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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.1『錬金術師の里』編
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物語No.47『混沌極まる』

 ーー同時刻

 錬金術師の里には仮面をつけ、全身タイツらしきものを着た五人の集団が襲来していた。

 錬金ギルドはその集団を見つけるなり、こう叫ぶ。


「カーバンクルが現れた」


 その声を聞き、真実が予約した宿屋で宿泊していた暦、愛六、三浦の三人は武器を構えて外に駆け出す。


 里は混乱状態。

 夜の里を戦禍が包み込む。

 盗賊団のメンバーが錬金ギルドの錬金術師と激しい戦いを繰り広げている。


「こんな状況になってるのに、琉球と稲荷はどこで何をやってんのよ」


 愛六は二人がいない状況にずっと気まずさを感じていた。

 故に小さな憤りがぷくぷくと湧き始める。


「盗賊団のメンバーと交戦中かもしれない。とにかく盗賊団を一人でも捕まえて、三世が仲間じゃないということを証明しないといけない」


 暦は、常人では追いきれない速度で空を飛び交う盗賊を目で追っている。

 エサを追う鷹のような鋭さを放つ。


「愛六、三浦、ボクらも盗賊団と戦闘を始める。遅れずについてこい」


「「はいっ」」


 暦は一人に狙いを定め、その者の後を追いかける。建物の屋根へ次々に飛ぶ変則さにより、錬金術師は未だ捕らえるに至っていない。

 暦は地上を走って追いかけるが、曲がり角や遮蔽物によってどうしても遅れをとってしまう。

 カーバンクルと同じように屋上づたいに追えればいいが、愛六と三浦はついてこれない。


 暦が何に悩んでいるのかを察したのか、三浦は呟く。


「暦さん、私たちは置いてカーバンクルを追って」


「…………」


 暦は悩む。

 もしイシルディンら錬金ギルドが三世だけでなく、三浦や愛六らもカーバンクルの一員だと判断すれば拘束してくる。

 可能性はわずかにでもある限り、目を離すわけにはいかない。


「三世の無実を証明すればそれで終わりでしょ。だから追って」


 暦は決断する。


「分かった。三浦、愛六は任せたよ」


「はい」


 愛六を三浦に託し、暦は建物の屋上に飛び乗る。標的を見つけるやいなや、暴風のように走り抜ける。


「早速私たちも……」


 三浦は途中で声を押し殺し、微かに聞こえた会話に耳を傾ける。

 偶然側にいた誰かに話を聞かれないためになのか、ひそひそ声での会話だ。


「例の少年を発見した」


 三浦の脳裏に浮かぶのはたった一人。

 まさか、と思ったが、居場所が分かるかもしれないと予感していた。


「ねえねえ、帰ろうよぉぉ!?」


 声を出した愛六の口を瞬時に塞ぐ。

 即座に会話が終わっていないかどうか、聴力に意識を傾ける。


「ルビー団長の行方はアメジストさんが探してくれている。俺たちはあの少年の救出を優先する」


 三浦は声がする方へ忍び足で向かい、建物の陰に隠れて覗き見る。

 盗賊団の衣装と思われる格好に身を包んだ者が二人発見できる。


 この好機を逃しはしないと、三浦は追うことを決意する。

 まだ状況を理解していない愛六へ、三浦は極力小さな声で話しかける。


「私はこれからあの人たちの後を追う」


「私は?」


「宿屋に戻って」


「三浦ちゃんは何をするつもりなの?」


「三世の居場所が分かるかもしれない。私は今度こそ三世を救ってみせる」


 三浦は救えなかったことを後悔している。


「でも、カーバンクルを捕まれば解決でしょ」


「私の予想では、解決しないと思う。カーバンクルの人たちが仲間じゃないと言っても、庇おうとしていると思われるかもしれない。逆に仲間といって道連れにするかもしれない」


「……そう、なのかな」


「私は救うんだ。だから、行くよ」


 愛六は止めるべきだと思った。だが、自分がまちがっているのかもしれないと僅かな疑念を抱いた瞬間、言葉を飲み込んだ。

 三浦が歩み足を止めることはできなかった。

 武器を持たずとも、三浦は戦場の中を真っ直ぐに突っ走っていく。


(ねえ、私は追いかけるべきなの?)


