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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.1『錬金術師の里』編
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幕引『ぼっち二人』

 列車は先頭車両についた煙突から煙を上げ、敷かれたレールの上をガタンガタンと揺れながら走っていく。

 最後尾にある車両を梯子を伝って屋上に出る。柵に寄りかかり、見上げれば満天に輝く星空が見える。


 三世と三浦は手を繋ぎ、列車に揺られながら、綺麗な星空を眺めていた。

 瞳に映るのは暗いながらも明るい夜の空と君の姿。


「私は君に会ってから良いことがたくさんあったんだ」


 長いとも短いとも感じるこの数日。

 三浦を救い、魔女と戦い、結晶を探して旅をした。

 命が枯れると直感した戦いが何度もあった。苦しい思いをしたことが何度もあった。

 それでも生きがいがあったから、生きようと思えた。


「でも、私は君に恩返しができないままだ。本当は君を笑わせたいのに、私にはユーモアもない」


「僕だって同じだ」


 悶々とした三浦の頭を、握る手とは反対の手で撫でる、思い出すだけで憂鬱に染まりかける過去を思い出しながら重い口を開く。


「僕は極度のコミュ障だから、誰とも上手く話せない臆病者だから……。でも、僕は君に会って普通に話ができて、幸せだって思ってる」


 三世の憂鬱は、三浦と出逢ったことで晴れていた。

 もし三浦が三世の前に現れなければ、憂鬱は永遠に続いてしまっただろう。死んでも纏わりつく憂鬱に苦しみ続けただろう。


 だが違う。

 三浦がいたから、三世は苦しみから解放された。


「異世界がなかったら、僕が接続者じゃなかったら、三浦があの日学校に来ていなかったら……。少しでも違っていたら、僕は君に会えていなかったかもしれない。出逢えただけで最高の人生に決まってる」


「うん、それは私も同じ気持ち。でも君を護れない私なんて……意味がないよ」


 三浦はここ数日、三世を護れなかったことを後悔し続けた。

 自分が護られてばかりだったから、自分を護ってくれた三世に報いたい。という思いが膨れ上がっていた。

 だが行動は全て裏目に出て、仲間に迷惑をかけた。


 三世は三浦の気持ちを理解している。

 三浦にとっての生きがいは三世である。だから生きがいがいなければ生きようと思えない、生きがいから嫌われてしまえば死にたいがまた湧き出てくる。

 思春期の心は不安定で、壊れやすく、脆い。


 三世は知っている。

 全てとは言わないまでも、一人の辛さを身に染みて経験したから。


「僕だって弱い。君が隣にいなければ寂しくて泣いちゃうくらいに脆弱な心しかない」


 一人オブジェの中に囚われていたからこそ深く知ったことがある。


「ーー僕には三浦が必要なんだ」


 お互いに痛みを分かち合い、生きようと誓い合った仲だ。

 毒の海に溺れる中で、生きていこうと抗った仲だ。


「僕らは弱い。自分よりも強い相手をたくさん見てきた」


 錬金術師の里で、二人は思い知った。

 ルビー、イシルディン、他にも大勢の人に出会い、強さに圧巻された。

 仲間に迷惑をかけ、四苦八苦させ、困らせてしまった。


「敵わないって状況に苛立ちばかり覚えた。越えられない壁を鬱陶しく思った。それでも、これからを生きて強くなっていこう。昔の自分に誇れるくらいに、未来の自分が笑えるように」


 三世は、三浦の手を握っている力を一段と強める。


「今はたくさん悩んで、苦しんで、精一杯足掻いていこう。大人になるまで、失敗も成功も積み重ねていこう。ーーだって僕らは思春期だ」


 二度とこの手は離さない、というかのように、握る手は幼いながらも強い意思を感じさせる。

 手と手が触れ合い温もりが生まれ、互いの心が繋がっている気さえする。

 呼応するように、三浦も握る力を強める。


「やっぱり君はカッコいいね。まるで主人公だよ」


 あの日、三世が自分を救ってくれた瞬間から世界は一変した。


「主人公……か。僕も、なれると良いな」


 主人公にはまだ遠い。

 自分はその器ではないことを自嘲し、能力不足な自分を嫌悪する。


 主人公、その言葉を聞いて三世が真っ先に思い浮かべたのは琉球だった。

 異世界に転移したあの日、圧倒的力の差がありながらも果敢に、勇猛にモンスターに挑んだ琉球の姿は誰が何と言おうと主人公だった。

 知らない世界で脅えることしかできなかった三世に対し、琉球は立ち向かった。

 琉球はーー彼はこの物語の主人公だ。


 三世の心を行き場のないモヤモヤが埋め尽くす。


 僕はなりたいーー主人公に。

 それでもその日はまだ来ない。



 ♤♤♤♤



 ネタバレ屋。

 そこに一人、帰りを待つ者がいた。

 手もとにはあるページが開かれた本が置かれ、書かれている内容を何度も見て、見間違いではないことに落胆する。


 またか、と彼女は呟き、帰ってきた彼らにこのことを伝えるべきではないと判断する。たった一人を除いては。


「世界はいつまでも君たちに地獄を見せようとする。終わることも、始まることも許されない」


 彼女は知っている。

 暦の目の前で死んでいった者たちのことを。その度に暦は魔女を憎み、討ち滅ぼす機会を望んだことを。

 これ以上悲しみを生まないために、苦しみに満ち溢れた運命と決別させるために、魔女は倒されなければいけない。


 自分が介入すればあらゆる問題は解決する。

 だが彼女はそれをしない。


「暦、今度こそ君は彼らを護り抜けると信じているよ。これは彼らの物語であると同時、君の物語でもあるのだから」


 物語の語り手のように、子供に童話を読み聞かせる母親のように、彼女は淡々と言葉を連ねていく。


「だから私は手を出さない。この程度も乗り越えられないようでは、いずれ来る終焉の先で生き抜く強さは手に入らない」


 もどかしさはある。

 じれったさもある。

 歪んだ道を右往左往し、戸惑い迷って苦しんで、終着点にはいつまでも辿り着かない。

 自分が介入してしまえば一瞬で解決するような苦悩を傍観し、失敗や後悔に苦しむ少年少女の成長を見守る。


「私は、一人ぼっちでここに待つ」


 答えを知りながら。

 結果を知りながら。

 全てを知りながら。


 彼女は手もとに開かれた本のページに目を向ける。

 そこに書かれたことを彼女は朗読する。


『ーー異世界で順調に強くなっていた"彼"は、死地に立たされる。そこで潜在能力が一段階覚醒した。それとともに、彼は無数のモンスターに襲われたことで命を落とす』


 予言は終わらない。


「これから始まる物語。今度こそ君は主人公になれるだろうか」


 これから物語が大きく激動することを感じ取っていた。

 今までの絶望を踏み越え、彼らならばこの物語の主人公に。


 やがて夜の帳が開かれる。

 列車が帰還する頃だ。

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