物語No.52『きっと話をしていれば』
五月四十一日。
列車は終点で停車した。
列車の外では魔法警察、並びにギルド第三師団が目を光らせて勤勉に警戒している。魔女の襲撃に遭った琉球の話も聞いた上でのこの上ない警戒。その中には二階堂しいなの姿もあった。
列車を真っ先に降りる稲荷と愛六に対し、暦は顎に手を当て、思考の海に潜りながら列車の最後尾の屋上に向かう。
足取りは重く、思考はまとまらないままだ。
「三世、三浦、列車が到着した」
手を繋いだまま眠る二人の様子を微笑ましく思い、起こすことを躊躇われるも、肩を揺すって二人を眠りから解放する。
「あれ……、いつの間に眠って……」
三世は瞼を僅かに開き、神妙な面持ちで立っている暦を見上げる。
暦の視線はすぐに横へ向かい、小さくあくびをして目を擦っている三浦へと向けられる。
「どうしたんですか? 何か怖いですよ」
暦の表情は悩みを抱えている心境を露にしていた。
二人は何か大変な事態が起こったのではないかと心配になり、周囲を見渡す。
襲撃を受けている様子もなく、早朝特有の静寂が流れている。
事態はギルド第三師団に救出された時から良い方へ進んでいる。無論、敵襲を受ける状況ではない。
しかし暦は懸念していた。
二階堂しいなが現れた時から懊悩としていた。
暦は二階堂しいなと三浦友達の関係を知っている。接続者時代の三浦友達が二階堂しいなにとどめを刺そうとした場面に遭遇していたから。操られていたとはいえ、二階堂しいなはそのことを知らない。二人が会えば争いに発展することは容易に想像がつく。
暦が出した結論はーー二人を合わせないこと。
「二人で逃げてくれ」
「……えっ?」
脈略もない台詞に、二人は反応できず困惑していた。
聞き取れなかったわけではない。ただ状況が理解できなかった。
「ど、どういうことですか?」
「これから二人にはネタバレ屋に向かってもらう」
「理由を聞いては駄目ですか?」
三世は疑問を投げ掛け続けるが、暦は答えを返さなかった。
三浦と二階堂を会わせたくない、そう言ったところで二人が大人しくしてくれる保証はどこにもない。
今はネタバレ屋で預かってもらうことが最善と考えた。
全てを知ることができる彼女であれば、暦の考えを簡単に見抜くだろうから。
「エーテル、フレンドを護るんだよ」
能力値では圧倒的に三浦の方が上だ。
どうして自分に言うのか疑問に思ったが、問いかける間もなく暦は話を進める。
「一応魔法チケットを渡しておく。もしもの場合は使うと良い」
血のように赤い文字で言葉が刻まれているーー『火鳥』と。
それが三枚。
「魔法チケットは埋め込まれている魔法の名を叫べば発動できる。この場合、火鳥と叫べば発動できる。札の表面を向けた方角に鳥の姿をした火炎が飛ぶ」
受け取った魔法チケットを眺める。
「使いどころはしっかりと見極めるんだ。それともう一つ、」
暦は更に魔法チケットを渡す。
今度は一枚。
「これは『火傷治癒』。火傷を負っても治してくれる」
『火鳥』の魔法チケットを三世が、『火傷治癒』の魔法チケットを三浦が受け取った。
残る懸念はまだあるが、と呟き、三世と三浦の間で交互に視線を送った。
これは堅実に守ってくれ、と前置きをして、
「異世界では異名で呼び合うのが定石だ。現実世界での素性を探られないために異名が存在するからね」
分かりました、と二人は返事を返すも、三世は呼び慣れた名前から変えることに躊躇いを抱き、三浦は三世と呼びたいことに悶々とする。
二人の戸惑いを分かっているが、暦は事情を説明しない。
「準備ができたら誰にも気付かれず列車を降り、ネタバレ屋に向かえ」
踵を返し、帰ろうとする暦へ三世は尋ねる。
「これは、琉球と愛六には関係のないことなんですか?」
「……ああ」
しばらくの間を置き、暦は答えた。
暦の回答を聞き、三世の脳裏にはある考えが過る。
まさか……、と戸惑いながらも、これ以上の質問はできない。
暦は既に列車を降りていた。
♤
三世と三浦は列車内に息を潜める。列車の四方は魔法警察とギルド第三師団が囲み、逃げ場はどこにも存在していない。
いずれ隙ができることを祈り続ける。
「どうして私たちは隠れなきゃいけないのかな?」
「おそらく魔女に関係がある」
戸惑う三浦に、三世が返答する。
「僕は魔女と契約している。内容は話せない。だがそれが僕と三浦が隠れなければいけない理由だと思う」
