性は現れた。
「私さ私。銀冰だ」
雨で濡れる銀髪をツインテールで束ね、両手には銃口が異様に長い拳銃を二丁構える女性。
銀冰は殺意を込めた瞳で魔女を視界に捉える。
銀冰は魔法警察であり、しいなの先輩。
三世は一度銀冰としいなの会話を聞いていた。銀冰は同期を仲間に殺され、憎んでいた。
故に選んだのだ。
だが銀冰のことは記憶の片隅にもなかった魔女は堪えきれず、肩を震わして笑みを浮かべる。
「本当に誰よ」
銀冰の名乗りに対し、魔女は嘲笑を返す。
「まさか協力者が誰でもない第三者なんて、あまりにも滑稽でーー嗤える」
魔女の口は三日月を描く。
「魔女、これまで何度もお前には苦しめられてきた。だから、ここでお前を倒して終わらせる」
「ただ一人増えただけで私を殺せると思っているのかしら。また私を嗤わせるの? 本当、愚かにも限度があるでしょ」
魔女は油断している。
三世ごとき、自分を殺すには至らないと。故に魔女は隙だらけの傍観者スタイルで棒立ち状態。
「銀冰さん、倒しましょう」
「仲間の仇を討たせてもらうぞ」
三世は正面から突撃し、三世の後ろに銀冰が隠れて接近している。
魔女はその行動の意味を理解しつつも、真っ向から迎え撃つ。
「真正面から堂々と。随分私を甘く見るのね」
不敵に笑う魔女に臆することなく突き進み、狙いを定め、勢いをつけて剣を振り下ろす。
魔女は平然と人差し指を立てる。ただそれだけで三世の剣は壁に防がれたように弾かれる。
後ろに仰け反る三世、その背後に隠れる銀冰は右手に構える拳銃の銃口を魔女に向ける。だがそれすらも魔女は見ていた。
「確かに遮蔽物があれば私の眼、あらゆる情報を視覚情報として得る能力は発動できない。良い推測ね。けれど、それを補うための魔法でしょ」
自分の瞳に手をかざし、銀冰の動きを分かっていたかのように視認していた。
「あらゆる場所を視覚の内に入れることが魔法によって可能なのよ。私のどこに死角があるのかしら?」
と三世と銀冰を煽り、放たれた弾丸を容易に回避する。
魔女は左手を三世と銀冰にかざし、風圧で二人を弾き飛ばした。二人は壁に背を打ちつけ、悶絶する。
「私に勝てると思うなんて傲慢ね。これは正しき結果なのよ」
背後で金縛りに遭う三浦を置き去りにし、倒れる三世と銀冰に歩み寄る。
「私に勝てるはずないでしょ。仇なんて討てるはずないでしょ。私は魔女、その名が与えられた意味をもっと理解しなさい」
上目使いで、強者の風格で見下ろす、見下す。
三世はその眼に反抗するように地に剣を突き刺し、体を震わしながらと起き上がる。
「僕はお前に勝ちに来たんだ」
「無理よ。そもそもあなたには呪いがあるの」
魔女は三世の手の甲に刻まれた黒い紋章に眼を移す。
「これは魔法ではない。この呪いを消す術はないのよ。呪いがある限り、私が命令を下せば逆らえない」
「それでも、お前が僕らを邪魔する限りは倒さなければいけないんだ」
大振りで、必死に剣を振り回す。
しかし魔女は剣の軌道が見えている。攻撃を容易にかわしながら、問い掛け続ける。
「絶望的状況。それでもあなたは進むの?」
「魔女エンリ、僕は決めたんだ。強くなると。大切な人を護れるほど」
「嗤える」
無造作に振り続けられる剣に飽きたのか、魔女は人差し指と中指で剣を挟み、動きを止めた。
「あまりにも目障りだから蚊だと思ったわ。蚊は見殺しにしても良いけれど、あなたはまだ殺しはしない。大人しく寝ててちょうだい」
三世は唐突に眠気に襲われる。
すぐに全身から力が抜け、剣を手離し、地面にうつ伏せに倒れた。
倒れた三世から視線を外し、銀冰へ視線を向ける。
「次はあなたよ」
「凍てつけ」
銀冰を起点に地面が凍りつき、魔女目掛けて氷が侵食していく。
「氷には炎を」
たちまち魔女の周囲は火炎に包まれる。
氷は溶けていき、雨の中の水に混ざって消え行く。
銀冰は空中に移動し、魔女の頭上から炎を弾丸の雨のように降り注がせる。
