物語No.43『弾ける感情』
森を抜けて少し歩けば、錬金術師の里がある。
そこへ暦、琉球、愛六、三浦、稲荷、真実の六名が訪れていた。
だが、そこを見て全員が唖然とする。
「里……? そんなものどこにあるのよっ」
愛六の叫びが朝空に響く。
同様に、三浦や琉球も混乱していた。
錬金術師の里、と真実に案内されて向かった場所にあったのは鉱物でできたような巨大な崖。
呆然とする愛六へ、真実は当然かのように言う。
「ありますよ。この崖の上に」
「いや……崖の上って……」
愛六は言葉を見失った。
どう考えても普通じゃない。
「第一、この崖を錬金術師は皆登っているっていうの?」
「はい」
そんなことも分からないのですか、と言いたげな表情で真実は肯定する。
否定してほしかった。
ギルド本部にあった魔法式エレベーターのようなものがあるのかと期待した。
だが、見渡す限り何もない。見渡したところで便利道具が現れることもない。
「ここは、錬金術を使えれば誰でも登れます」
「どうやって登るのよ?」
「錬金術で地面を高く伸ばして崖の上まで届かせれば良いんです。この崖もそうやって造られた場所ですし。つまりここは錬金術師だけが侵入を許された領域、ということです」
愛六はギリギリ納得し、頷いた。
「じゃあ、どうやって登るの?」
「暦さんの槍で飛べば良いんじゃない?」
「いえ、そういうわけにもいきません。そもそも錬金術師の里へはギルドの許可を得た者しか入れないのです」
「じゃあ私たちなんのためにここへ来たの?」
「安心してください。私があなた方についていますから。私は錬金術を少しだけ心得ています。一人ずつではありますが、崖の上にーー」
唐突に、真実は頭を抑える。
まるで脳裏に浮かぶ言葉に耳を傾けるようだった。
暦は真実が頭を抑えるのに気付き、どうした、と声をかける。
真実の視線は暦、ではなく背後にある森の方へと向けられた。
「何か来るのか」
暦は槍を手に出現させ、警戒する。
木の葉がかさかさと揺れている。
「誰かいる」
「あれは……今から来るのは……」
真実は目を凝らす。
魔女が脳裏に呟いた事象が正しければ、愛六や琉球がどのような行動を起こすか分からない。
特に、あの少年のことで揉めていた三浦は暴走するに違いない。
徐々に近づく気配。
森の中から姿を現したのは一人や二人ではない。
先頭に立つ、体から金属的なものを生やしている男。その後ろにはクリスタルのように輝くスーツに似た服装と首輪ーー錬金ギルドの制服ーーを身につけた一団がいる。
そして三浦の視線は一点に釘付けになる。
兎耳を生やした女性がある少年の両腕を手錠で拘束し、連行していた。
真実はすぐに三浦へ視線を向けるが、既に三浦は叫びながら走り出していた。
「三世えええええええ」
爪が食い込むほどの勢いで長剣を握り締め、この上ない殺意を持って兎耳の女性へ飛びかかる。
三浦の剣が手錠を切断するように振るわれる。
だが次の瞬間、剣は砕けた。
側面から衝撃を受けた剣は原型を保つことができず崩壊し、バラバラになって宙を舞う。
「やっぱこの制服は最高だ」
兎耳の女性の袖は形状を変え、槍のような形状へ変貌していく。その袖が三浦の剣を粉々に砕いた。
「柔らかくも硬くもするのも錬金術師次第ってか。やっぱこの制服は私たちには最高の衣装だ」
剣が砕けた三浦。
それでも止まることはなく、手錠に手を伸ばす。
だが手錠に触れる寸前、頭部に鉄槌での一撃が走る。
地を転がる三浦。
三世は駆け寄ろうと暴れるが、兎耳の女性によって地面に押し倒されて身動きを封じられる。
「三浦……っ、三浦」
大声で三浦に呼び掛ける。
だが返事はなく、頭から血を流したまま倒れている。
「ねえ、」
赤い閃光が一直線に兎耳の女性へ放たれた。
咄嗟に制服全体を硬い鎧のように変化させるが、抵抗空しく硬化させた制服は砕け、脇腹をかすめる。
槍は反転し、暦の手もとへと戻る。
「ボクの仲間に手を出さないでくれるかな」
散歩をするように、暦は一歩一歩兎耳の女性のもとへ歩いていく。
暦は再び槍を握り締め、投擲の一つ前の段階で構える。
ここで静観を貫いていた、集団の先頭に立っていた男が暦と兎耳の女性の間に割り込む。
全身から金属を生やす不気味な男。
「僕はイシルディン。戦う前に、お互い誤解があると思うから話し合わない?」
「ボクらは君たちがくせ毛茶髪の少年を捕まえていることに腹を立てている」
「君らは知っているかな? 宝石盗賊団カーバンクルを」
「指名手配中の連中だったね」