 愛六は問いかける。

 だが、その足は自然と宿屋へ向かっている。

 戦場から逃げるように、恐怖から目を逸らすように、背中を向けて歩き出した。


 三浦は振り返らず、走り始めた二人の盗賊を追いかける。

 存在を隠すためか、屋上ではなく地上を恐る恐る走っている。

 他の団員が陽動を務め、その隙に二人が少年を救出する算段なのだと三浦は推理する。


 気を抜けば置いていかれる速度。

 三浦は一瞬のまばたきもせず、死に物狂いで二人を追いかける。筋肉が悲鳴をあげ、死にそうなほど心臓が乱れても、足を無理矢理に動かした。

 気付けば十分も走っていた。ようやく目的地についたのか、二人は足を止める。三浦も即座に足を止め、近くの建物の陰に隠れる。


 二人は里の中心部から遠く離れた場所に来ていた。目の前には濁った白の金属で造られた長方形のオブジェがある。

 横は十メートル、縦は三十メートルほどの高さがあるオブジェ。

 窓もなく、扉もない。


「イシルディンの檻だね」


 荒い呼吸が止まらぬ中、会話を聞き取ることに集中する。


「だがどうする? さすがにイシルディン級の金属は壊せない。多分この中にあの少年がいるはずだけど」


 三世がそこにいる。

 そう思うだけで三浦は走り出そうとした。だがグッと堪え、会話を聞くことだけに意識を向ける。


「転移でもできればいいが……」

「錬金術でこじ開けられない?」

「対錬金術式が組み込まれている。俺たち程度の錬金術じゃ木の皮をめくるようなものだ」


 二人は白いオブジェの前で立ち尽くす。

 二人の声だけに意識を向けていたため、三浦は気付かなかった。


「カーバンクルのメンバーが助けに来ちゃったか。これではあの少年が盗賊団であることは確定になるな」


 全身から微妙に金属を生やした、長年家に籠っていたようなだらしなさの男が微笑みながら現れる。

 直後、逃げようとした盗賊二人の背後から兎耳の女性が現れ、強靭な蹴りの一撃で気絶させた。


「これで証明された。あの少年は永遠に檻の中ですね」


「出すの面倒だから良かった」


「この二人はどうしますか?」


「他の団員を誘き出すために使うよ。持ってきて」


「了解」


 兎耳の女性は二人を引きずり、里の中心へ向かうイシルディンの背中を追う。

 三世を助けるには絶好の機会。

 三浦はオブジェの前に立つも、壊す術を持っていない。武器は失っている。


 またなにもできない。

 あの日の恩返しをしたいとずっと願っていた。


「今返すんだ。ここで三世を救うんだよ」


 三浦は歯を食いしばり、拳を強く握り締め、腕を振り上げる。


「……救うんだ」


 イシルディン級金属に衝撃が何度も加わる。その度に血がオブジェに付着する。


「……救うんだ」


 拳を振り上げ、金属目掛けて振り下ろす。

 拳を通して激痛が伝播する。赤く腫れ、血が流れる。

 無論、金属にへこみも傷もつくことはない。


「私が、救うんだよ」


 三浦は死に物狂いで拳を振るう。激痛に身を包みながら、それでも一途に壊そうとした。

 でも、思いだけでは目の前の壁を越えることはできない。

 とうとう力尽き、オブジェの前でぐったりと倒れ込んだ。


「……っ? 三浦?」


 オブジェの向こう側から声が聞こえる。

 聞き間違えるはずがない。三世の声だ。

 力尽きたはずの三浦だったが、不思議と力が湧いてくる。


「三世、聞こえる?」


「聞こえてるよ」


「ごめん。私がもっと強ければ救えてた」


「僕が強ければ君を心配させることはなかったのにな。僕はほら、弱いから、君が謝らないで」


「でも、私は三世に返さないといけない。あの時救ってくれたから私は生きる理由を見つけたんだ。恩を返すべきなんだ」


 長い憂鬱に陥っていた三浦にとって、三世は何よりも輝く宝石だった。

 失いたくない気持ちがなによりも膨れ上がっている。


 弾むような、泣いているような、自分を哀れんでいるような声が静かな空間に反響する。

 閉ざされた部屋に響く三浦の声を聞き、三世は背中を三浦がいるであろう壁に背をつける。


「しょうがないよ。こればかりは僕が強くならなきゃ解決しないから」


 三世は諦めていた。

 異世界に来てから数ヶ月。これまでずっと足を引っ張ってきた。

 自分勝手に感情を爆発させて、相手の気持ちも考えないで、後戻りしようとしないで、振り返ろうともしないで、逃げて逃げて逃げ続けて。


 死と隣り合わせの異世界で、自分だけはいつも楽観的だった。

 どうせ暦さんが、琉球が、三浦が護ってくれると信じていた。

 だから弱いままでいた。強くなろうとしなかった。


 臆病で、怠慢ばかりで、構えをとっているだけ。


「外では何が起こってるの?」


「錬金ギルドとカーバンクルが戦ってる。暦もカーバンクル退治に協力している」


「そう……」


 三世の返事は悲しみで溢れていた。


「ねえ、カーバンクルって悪者なのかな?」


「宝石泥棒は掟に逆らう行為だろうし、ここではそれは悪と呼ぶ」


 宝石盗賊団カーバンクル。

 颯爽と現れ、宝石を奪っていく盗賊集団。

 錬金ギルドが指名手配し、錬金術師の里へ出発する前に暦が引き受けたクエストの内容だ。


 今になって思い出し、後悔する。


(もっと早く気付いていれば、何か変わっただろうか)


 悲しみで満ちた心に落ちる一滴の雫。


「もう少しだけ、君と話をしていたい」


「良いよ。私も同じ気持ちだったから」


 二人は壁一枚を挟み、背中を重ね合う。

 お互いの気持ちをなぞるように、二人は言葉を紡ぎ合う。

 手を繋ぎたい思いだけが交錯し、お互いの体を重ね合わせることはできない。


「私は君とキスがしたい」


「ああ、僕もだ」

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