物語No.56『魔女はお前だ』
駅町を、ギルド第三師団の面々が走る。
全員が魂の脱け殻のように淡々と動き、人らしい振る舞いをする者は誰一人いない。
標的は、現在逃亡中である接続者狩りーー三浦友達。
町の至るところで響き渡る足音に脅えながら、三浦は人気のない路地裏を歩いていた。
風穴の空いた右腕を強く握り締め、心に深く刻まれた傷に苦しみながら激痛の海に浸っていた。
「当たり前のことだ……。私は、私はしいなを傷つけたから、そのまま全部……私に跳ね返っただけの話だ。当然の報いだ」
自分の中に芽生える、納得できないという感情を無理矢理抑え込み、現状になんとか納得しようとしていた。
だが、感情を抑え込む蓋はグラグラと揺れ、溢れて弾ける。
「ーーなんて嘘だ。当然の報いだなんて……ふッざけるな。私は、こんな世界を望んだはずじゃなかった。私はこんな日を待っていたんじゃない。なんで、なんで、なんでだよ」
悶々とした思いが胸を張り裂こうとしている。
とうとう三浦は逃げる気力も湧かず、小さな路地裏の一角に座り込んだ。
「私は……どうすればいいの」
落ち着かない気持ちから眉毛をなぞる。
二階堂しいなに対して贖罪の気持ちを抱いている。だが謝罪の言葉は銃声に掻き消され、話し合うことさえできなかった。
きっと戻っていったとしても、話を聞かずに銃口を向けられるだけ。自分がそれほどのしたことを分かっているから、これ以上前に進む勇気が湧いて来ない。
臆病風が突風のごとく吹き荒れ、物陰に隠れる状況が続くだけ。
心が押し潰されそうで、今にも存在が消えてしまいそうで、ただ辛い、ただ苦しい、ただ死にたいだけ。
背を壁につけ、床にしゃがみこみ、顔をうずめ、ただ一人のことを考える。
「今は側にあなたがいてほしい」
現実逃避だ。
ただの逃げだ。
分かってるッ。
でも今はそれでしか心を落ち着かせることはできない。
向き合わなければいけない相手は、向き合う機会を与えてはくれなかった。
だからだろう。もう諦めてしまいたいと思っているのは。
「こんな世界なんてッーー」
「壊れてしまえ、とあなたは思ったのでしょう」
唐突な介入者。
聞き覚えのない声に、ギルド第三師団が迎えに来たのかと疑った。だがギルド師団の制服は着ておらず、黒衣に身を包み、正体を隠している
「誰?」
殺されるかもしれない。
だが不思議とそんな疑念は浮かばなかった。
「私は暗部の者です。あなたをスカウトしに参りました」
「暗部?」
「詳しくは教えられませんが、我々の役目は悪を抹消すること。接続者狩り、我々の下で人生をやり直してみてはいかがですか。これはあなたへの救いでもあるはずです」
現状を踏まえれば、三浦が最も賛同しやすい。
それほど三浦は自暴自棄に陥り、どんなに絶望が待ち受ける糸でも手を伸ばすほど苦境にいた。
「確かに、その選択をすればきっと私は救われる」
三浦も自分の現状を理解している。
感情に流され、手をとってもおかしくはない状況だ。だが一度感情に流され、失敗した経験があった。
錬金術師の里で、三世を救うために感情に駆られ、自分を見失っていた。結果、仲間に迷惑をかけた。
こんな自分でも側にいさせてくれる仲間がいる。
私は彼らに報いたい。
だから冷静に、ゆっくりと呼吸をして、周りをよく見ることにした。
この者の手をとるべきか否かを、慎重に見定め、
「今はまだ、その手は取れない。その手を取れば私は逃げることになる。これ以上嫌なことから逃げ続けたら、いつか好きなことからも逃げてしまう。ーーそんなの絶対嫌だから」
思いの丈を答えた。
背伸びをし、理想も交えた言葉だ。
だが、そこに嘘偽りはない。
とっくに逃げようとしていた。
現状が嫌で、この世界が嫌いで、現実世界にも異世界にも居場所がない。
居場所が欲しかった。そう願った時、三世に出逢った。
彼が三浦に向き合ったから、三浦も三世と向き合った。
「そうですか。接続者狩り、ただの悪党だと思っていましたが、実際に会ってみて印象が変わりました。あなたは立派な人物だ」
「私はまだ、誇れる自分にはなれていない」
「それでもあなたはなれますよ。もし向き合うことができたならば、私は再びあなたを勧誘しに来ます」
黒衣の人物は振り返り、「では」と言葉を残して去った。
「誇れる自分……か」