「あの少年は奴らの仲間だったんだ。だから僕らはあの少年を拘束している」
全員が、嘘であると判断した。
しばらく抜けていた期間があるとはいえ、盗賊として活躍できるほどの技術を持ち合わせているはずがない。
当然暦は反論する。
「それこそ誤解ではないのかな?」
「あの少年は確かに盗賊団の連中と一緒にいた。団長のルビーに修行をつけてもらっている場面を僕らの仲間が目撃しているんだ」
「ルビーと知り合いというだけで、仲間とは限らない」
「それを尋問するために捕えたんだよ。結局、本人に聞かなければ分からない」
「盗賊団のメンバーは捕まえていないのか」
「この少年以外、という意味では一人も捕まえていない」
「逃がしたのかな」
「そういうことになるね」
静かな言い争い。
今にも一戦始まりそうな勢いだ。
両者相手の攻撃を警戒し、安易に距離を詰めることはしない。
このままではまずい。
そう判断した真実が口を開く。
「盗賊団を捕まえて情報を聞き出せば良い。そこでその少年が盗賊団の仲間か、そうでないかがはっきりと分かる」
真実は少ない情報から考えられる一案を提案する。
「このままだと戦うだけになりそうだしね。今回は真実、君の助言を聞き入れることにしよう」
暦は納得する。
「良いよ。ただし、本当にあの少年が仲間でないのなら、の話だ」
真実が着るギルド第三師団制服と胸元につく五つの星を見て、イシルディンも納得する。
「証明するさ。ボクらが必ず」
「では三世の連行を継続する」
兎耳の女性は三世の腕を掴み、崖下に集まるイシルディンらのもとへ進む。
三世は何か言いたいことがあったが、口にできなかった。
錬金ギルド全員が崖下に集まるなり、イシルディンは鉱物製の地面を強く踏みつけた。
直後、イシルディンらが立つ部分の地面だけが突き上がり、崖の上まで伸びていく。
愛六はその様子に感心していた。
「本当にああやって登るんだ」
百メートル以上の高さはある崖の上にあっという間に地面は伸びた。
ボーッと空を崖の上を眺める愛六の横で、稲荷が三浦の傷口を確認していた。
深い傷ではなく、生死に影響はない。
稲荷は尻尾から薬草を取り出し、手で握り潰し、薬草から抽出される緑色の液体を傷口にかける。
「三浦、大丈夫?」
「大丈夫……だけど三世がっ」
「三世は、盗賊団を捕まえられれば釈放できる」
「じゃあ、私が捕まえなきゃ」
三浦は傷口が痛みながらも、どこかへ走ろうとしていた。
稲荷は咄嗟に腕を掴む。
「大丈夫。暦ならすぐに捕まえちゃうから。今は安静にしているのだ」
「……うん。そうだね」
三浦は砕けた剣を眺める。
「私たちも里へ向かいましょう。私がいればあなた方も客人として迎え入れてくれるはずですから」
真実はそう言って、皆を崖下に促す。
イシルディンがやったように、真実も地面を伸ばして錬金術師の里へ足を踏み入れた。
全員が錬金術師の里を目撃する。
「これ……が、錬金術師の里……かよっ!?」
そこには驚くべき光景が広がっていた。
里には幾つもの建物があった。だがそれらは全て鉱石や金属など、貴重な物で造られていた。
また家の形状も独創的で、一目見たところで家屋と気づかないような建物が並んでいる。
宝石の里はキラキラと輝いている。
全てが高価な里だ。
皆里の美しさに見惚れていた。
「あなた方がここへ来た目的は採集のためでしたよね」
「はい」
「では錬金ギルドに許可をもらってきましょう。その間、あなた方は観光でもしていてください」
真実は錬金ギルドがある方へと去っていく。
残された暦らは顔を見合わせる。
「よしっ。案内ならば稲荷に任せるのだっ」
稲荷は挙手をして、暗い雰囲気を盛り上げようとしていた。
暦は少しだけ微笑する。
「そうだな。任せたよ、稲荷」
「えっへん」
稲荷は昔の記憶を呼び覚ましながら里を案内する。
その頃、錬金術師の里へ数人の影が忍び寄る。
ルビーを筆頭に、アメジスト、サファイア、オパール、パール、ガーネットの六人。
里へ接近するなり、透明化ポーションを飲むことによって姿を誰からも視認させない。
崖の下に固まり、アメジストが地面に触れる。するとアメジストらが踏んでいる地面の部分だけが高く伸びていく。
高さは崖の上にまで届き、錬金術師の里への侵入が成功する。
「三世奪還と行きますか」
「ま、誰かが三世をヘトヘトにさせたまま森に放っておいた結果ですから。ちゃんと反省してくださいね」
「取り戻せば万事解決。ちゃちゃっと救って帰ろうか」
宝石盗賊団カーバンクルが錬金術師の里に現れた。
だがそのことに、まだ誰も気づかない。