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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.1『錬金術師の里』編
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物語No.49『そろそろ決着』

 魔女は琉球と口づけをかわす。

 その行為は琉球への契約を意味する。

 魔女と三世が結んだように、魔女は琉球へ契約を刻む。刻まれれば最後、常に魔女の眼に追われる運命を辿る。


「あなたも三世と同じ苦しみを味わうのよ」


 魔女は未来を見据え、快感を覚える。

 だがすぐに快感は収まる。


「……どういうことかしら?」


 唇を通して伝わる感覚は柔らかい感触ではなかった。茎のような曖昧な硬さの物体に口が触れているような気味悪さ。

 においも不思議で、稲の香りがする。


 魔女は見ようとしていなかった。

 既に体力を失い、立つ気力もない琉球だからこそ油断した。未来にばかりに目を向けて、今を見ようとしていなかった。

 だから魔女は出し抜かれた。


 琉球だと思っていたそれは、稲でできた人形だった。

 その上、ルビーの姿も見当たらない。


「そういうことね」


 魔女は知っていた。すぐ側にあの狐が隠れていたことを。

 だが脅威には至らない、そう判断したからこそ魔女は狐を無視した。

 魔女は見ようとしなかった。


「やはりあの狐は厄介だったわね」


 真実に命令を下したことを正しかったと思いつつも、失敗したことに多少気分を乱される。

 アイスティーにお湯を入れられるような不快さを覚え、


「今回は退こうかしら。六十日まで決着をつける。そのためにライの能力は切り札になるのだから」


 魔女は錬金術師の里を去る。

 魔女はライの気配を辿り、転移する。



 ♤♤♤♤



 里では激しい戦いが起こっていた。

 盗賊団のメンバーが錬金ギルドを相手にしている。その上暦も盗賊団を捕まえようと交戦中。


 琉球を抱えるルビーの横で、稲荷は全力疾走していた。


「稲荷……生きていたんだね」


「当たり前なのだ。あんな奴らに殺されるわけないのだ」


 ルビーは稲荷の生存に安堵する。


 短剣を心臓に刺され死んだはず。

 無傷の稲荷を見れば、真実は目を見開いてそう言うだろう。


 稲荷には先見の明がある。

 真実の挙動や言動から、自分を殺そうとしていることを察した。それ故稲で自分の人形を作った。

 真実が突き刺したと思った心臓は、ただのトマトである。トマトに短剣が突き刺さっただけで、真実の短剣に付着していた赤い液体は血ではなかった。


「もし昼間に計画が実行されていればまずかったが、幸いなことに夜だった。シルエットだけで稲荷と判断した真実の敗北なのだ」


 稲荷は出し抜いた、と調子にのって騒いでいる。

 自分の策が見事成功したことがよほど嬉しかったのか、一目も憚らずはしゃいでいる。


「今は騒がない方がいい。ルビーが同行しているため、あなた方も仲間だと思われる」


「でも大丈夫なのだ。潜在能力で顔を変えているのだろ」


 ルビーの潜在能力は変身。

 顔や身体を変えることができる。しかし好きなように変身できるわけではなく、あくまでも見たことのある同性の人物に変身したり、骨格や顔の一部を少し変えることしかできない。


「ルビーの潜在能力は万能じゃない。今はできる限り声を殺して逃げるよ」


 稲荷たちはとにかく魔女と戦闘を行った場所から遠ざかることを目標にしていた。

 そしてもう一つ、目的がある。


「三世の居場所は仲間二人が見つけている。この双子結晶で場所も分かっている」


 仲間の行動を確認していた。

 それ故、イシルディンに捕まったことも知っている。

 仲間に抱く不安や焦りを表に出さないようにはしていても、無意識の内に行動に出てしまう。


「ルビー、少し速いのだ……。はあ、はぁ」


 足が動く動く。

 逸る気持ちが扇動する。


 異世界に来て出会った仲間の存在は、ルビーの不安を振り払ってくれる役割を持っていた。ルビーからすれば、いち速く戦場に向かいたい。

 しかし状況は最悪。真実との戦闘で疲弊し、走るだけに身体を使うことはできても、拳を振るうことは難しい。背負う琉球のことを考えると、密かに行動することしか許されない。