「三世って結構賢いよね。すぐに理由を予想できるなんて」
「ただ考察好きなだけだ」
三世は唇に人差し指の背を押しつけ、三浦にチラチラと視線を向けた。
三浦は三世の不審な行動に気付きながらも、あえて触れることはしなかった。
「でもどうやって列車を出ようか?」
「周囲を警備している人たちは全員暦らを護ろうとしている。暦が列車を離れればいなくなってくれるはず」
「待つしかないね」
列車の座席下に隠れる三浦。
三世は出るタイミングを窺うためうっすらと開いた窓に顔を寄せる。
「人数が足りていない気がするが?」
列車の外で、真実の右が喋っている。
暦、稲荷、愛六、琉球を見て人数が足りないことに気付く。
真実の右は三世と三浦に会っている。そのため誰がいないのかも分かっている。
愛六、琉球、稲荷は暦から事情を聞き、二人がこの場にいない理由を把握している。だからこそ、不用意な発言をしてはいけないことを理解している。
もししいなに勘づかれでもすれば状況は最悪に一変するから。
沈黙が続く。
これ以上長引くのは良くない、そう判断した暦が話し始める。
「現実世界に帰らせた。異世界に恐怖を感じすぎてしまった子を長居させるわけにはいかない」
「そうですか。それでは五月が終わるまでは会えなくなってしまいますね」
暦は上手く真実の右を誤魔化した。
もちろん疑念も残る。
「ところで、君たちはなぜボクらを救ってくれたんだい?」
これ以上二人の話をさせないためにも、別の話へ誘導する。無視するわけにもいかず、転換した話に乗っかる。
「俺たちは勇者の命令で動いている。その勇者が、あなた方は永遠に魔女に襲われる可能性があると考えた。あなた方を護り続ければいつか魔女が目の前に現れてくれる。そこを打倒する、というのが勇者の策の概要です」
「だから護った、ってことか。それでは魔女が打倒されるまでは常に警備してくれるのかな?」
「はい。魔女はすぐに討伐致しますので御安心を」
「勇者も協力してくれるのかな」
「そうでなければ魔女は倒せないでしょう」
魔女の脅威を知っている者は言う。
魔女を倒すことは容易ではない。
着々と魔女退治への計画を進める勇者は、到着した列車を遠くから眺め、ふと思う。
「おそらく三浦友達は接続者狩りだろう。だが魔女がそのことを知らないはずがない」
勇者は懸念していた。
同じく、三世も勘づいていた。
もうすぐ三浦友達を巡る争いが始まってしまうことを。
「三浦友達、あなたの運命は壊れかけのオルゴールの音色を奏でるでしょう。赤い糸が繋がっている限りあなたは死なない。それでもーー」
勇者は未来を予見する。
可能性の一つを垣間見た。
「赤い糸が切れた時、あなたの物語はーー最後のページがめくれる音がする」
♤
二階堂しいなは列車内に人影を見た。
魔法警察、並びにギルド第三師団は皆ギルド街へ向かう暦らを囲んでいる。既にこの付近に人の気配はない。
もし瞳に映った人影が本物だとすれば、密かに乗り込んだ第三者である可能性が高い。つまり魔女か、その仲間。
息をのみ、恐る恐る人影を見かけた号車へ向かっていく。
「……誰であろうと、」
六号車、七号車と進んでいき、最後尾へ。
あえて大きな音を立てて扉を開く。
視界の隅、座席の下にさっと隠れる人影が確かに映った。
即座に戦闘態勢に入るしいな……だったが、
「……ふっ」
足をつま先から膝辺りまではみ出した人影を見て、堪えようのない笑いが一気に込み上げる。
謎の笑い声を気にならないわけがなく、人影は気付かれないようそーっと顔を座席から出す。
「ーーあっ!」
「ーーふふっ」
しいなはずっと人影を見ていたため、当然目が合う。
このまま隠れ続けらないと踏んだ人影ーー茶髪にカラフルな毛が数本混じった頭を揺らす少年は、座席の下から這い出てくる。
立ち上がり、相手と対面して少年は固まる。
少年は相手の顔に見覚えがあり、まじまじと見つめる。しいなも同様の反応だ。
「君って……」
しいなの表情には笑みを越える驚きが表れる。
「どうして、まさか……」
少年の脳裏には様々な考えが過る。
二階堂しいなを前にして、もう一人の少女のことが咄嗟に思い浮かぶ。
何度も見たクラスメートの顔だ。
ある少女の隣を歩き、ある少女の手によって消されたはずの少女。
「お前も接続者か。創世三世」
「に、二階堂しいな……っ!?」