物語No.48『濃厚なキスを交わして』
炎に包まれた戦場で、琉球が対峙していた相手は強大過ぎた。
魔女エンリは負けることを想像もつかないほど自分の絶対的力を信じていた。
「琉球、あなたじゃ私には勝てないわよ」
ルビーを庇うようにして立つ琉球。
琉球は剣を強く握り締め、恐怖を振り払う。
「私が手を出すまでもなく、真実、あなたなら圧勝するでしょうね」
「はい、当然です」
真実は短剣を手の中で鮮やかに回転させる。武器の扱いに慣れているからか、美しい起動を描いている。
真実の戦闘を見ているからこそ分かる。自分の戦闘技術では真実を越えることはできないと。
圧倒的劣勢。
しかし琉球は笑ってみせる。
「窮地に一生も一勝も不可能だ。戦力差を埋めることは現状敵わない。だがなーー」
琉球の剣に地を燃やす炎が集まっていく。
業々と大地を焦がす炎が剣に集まり、灼熱が集約する。
「炎の戦場は俺の特権だ。何者も近づけない」
その場の炎全てが琉球が握り締める剣に集まっている。剣を構える琉球は灼熱の温度を間近に受けながら、あり熱さを感じていない様子だった。
琉球の潜在能力は熱さをも軽減する。だが潜在能力は発展途中であり、完全に熱を感じていないわけではない。
「本気で勝てると思っているのか?」
「俺が負けることは想像もつかない」
灼熱の剣を握り締め、勝利を信じて戦闘態勢に入る。
「では遠慮なく行かせてもらいますよ。死んでも恨まないでくださいね」
「俺の台詞を奪いやがって」
真実が足を踏み出したと同時、琉球も前に踏み出していた。お互いが負けることなど思考になく、ただ全力でぶつかり合う。
琉球が振り下ろした灼熱の剣と真実の短剣が衝突し、激しい火花が散る。
琉球が全力で振るうのに対し、真実は半分程度の力で受け止めていた。
(手を抜いている……わけじゃない。力を抜いて、余力で次なる攻撃を仕掛けようとしているんだろ)
真実の力が僅かに弱まった瞬間、後方に飛ぶ。直後、真実の蹴りが横薙ぎに炸裂する。
あと一秒でも遅れていれば直撃していた。
刹那の隙も許さない戦場の緊張感に飲まれていく。
「かわすか」
「バレバレだっつーのっ」
態勢を低くし、下から上に剣を振り上げる。真実は短剣で軽々と受け止める。
足を一歩踏み出し、力を入れるが、真実を一歩も動かすことはできない。
火炎を纏う剣が間近に迫ったとしても、真実の体は火傷を負うことはない。
対属性魔法により火への耐性を強化する。完全な耐性を獲得するほどの魔法は使えないが、火が触れていなければ熱を感じる程度で済む。
「あなたの刃は私には届きませんよ」
筋力が違う。
その上真実はまだ身体強化魔法や感覚鋭敏化魔法も残している。この時点で遅れをとっている時点で琉球の勝利は絶望的である。
しかし琉球の目から勝機は消えていない。
琉球は果敢に攻撃を仕掛ける。
動きも遅く、威力もない。その程度の攻撃は真実にとっては虫のざわめきと同等である。
焼けた草を土と一緒に引っこ抜き、真実の顔に投げて目眩ましとしての効果を発揮させるつもりだった。
だが短剣を振るうだけで草や土は吹き飛んだ。
工夫を凝らしても能力の差で全て跳ね返される。勝機はまだ遠い。
「これほどの差は埋まらない。あなたがどれだけ知恵を搾ろうとも、終わりは必ずやって来ます」
「ああ、そうだな」
「観念したということですか」
「ああ、観念したさ。心静かに状況を観察して、対策を深く考えたさ」
「ん?」
諦める様子は少しも見られない。
むしろ、勝機がすぐ側に迫った表情だ。
魔女は真実の背後で不敵に微笑む。
空中に座るように浮かび、琉球が勝利することなど思考には存在していない。
勝率は皆無、だから嘲笑う。
「あなたじゃ何もできないわよ」
「ーーこれ以上俺の友達を泣かすなよ」
友達が苦しんでいる。
だから、声を張り上げ、戦場の中でも勇猛果敢に突っ走る。