血に染まった自分の右手を眺め、その言葉を脳内で反復させる。
虚ろな心で、自分を見つめ直し、考える。
これから自分がするべきことを。
♤
ホテルロビー。
ソファーに横たわり、くつろぐ愛六は周囲を視線を配った。
「三世の奴、トイレに行ったっきり戻ってこないけど大丈夫? 誰か見てくれば?」
「愛六が行きなよ」
「イヤよ。ヘンタイじゃない」
愛六の心配に稲荷が冷やかすように茶々を入れ、愛六は慣れた口ぶりで反論する。
二人が話をしている間にも、三世が戻ってくる。
「遅いよ。」
三世の視線は、言葉をかけてきた愛六ではなく、槍を構えている暦に向けられる。
暦の側に琉球や愛六、稲荷が待機している構図に少し疑問を覚えた三世は、平静を装って尋ねる。
「まるで襲撃に脅えているみたいですよ。もっと強気にいきましょう」
一瞬、琉球と暦が視線を合わせた。
愛六は二人の視線が合わさったのを見つつも、興味のない装いでソファーに寝転び、くつろぎを堪能する。
「ところで、しいなはどこへ行ったのですか?」
「しいなは厳重に警備されている」
「本当ですね。何十人も引き連れて来ましたよ」
エントランスからしいなが多くの魔法警察に警備され、三世らの警護のために戻ってくる。
「護衛の護衛って……」
異様な光景を不思議に眺める三世。
しいなを警護する者の中にはギルド第三師団副師団長を臨時で務めている真実の右の姿もある。
「襲ってくることは確実だから、念には念を入れるわけか。でもこの状況で魔女がしいな、いや、他に大勢の人を殺すとしたら、どんな手を使ったことになるだろうね」
「さあ、見当もつかない」
槍を構える暦の隣に立つ琉球は、何もひらめいていない凡庸な表情をしている。
三世は目を細めると、
「多分魔法を使うんじゃない。だとすれば……」
助言するような口振りで呟く。
「なあ三世、魔女ってどんな魔法でも使えるなら、変身魔法だって使えるのかな?」
「使えるに決まってる。それほど魔女は天才なんだから」
「そうか。やっぱり魔女はそうだよな」
琉球は暦の耳元で小さく一言囁いた。
それに対し、暦は頷きだけを返した。
しいな達が暦の前に集結する。
「現在、魔女による襲撃が頻発している。ですので警備の体勢を少し変更することにした」
「構わない。今は魔女を見つけたことを素直に喜ぶべきだからな」
暦の隣に立つ琉球は、確固たる自信を持って堂々と宣言する。
一同が驚きに包まれる中、愛六は眠ったふりを続けている。
「魔女を見つけた……とはどういうことですか?」
「説明しよう。魔女を暴いたトリックと、その真相を」
琉球に一同視線が集まる中、暦はある一方向にのみ警戒していた。常に警戒心はそちらへ向けられ、いつ襲われても良いように槍を強く握り締める。
「実はですね、魔女は現在この場にいるんですよ。これまで魔女は殺した相手が親しくしている者に変身し、油断した隙をついて殺していた」
「だが、おかしくないか?」
魔法警察の一人がしいな横目に映しながら、疑問を口にする。
琉球は「確かにおかしい」と言って話を続ける。
「もし魔法が使われているのならば、魔法ブザーが鳴っているはずだ。だが鳴っていない。ということは、変身魔法によって魔女が化けている相手は一人しかいない」
横を向く暦の隣で、多くの魔法警察に囲まれているしいなに視線を向ける。
「魔法ブザーを所持しているはずの人物、だがどういうわけかその者のブザーは鳴っていない。どうしてだろうか? 答えは一つ。魔女はお前だ、二階堂しいな」
しいなは目を見開き、ボーッとした様子で琉球を見た。話を全て聞いていた上で、彼の推理は当たっていないととぼけた表情で場に立ち尽くす。
「バレているんだ。魔女エンリ」
琉球の真っ直ぐな眼差しがしいなに一直線に向けられる。
目が合い続けること数秒、しいなは唐突に笑い出す。堪えきれなかった、とばかりに声が漏れ、満面の笑みで宣言する。
「正解だ。私が魔女だ」
空気が凍りつく。
味方だと思っていたしいなが魔女だった。しかも護衛しようとしていた相手が。
「ーーと、俺たちが考えるように仕向けたんだろ。なあ、魔女さん」
自分が魔女だと暴露したしいなから視線を逸らし、琉球の視線が向けられた先はーー
「そうだろ。三世の皮を被った魔女エンリ」