物語No.51『勇者の考察』
五月四十日。
ギルド本部内に用意された勇者専用の更衣室、そこには鎧を脱ぎ、武装解除した女性の姿があった。
月光のように美しい髪を揺らし、満月を連想させる瞳で鏡に映る自分を見つめる。
「やっぱ私って可愛いよな。どうしてこんなに可愛いんだろう」
下着姿になって露になる自分の肉体美に見入り、思わず吐息を漏らす。
鏡が曇り、自分の顔だけが白く隠される。
「さて、これまでの情報をまとめ、考察してみようか」
曇った鏡を右手で拭き、鏡の自分と目を合わせて思考に至る。
五月三十三日、魔女エンリがギルドを追放され、指名手配されたあの日、ギルド内に潜入した人物がいた。
ギルド第三師団の制服を着て、胸元には五つの星バッジをつけた金髪金瞳の美しい女性。
「あの者は魔女の支配下に置かれていたことは間違いない。ギルド第三師団は色々と謎が多い。師団長は魔女エンリ、副師団長はライであったが、魔女の魔法かライの潜在能力が原因である可能性は高い」
勇者はその確認をするため、世界中から第三師団に関する情報を集めた。
時間はかかったが、確信に至る情報は各地に存在した。
勇者は更衣室の端に備え付けられた机まで移動し、置かれていた資料を手に取り、一つ一つ目を通す。
資料には魔女や第三師団に関する情報が多く書き込まれている。第三師団が解決した事件や関与していたと思われる事件、また犯人が不明な事件などが記載されている。
その中には、現実世界の学園にリザード・ドラゴンが出現したという情報もあった。
「もし魔法であった場合、魔法警察本部に張り巡らされた対魔法術式が起動しているはず。つまるところ、人々の記憶は魔法によって改変されたわけではない。世界はある者の潜在能力によって変えられたと見るべきか」
資料の中からライに関する物だけを抜き出し、少女の素性を考察する。
「少女の潜在能力によって世界の人々の記憶にある第三師団の情報が全て改変され、その上魔女が偽物の師団長であるという証拠がほとんど存在していない」
勇者が手にしている資料はあくまでも可能性がある事件や出来事であり、また真の第三師団師団長に関する正しい情報はほとんどないというのが現状だ。
しかし、数少ない情報の中でも勇者は確実に真実へ近づいていた。
潜在能力には段階がある。過去と向き合えば向き合うほど潜在能力は進化する。向き合わなければ幾つもの欠点や弱点が存在することが多い。
勇者はこの情報を前提とし、ライという少女について考察を深めていく。
「少女の潜在能力によって確かに第三師団の師団長、並びに副師団長の存在は書き換えられた。だが、真の師団長と副師団長が消えたわけではない。事実、真の師団長と思われる真実は錬金術師の里で確保することができた」
全身火傷になっていた真実を脳裏に思い出し、そこに関しての推測も交える。
「魔女はあの場で真実を切り捨てるつもりだった。我々が真の師団長の正体に気付き、奪還すると確信していたから」
かろうじて一命を取り留めている。
しかし今も尚死地をさ迷っている状況であり、一秒でも目を離すことが許されない最悪の状況。
「ここで疑問点が残る。もし真実という存在を消していれば師団長には辿り着かなかった。魔女が利用したかった、というのもあるかもしれない。いや、そうか……私は自分の疑念を確信に近づけるために盲目になっていたか」
ある推論へ達しようとしたところで、勇者は頭を押さえて口を閉じる。
一度深呼吸をして精神を整え、思考を安定させる。
「少女の潜在能力は人一人の存在を消すことはできない。あくまでも上塗りすることしかできないとしたら……」
この推論は欠陥だらけだ。
事実であると証明できるほどの証拠は何一つ存在していない。あるのはちょっとした違和感だけ。
「もし人一人の存在を消せれば真っ先に私を消していたはず。もしくは……」
考察を口に出して進めていくことで、勇者の脳裏にはある一つの可能性が浮かび上がった。
「少女の過去、確か……」
勇者はライについての情報が記載された資料に再度目を通す。記載されている内容に顔をしかめ、少女の過去に同情する。
「これは……簡単に向き合えないよな」
ライという少女は過去にトラウマを抱えていた。
世界を覆す潜在能力を何度でも発動できるわけではなく、発動まで一定の時間を要するか、ある条件下でしか発動しない、もしくは待機時間が存在する。
そうでなければ今頃自分が囚われたという事象を改変しているはずだから。
勇者は推論を頭の中で発展させていく。
「少女の過去、消えた生徒、トラウマ下での魔女の救世……」
資料を次々に目を通していき、ある結論に辿り着いた。
「そうか。つまり、」
勇者は確信を持って言い切った。
「ーーライは魔女を打倒する最強の切り札である」