「炎には水を」
魔女の周囲に燃え盛る炎はたちまち水へと変わり、銀冰が放った火炎を抹消した。
「諦めなさい」
水が無数の蛇の形状を成し、首が伸びて銀冰を喰らおうと襲いかかる。
空中を自由自在に飛行し、攻撃を回避し続ける。気づいた時には時遅く、四方八方を囲まれていた。
好機とばかりに水蛇が銀冰の足へ食らいつく寸前、気温が一気に下がり、水が凍りついていく。
「拮抗できる。勝てる」
雪のように舞う氷のつぶての中をかき分け、魔女に向かって両手をかざす。
「吹き荒れろ。突風鹿」
風が鹿のように吹き荒れる。
家屋が揺れ、石畳の地面に敷かれた石ブロックが吹き飛ぶほどの激しさだ。
魔女は微動だにせず、ただ手をかざすだけ。
「風には風を」
更なる威力の風が銀冰が吹かす突風を押し退け、その先にいる銀冰に直撃する。空中で体勢を崩し、魔法で危機を離脱する隙もなく地面に落下する。
背中に激しい衝撃が走り、喉奥から血を吐き出す。
「魔法警察。確かに魔法のエリート、でもエリートは優秀であって天才ではない。私は魔法の天才よ。そこには神と凡人ほどの差があるの」
「クソッ……、どうして勝てない」
「単純明快な力不足。あなたの魔法じゃ私には通用しないってこと」
魔女に殺された仲間の仇を討てず、銀冰は悲しみの衝動に駆られる。
「ごめん。私は……」
体が動かない。
全身が張り裂けるほどの暴風を身に受け、筋肉が悲鳴をあげ、一握りの動作さえ許さない疲労感に侵される。
受けたダメージは大きく、全身から血が噴き出している。
「もうおしまいね。じゃあ、大人しく死んでもらうわね」
魔女の手には短剣が出現する。
笑顔で刃を振り上げ、無慈悲に刃を振り下ろす。
ーー寸前、魔女の背後から銃声が鳴る。咄嗟に振り返るが、弾丸は魔女の鼻先をわずかにかする。
弾丸がかすった鼻先をなぞり、銃弾が飛んできた方角を睨む。
「あら、あなただったの」
「私の先輩とクラスメートに手を出すなよ。それにーー」
魔女の視界に映っているのは二階堂しいな。
だが二階堂しいなの視界にはたった一人しか映っていない。
「三浦……」
小さく呟き、続く言葉をすぐに飲み込む。
魔女の魔法が解け、身動きがとれるようになった三浦もまた、しいなの出現に対し薬を飲んだような苦い表情を浮かべる。
「しいな……」
「友達とは呼ばないよ」
しいなは嫌悪感を駄々漏れにしながら歩き、三世と銀冰は既に動ける状況にないことを見て理解する。
動けるのはしいなと三浦の二人だけ。相手は魔女。
「でも今は、力を貸せ」
「……うん」
拳銃を構えるしいなの横で、三浦は小さく丸まって剣を構える。
「こんな出会いでの再会、こんな形での共闘。本当、気まずいだけだ」
「…………」
「三浦、これが終わったら話をしよう。もちろん、洗いざらい吐いてもらうから」
「…………うん」
「だから生きるよ。生きて、ちゃんと話をする。私は銃口を向けたまま、あなたは刃を向けたままで構わないから」
「…………」
三浦は胸の奥底からわき上がってくる不思議な感覚を押し殺し、震えた声で言った。
「ありがとう」
しいなは一瞬表情筋の制御を忘れ、とある感情にしていた蓋が緩む。
すぐに力を入れ直し、キリッと表情を入れ換える。
「ここを生きてから言え」
「うん」
ギクシャクしながらも、形を取り戻しつつあった。完全に昔のように戻ることはないだろうけれど、昔以上の関係に戻りつつあった。
二人の関係をつまらないと吐き捨て、魔女は笑わなくなった。
「いいや。あなたたち二人はここで死になさい」
魔女の手に握られる短剣の形状は変化し、刀へと変わる。
「絶望的なバッドエンドで幕を下ろそうかしら」
魔女の矛先が向いた二人。
しいなと三浦は互いに視線を合わせず、近づきすぎず、肩を並べて戦うことを選んだ。
こじれた関係のまま、共闘へ。
「さあ、終わらせましょう」
魔女は無慈悲に刃を振るう。