「それにしても、この琉球という少年は強かった。ルビーが敗れた相手に勝利したのだから」


「稲荷も驚いたのだ。しかしな、いつか英雄となる者ならばあの程度は倒せて当然なのだ」


 決して琉球を称賛はしない。

 ーー稲荷は知っている。

 故に琉球が壁を乗り越えることはなんらおかしなことではない。むしろ、英雄の器としては当然の行いである。


「それにしても、ただ探し物をしに来ただけだがこれほどの死地を巡るとは予想外なのだ」


「何をお探しで? ルビーであれば知っているかもしれない」


「転移魔法を封じる結晶がここ鉱山地帯にあるという噂を聞いたのだが、知らないか?」


 ルビーには心当たりがあった。かつて耳にしたある話が脳裏を駆け巡る。

 静寂への最大の配慮をするように、ゆっくりと口を開き、ある物語を口にする。


「ある夜、一匹の龍が鉱山地帯のどこかで死んだ。龍の血で埋め尽くされたその山は不気味にも真っ赤に染まってしまった。結果、その山には時折、龍の能力を受け継ぐ結晶が生まれ落ちるという」


「それがーー」


「稲荷が探す"転移封じの結晶"である可能性は高い」


「稲荷はそれが欲しいのだ」


 里に戦火が上がる最中、緊張感のない声が届く。


「ではルビーからあなたにプレゼントすることにしましょう」


 戸惑いのない瞳で語る稲荷に、月下の草原の静けさを連想させる声で応じる。

 ついでに三世の居場所が書かれた錬金術師の里の地図を渡した。


「一時間で戻ってくる。この少年は預けるよ」


「任せるのだ」


 自身の身長を優に越える琉球を背い、へっちゃらだと笑ってみせる。

 ルビーと話をするのも久しぶりで、お互いにもう少しだけゆっくりと話す時間が欲しいと願う思いを隠せない。

 だが今は時間がない。一刻の猶予も許されない戦場で、一言の邂逅さえも躊躇われる窮境で、お互い多くは語らない。


「じゃあ、またね」


 まだ話したいことが山ほどある。

 再会の間に、話のネタを無数に考えていた。

 思わず笑っちゃった話、度肝を抜かれた話、信じられないと思った話、恐怖で泣き叫びそうになった話……。

 数えればきりがないほど、会話に詰まらないようにネタを考えてきた。でも世界はゆっくりと会話をさせることも許さない。


「残酷な世界だ」


 振り返ることは許されない。

 仲間のもとへ一足速く向かいたい衝動を抑え、恩人への恩返しのための時間を駆け抜ける。


「身体強化、敏捷強化×2(ダブル)、暗視」


 最大限の速さで大地を疾走し、最短距離で真っ赤に染まる山を目指す。

 全てを追い越し、その先へ。

 圧巻の速さで駆け抜けるルビーを見送る稲荷。長い戦闘で疲弊し、眠っている琉球を抱え、地図が指し示す三世のもとへ向かう。


「月日を巡り、人は変わる。不変は存在しないーーって暦の奴は言ってたっけ」


 一歩一歩進み進み。

 自分の腕力を信じ、重い身体を前に前に進める進める。


「ならいつか、皆変わって稲荷の側には誰もいなくなっちゃうかもな。そんな変化を稲荷は受け入れて、最後には一人になるかもしれない。それでも、稲荷はお前らの側に居続けるぞ」


