表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.1『錬金術師の里』編
47/105

物語No.45『その時は来ない』

 ルビーは徐々に暗くなっていく空を見上げながら、深海にいるような息苦しさを感じていた。

 地べたを転がるような感覚、視界がねじ曲がるような気持ち悪さが体を襲う。


 ルビーは幾つもの偽りを持っている。

 ある時は、カーバンクル盗賊団として宝石を華麗に盗み、颯爽と去る。

 ある時は、里の人々が困っているのなら問答無用で手を貸すお助けヒーローとして現れる。


「ルビーには、本当の自分がない」


 ルビーは気付いた。

 だが気付いたという事象が起ころうとも、全身を右往左往する感情を収めることはできない。


 自分は偽りだらけだ。

 今まで本当の自分を演じたことがあっただろうか。少なくとも、あの日までの自分は本物と呼べるものだっただろう。

 だが今のルビーは誰なのだろう。罪を負い、強さを身につけ、盗みに勤しむ。


 ルビーは自分を見失っていた。

 今まで自分を見失っていたことに、今気付いた。


「これから、どこへ向かえば良いのだろう」


 あの日の約束も果たせないまま、ルビーは終わってしまうのですか。


 言わなければ傷つかない。

 でも、言わなきゃ伝わらない。


 ルビーが言わなくちゃいけないんだ。

 それでも、恐怖が先行して、ルビーは気持ちを伝えることができないんだ。


 あの日の自分はもういない。

 あの日のことを思い出しては、今のルビーがちらついて、終点のない列車に乗っている人生を歩んでいるようで、それが気がかりで……。

 時折外の景色を眺めては、座席に腰掛け、夢を見る。いつも同じ夢を見る。

 ルビーはあの日、君と約束をしたんだ。

 一人の狐と約束をした。


「あれから何年が経っただろうか」


 もう何年も前の約束を、忘れてもおかしくない子供の約束を、どうして大切そうに覚えている。

 ルビーがどれだけ変わろうとも、きっと分かってしまうんだろう。

 だから、きっと……言わなくても伝わっている。


「ーーなんて、逃げだ」


 逃げて逃げて逃げて、ルビーはいつだって逃げ続けて。

 これで良いなんて、誰が納得するんだ。

 伝えないまま終わって、偽りのまま会わないで、自分の思いも言葉にしないで。


 あの日の狐は言った。

 ーー世の中には、言葉を交わさなくても伝わることはたくさんある

 でも、言葉に出せば必ず伝わる。

 思いを述べず、言葉にせずに、どうしてルビーは逃げることが許される。


 宝石を盗む時だって、宝石を掴みもせず逃げることはしない。

 最後まで戦って、手を伸ばして、足を動かして、前に進む。

 そうやって、抗うんだ。


「だから、選ばなきゃ」


 そうだ。ルビーは会えないんじゃなく、会えなくなる理由を探していた。

 会えないんじゃなく、会わないんだ。


 でも会おう。



 ルビーは振り返り、またあの高台へ戻ろうと決めた。

 ……はずなのに、


 高台を見て、ルビーの全身に寒気が走る。


「まさかまさかまさかまさか……」


 一目散に走る。

 木々の中を疾走し、風よりも速く駆け抜ける。

 十メートルの壁も易々と越え、今すぐに、とあの高台へ走る。


 だが着いた時には……、

 灼熱の炎が高台を焦がし、激しい黒煙を上げていた。

 消火するには遅すぎるほど、火の手は高台全体を包み込んでいる。

 燃える草原に同化しているが、黒焦げた人のような何かが転がっているのが遠くから見える。


「……なんっ、で……!?」


 燃える草木に全身を焦がされ、それが誰なのかさえ分からないほど原型は失われている。

 だがあの時間、高台にいたのはたった一人。


 目を凝らしてよく見ると、黒煙に紛れて動く人影があった。

 一瞬、歓喜の声を漏らしそうになった自分が嫌になる。だってその人物は、黒焦げになった遺体を踏みつけ、左手には松明を、左手には血染めの短剣を握りしめているのだから。


 殺意が木霊する。

 感情が爆発し、自分の制御が効かないほどに膨れ上がる。

 気付けば足が勝手に動いていた。武器を持つ相手目掛け、一直線に突っ走る。


「お前は……、お前は誰だああああ」


 感情的になり、動きに変則さがない。

 ただ一直線に向かってくるルビーを、女性は赤子をあやすかのような笑みでかわし、直後、短剣をルビーの腹に突き刺した。

 短剣は深々と突き刺さるーー寸前で側面から蹴られ、砕ける。

 化け物のような蹴りの威力が短剣を持つ女性の腕にも走り、全身が硬直する。間髪入れず、怪物のような狂気の表情で回転蹴りを頭部にくらわす。

 だがその一撃も女性は片腕で防いでみせた。


「いい蹴りですが工夫が足りませんね。正面突破では私の筋力には(かな)いません」


 丁重な口調で戦闘を行う女性。

 ルビーは何度も全力の少し先の威力で攻撃を仕掛けるが、赤子のおしめを変えるようにあしらわれる。

 灼熱の大地の上で、呼吸も息苦しい中、刹那の油断も許されない。


「あなたは何故私に果敢に戦いを挑むのですか?」


「お前が、殺したんだろっ!」


 怒りを乗せた蹴りを相手に与える。

 だが女性は振るった足を掴み、そのままルビーを地面に押し倒す。


「あの狐耳の少女のことですか?」


「そうだっ。どうして殺したっ!」


「使命だからです」


「なんで、なんでなんでなんで……なんでええええええええええ」


 ルビーは張り裂ける声で叫びながら、感情を暴れさせる。

 怪物のように暴れても、女性には一撃も与えられない。


 ただ悔しかった。

 大切な人を殺され、その仇を討つこともできず、逆に遊ばれている。

 起き上がる気力は体のどこにも残っておらず、地べたに横たわって恥辱にまみれるだけ。

 燃える大地に体を焦がし、心までも溶けていく。


「ああ……ルビーは、ここで死んでしまう」


 炎に揺れる金髪を薄目で見つめる。

 胸もとに付いた五つの星を見て、これから自分も星になるのだと考える。


 良いかもしれない。

 護れなかったんだ。向き合おうとしなかったから。

 これはルビーへの罰なんだ。


 女性は砕けた短剣に触れる。バラバラになったはずの短剣は修復され、元の形状を復活させる。

 切れ味は元通り。人間の首を簡単に切断できる。


「錬金術……っ」


「これであなたの首を切断されてしまうでしょう。お別れが来てしまいますね」


 女性は一歩ずつルビーのもとに歩み寄る。ステップを踏むように近づき、それと同時に死も迫る。

 歩みが止まる。処刑台の設置が完了したらしい。


「ああ……終わる」


 風を切る音とともに周囲が紅色に染まる。

 やがて意識は薄れゆき、静かに目を閉じた。





 ーーそして思い出す。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