「知ってるか? 主人公には主人公補正ってものがあるんだよ」
琉球は真実に向かって一直線に駆ける。
完全に愚策である。
だが琉球はこの一手に勝利を確信していた。灼熱が暴れる剣を握り締め、走る。真実の間合いの僅かに外で膝を曲げ、何を思ったのか、高く飛び跳ねる。
「最後は哀れに死にたいようですね」
真実は剣を受け流した上で心臓を一突きしようと構えていた。
空中で思い通りに動くことは敵わず、攻撃の軌道は素人相手でもバレバレだ。
無論、策もなにもなければ真実の思い通りにエンドロールを迎えることになる。
「さよならです。脇役A」
「この物語の主人公は俺だああああああ」
琉球は渾身の力で剣を振り下ろす。当然真実は剣を振り下ろす動作を完全に見切り、短剣を斜に構える。
真実は勝利を確信する。
それは剣が短剣に触れる前なでの話。
剣が真実の短剣に触れるーー刹那、剣に纏われていた火炎が激しく震える。
勝利の笑みを浮かべる琉球の顔を凝視し、真実は悟った。
剣に束縛されていた火炎は一同に溢れ、噴火のような勢いで暴発した。回避不能の火炎は一瞬で真実を飲み込む。全ては真っ赤に染まり、大地を紅蓮に焦がす巨大なクレーターができるほどの威力。
爆風に吹き飛ばされ、琉球の体は宙を舞う。遥か高みからの落下に死を感じつつも、偶然にも積もっていた稲の山に落ちたことで生き残った。
「これはとんでもない威力だったな……っ!」
思いもよらない攻撃力に全身の穴が開くほどのスリルに襲われる。
荒い呼吸で肩を揺らし、強大な一撃を放った場所へ視線を向ける。
黒焦げた大地、そこに全身黒焦げになった人の姿がある。真実と思われるその人物はまだ意識はあるようだったが、立っていられず地面に倒れ込む。
琉球は勝ったのだ。
真実に勝利したことをに対して魔女は拍手をしながら歩み寄る。
「あの刹那に潜在能力を解除し、炎を放った。結果、お前は勝利したわけね」
炎を纏う潜在能力が発動している間のみ炎は剣にとどまり続ける。だが潜在能力を解いてしまえば炎は剣の側を維持できなくなるため、周囲に飛散する。
それ故、真実を倒すに至ったというわけだ。
「でも残念なのはそれが偶然だったということ。あなた、あの時潜在能力を解くつもりはなかったでしょう。その思考が存在していれば私はあなたの前に立ち塞がったのに。おかげで私の駒が一つ減ってしまったわ」
魔女は相手の心の声さえも視覚情報として認識できる。だからこそ真実を討てる策であったとしても、魔女が対処できた。
だがその能力さえも機能しない偶然により、真実を倒すことができた。
「気が抜けただけか、あの一瞬で策を思いついたか、どちらにしろ倒されたという結果は変わらないわね」
あの一瞬、琉球の体力は限界を迎えていた。一瞬でも気を抜けば潜在能力が解けてしまう瀬戸際にあった。
いつまでもその状況で耐えられず、なにか起これと奇跡を願った一撃を放つ瞬間に気がぬけ、潜在能力が解けてしまった。
そこまで追い詰められても尚戦い続けたからこそ、偶然の勝利が発生した。
「厄介よね。偶然はいつどうやって起こるのか分からないのよ」
勝ったとはいえ、体力はほとんど残っていない。
二十分を越える戦闘で全身の筋肉が悲鳴をあげ、爆炎が放たれた反動で右肩が外れている。
まともに戦えるわけがない。
「琉球、あなたには死んでもらうことにするわ。あの子たちが泣き喚く姿を想像するだけで、」
魔女は全身を火照らせ、興奮に満ちた笑みを琉球に近づけて呟く。
「ーー✕✕✕✕しちゃう」
突然のことで、何が起こったのか分からなかった。
不意の行為。快感が体を襲う。
求めるように、愛するようにーー
「ーーーーっ!?」
前触れもなく、琉球の唇は魔女によって奪われた。
そして魔女は狂喜に呟く。
「はい、契約成立」
琉球の手の甲に黒い紋章が刻まれる。
混沌は極まっていく。