 言葉は誰に向けられたものでもなく、虚空に声が消えていく。

 いつか訪れるかもしれない未来に目を向けて、悪戯な寂しさを胸に抱く。

 訪れると決まったわけではない。


 だが彼らは冒険者だ。

 いつ死ぬかも分からない戦場で命を燃やして戦い、あらゆる理不尽的窮地に追い込まれる時は必ず訪れる。

 彼らが乗り越えられるかは、今の稲荷にも分からない。それでも稲荷は願っている。


「だから、お前らは強くなって稲荷を寂しい気持ちにさせるな」


 少しだけ、背中で琉球が動いた。

 聞かれていたかとも思ったが、寝息を立てていることから体勢を変えようとしただけだと考え、あえて指摘しなかった。



 ♤♤♤♤



 まるで世界に二人きりだけ取り残されたような静けさ。

 それでも触れ合うことはできず、声だけが思いを交わす唯一の手段である。


 壁がなければ良いのに。

 それでも壁は二人を分かつ。


 じれったさが心を躍動させ、相手に対する感情が膨れていく。

 出逢いこそ不安定だったけれど、今という人生があるのはその出逢いのおかげだ。

 一つ一つの行動が、今の未来へ進ませてくれた。


「もう学園を去ってからどれほどが経ったのかな」


 学園での僅かな思い出を懐古する。

 友達が多いわけではなかったし、全てが全て楽しいことばかりではなかった。それでも鮮烈な出逢いはあった。


「三世と同じクラスで良かったよ。少しでも運命が違っていたら、私は涙で押し潰されていた」


 事実、三世に出会うまでの三浦は死ぬことを望んでいた。友達を殺める寸前まで追い詰めた。苦しみは胸を圧迫し、全身が例えようもない気持ち悪さに襲われた。

 嫌だと叫んでも、死へ進もうとしても、自分の身体を支配していた"なにか"は死を許してはくれなかった。


 だが、三世がーー三浦にとっての主人公が世界を変えてくれた。


「そういえば、あの時僕に伝言を頼んだよね。あの相手はやっぱり……」


「二階堂しいな。同じクラスの子だよ」


 三浦の表情に陰りが見える。


「私が殺そうとした相手、でも間一髪で暦が護ってくれた私の唯一の友達」


 現実学園に来て初めての友達。二階堂しいながいなければ、学園生活はもっと寂しいものになっていた。


「しいなに謝らないといけない。早く学園に戻りたいな」


 伸ばした手で虚空を掴む。

 三浦はその時を待ち遠しく思うのに比例して、会うことへの恐怖も抱いていた。

 自分がした行いは消えない。罪は、過去は、いつまでも自分を見ている。背中にしがみつき、永遠に記憶の中へ現れる。


 これまでの日々は涙だらけだった。

 泣いて泣いて泣きじゃくって、前なんてもう見えなくなって。

 そこで歩んだ過ちは消えてはくれない。だからあの日の涙を鮮明に思い出し、月明かりに照らされながら涙を流した。


「必ず帰ろう。学園に」


「そうだね」


 過去との決別。

 過去との対峙。


 悩みに悩み、乗り越えても尚以前悩み続ける。

 狂った歯車に翻弄されながら、必死に前へ進もうと足掻く。



 ♤♤♤♤



 しばらくすれば三世がいる場所へたどり着く。

 数十分もかけても歩けた自分自身に驚きつつも、謎のオブジェの前で愛おしい恋人を思うような表情で座り込む三浦を発見する。

 三浦はすぐに稲荷の接近に気がつく。


「三浦、三世がここら辺にいると思うのだが、場所は知っているか?」


「このオブジェの中にいます」


「オブジェの中ぁ!?」


 嘘は言っていないような三浦の瞳を見て、尚更驚く。

 錬金術師の里、だからこその即席の牢屋。高く伸びる塔の天井だけが吹き抜けになっているが、無論鉄柵で移動不可能だ。

 硬さは相当なもので、壊せる術はこの場にはない。


 腕を組み、首を傾げて黙考する。しかし打開策が顔を覗かせることはなく、出口のない迷路にさ迷った行き詰まりを感じていた。

 これ以上先がないように思われ、思考さえ放棄したくなる無理難題を押しつけられた。


 これ以上思考しても答えは出ないと悟り、琉球をオブジェに背を倒して下ろし、自分もオブジェに寄りかかって座った。

 硬い金属に寄りかかっていたが、感触がひどく合わなかったのか、すぐに背を離す。

 顔だけ振り向き、オブジェに視線を向け、


「さて三世、そこから出る方法は思いついたか?」


「いいえ、何も……」


「然ればただ待つしかないな。稲荷たちが救われる瞬間が来るのを」


 だが稲荷の願望とは裏腹に世界は無慈悲に牙を向ける。

 稲荷たちが待機している場所へ足音が一つゆっくりと近づいている。足音の主は真っ直ぐに稲荷らの方へ向かっている。


「ねえ三浦、お前って強いよね」


「稲荷、琉球と一緒にオブジェの後ろに隠れて」


 三浦の指示通り、敵の視界に入る前にと急ぎ足でオブジェの後ろに姿を隠す。

 稲荷の先見の明は迫り来る正体を理解していた。


「どうしてもあなたは三世を逃がしてはくれないのかっ」


 三浦が吠える相手。

 全身から相変わらず金属を生やした、世界に退屈しているような気だるさの男。だが瞳は獲物を追いかける狩人のように真っ直ぐと向けられる。


「宝石盗賊団カーバンクル。お前らの動きは面倒なんだ。これ以上暴れられては色々狂う」


 逃しはしない。

 言葉に殺意が込められ、これ以上は面倒だと眼が苛立っている。

 全身を白い金属が薄く包み込む。


「これは固有の金属でね、硬度に関して言えば太刀打ちできないほどだと思うよ」


 三浦は血塗られた掌で琉球の剣を握り、イシルディンと向かい合う。戦闘になることは目に見えている。


「ところで後ろに隠れている二人も仲間で良いよね」


 稲荷は尻尾を魚籠つかせ、目をキョドらせながらそっと顔を出した。

 琉球を背負い、トコトコと足を踏み出してイシルディンの前に出る。ゆっくりとしゃがみ、琉球を壁に背をもたれ掛からせておろす。

 その時、オブジェの壁を小さな動作でノックする。


「…………っ?」


 三世にもイシルディンの声は聞こえている。現在危機的状況にあることは言わずとも理解できる。

 それでも稲荷のノックの意味が分からず、尋ねようか決めあぐねていた。


「琉球、ここで大人しくしておくんだ。といっても、先の戦いでずっと眠っているが」


 壁の向こうには琉球がいることを理解する。その上戦える状態でないことを示される。

 琉球と三浦であれば時間稼ぎの戦いはできたかもしれない。しかし三浦一人であれば苦境も苦境過ぎる。


 稲荷は尻尾からルビーから貰った銀製の剣を取り出し、琉球の側に突き刺した。

 その行動を、イシルディンは琉球が本当は起きていると暗示させるためのブラフだと見切る。


「戦えるのは一人だけか」


 ギクッ、とあからさまの動揺をする。

 図星をついたとイシルディンは笑みを浮かべ、取るに足らない相手だと判断する。


「じゃあまずは動けない二人から拘束しようか」


 イシルディンが地面に触れた瞬間、巨大な壁が三浦と琉球、稲荷の間に一瞬で生成された。十メートルは越える高さで、まず飛び越えることができない。

 二人を護るには回り込まなければいけないわけだが、それほどの時間があれば二人の拘束は容易にできる。


 三浦の思考はホワイトアウトする。

 三世を護れなかった後悔が再び襲いかかる。花嫁が着けるベールのように、脳は真っ白に染められる。

 策という策が思考の領域外へ逃亡し、半ば諦めていた。


(結局私は……護れないままだ。奪うことしかできないんだ……)


 思春期の心の変化は著しい。

 確立された自分がいなければ、基盤を失ったジェンガのように簡単に崩れ行く運命を辿る。


 ーーそれでも、彼は抗う。


「三世、剣はお前の前にある。壁を通じて感じろ」


 稲荷の声がイシルディンの壁を通じて三世に伝わる。


「ああ。この時を待っていた。ーー交代(バトンタッチ)


 イシルディンは琉球目掛けて一直線に進む。琉球は疲弊し、完全に眠っている。しばらく目覚めることはない。

 だが稲荷は期待している。


(何を期待している? 何を待っている? まるですぐそこに勝利があるような勝ち誇った笑みを浮かべて)


 根拠のない自信であると思いつつも、足が僅かに減速する。

 両手からイシルディン製の剣生成し、仕留めるため大きく一歩を踏み出したーー瞬間のこと、琉球が消えた。

 と同時、三世が現れた。


 突然のことに動揺し、動きが僅かに遅くなる。無論、獲物が隙を見せた一瞬を狩人は逃さない。

 目の前に突き刺さる剣を即座に掴み、前に一歩を踏み出した。


「砕けろ全部」


 銀の剣が三世の大振りとともに振るわれる。イシルディンの身体を砕くことはなかったものの、片足だけ接地しておらず、バランスが整っていなかった瞬間を狙われたこともあり、真後ろにアーチを描いて転がった。

 全身に傷はないとはいえ、押されれば吹き飛ばされる。


 だが、抵抗は時間稼ぎにしかならない。

 硬い金属で覆われたイシルディンの肉体へ傷を負わせることは敵わないのだから。


 三浦が駆けつけ、イシルディンを挟み込む状況が生まれる。イシルディンが動じる様子はなく、むしろ傷をつけてみろと棒立ちで突っ立ち、挑発的な態度を取っている。


「勝てないよ。素人じゃ」


 圧倒的強者の風情を漂わせるイシルディンに、三世と三浦は固唾を飲んで呼吸を乱す。

 イシルディンの両腕に生える鋭利な金属はいとも容易く身体を貫ける。


「来ないのならーー」


 イシルディンが三世へ一歩を踏み出す。

 恐怖が近づく。


「、と来たらそう来るよな」


 背後から疾走する三浦が剣を固く握り締め、イシルディンのすぐ側まで迫っていた。

 さすがの速さに驚きつつも、余裕の笑みだ。三浦は剣を振り下ろす瞬間を狙い、退路を断つ壁を周囲に生成する。


 振り下ろされた剣は硬い金属に阻まれ、激しい金属音とともに弾かれる。

 直後、間隙を喰らう狩人の一撃が三浦を狙う。後ろへ回避して逃げようにも壁が邪魔をし、選択肢を狭める。


「全ては無駄に終わる。宝石の美しさよりも金属の硬度が世界を統べる」


 イシルディンの右腕の刃が真っ直ぐに三浦の心臓を狙う。一歩動けば行き止まりの戦場で、生存方法は皆無。


 三世は疾走し、イシルディンを追う。

 息を飲む間さえない。瞬きさえ命取りになる。

 三浦を救いたくば、最善の選択を選べ。最適の行動をしろ。

 己の心に喝を入れ、叫ぶ。


交代(バトンタッチ)」 


「駄目だ」


 三浦の抵抗空しく、位置が入れ換わる。

 死神が隣人の極度に狭い空間で、三世は生への渇望を抱えた眼差しで立ち向かう。


「まだ抗うか。愚者よりも愚者らしい行動だ」


「愚者でも良い。馬鹿でも良い。今を生き残って、学園に帰るんだ」


 血が掌から溢れ出し、悲鳴を上げる。

 逃げ場のない世界に恐怖を抱きながら、剣を強く握り締める。イシルディンが真っ直ぐに突き進める右腕の刃に真っ向勝負を挑むように、剣を振りかぶる。


「真っ向勝負だイシルディン」


 互いの刃がぶつかり合う。

 イシルディンの腕の一振りと衝突するだけで身体が消滅する絶望に飲まれる。

 瞬間、弾ける銀片。三世が握る剣は砕け、刃は宙を舞う。

 イシルディンの刃は止まることなく、三世の心臓を狙う。


「三世……っ!?」


 三浦が止めにかかろうとするが、間に合わない。

 三世は自分の死を悟り、幕引きといわんばかりに目を閉じるーーわけもなく、目を見開いて口を開いて叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおおおお」


 武器もなく、戦う能力もない。

 だが最後の抵抗として叫び続けた。


 結果、イシルディンの刃は三世の心臓を貫いた。三世は意識を失い、たちまち絶命する。


「ーーって、それはないでしょ」


 三日月を描く蹴りがイシルディンの顔面を蹴り飛ばす。

 顔面は金属で防いでいたものの、蹴りの威力に身体を持っていかれ、後ろに身体を吹き飛ばす。


「おっとっと。ルビーの人質にケガ負わすなよ」


 赤い瞳、真っ赤な髪。

 間に合った、と安堵の笑みを浮かべ、ルビーはヒーローらしく現れた。

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