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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章3.1『錬金術師の里』編
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物語No.42『不意の周知』

 五月三十五日。

 早朝、暦ら一行は錬金術師の里付近の森で休息をとっていた。

 この森には不思議とモンスターが出現する様子はない。

 だが常に視線だけは感じていた。

 不思議な恐怖感を感じるこの場所で、口論にも似た話し合いを繰り広げていた。


「三世は今もどこかで必ず生きているんだっ」


 三浦は声を張り上げて訴える。


「稲荷の声がどこからも反響しないのだ。稲荷の声は生者にしか届かない。三世はもう死んでるのだ」


 稲荷は残酷にも三浦に告げる。

 だが三浦は納得できず、感情的に反論する。


「現実を受け入れるのだ。異世界はそういう場所だ。どれだけ強い冒険者であろうと死ぬことがおかしくない世界だ」


「でも……私は三世に救われたんだ。三世がいたから私は生きてる。ここまま恩返しもせずに、護れないのは嫌だ」


 大人しい三浦が感情を爆発させている。

 それを見た琉球は立ち上がり、三浦の側に歩み寄る。


「暦さん、本当に三世は死んでいるのでしょうか?」


「ボクも考えていたところさ」


「でも稲荷の声が返ってこない。名前を呼べば、生きている限りその者がいる方向から声が返ってくるはずなのに」


 稲荷には確かにその能力がある。


「例えば、何らかの力によって音に干渉されていたら……声が戻ってこないようにするのも可能ではないでしょうか」


 琉球はあくまでも一案を出す。

 愛六は、三世が生きている可能性を模索している琉球の姿をただ呆然と見ていた。

 話し合いには決して混じることはない。

 真実もまた、愛六と同じように静観を貫いている。意味ありげに周囲を見渡しながら。


「あり得なくはないな。他にも、魔法を使えば音が返ってこない説明をできる」


 暦は考えていたことを口に出す。


「じゃあ三世は生きている……んですよね」


「お前が尻込みしてどうする? 三浦にとって三世はかけがえのない存在なんだろ。だったら上を向いて、三世を探さなきゃだろ」


 琉球は不安で胸いっぱいの三浦を慰めるように、そっと背中を押す。


「だがそんなピンポイントの魔法を使えうためには、ボクらを常に監視していなければならない。そんなことができるのはーー」


 たった一人だ。

 この場にいた全員の脳裏に彼女の名が浮かぶ。


「魔女エンリ。彼女は今もボクらを見ている」


 暦の推論にアンサーを示すように、地面に文字が刻まれていく。

 この場にいる誰かが書いているのではない。

 魔法により、遠く離れた場所にいる彼女ーー魔女エンリによって地面に文字が刻まれている。


 琉球は書かれていく文字を目で追い、自然と口に出す。


「正解だ。私はいつでも君たちを見ている。君たちが私を殺す方法を見つけようとしても、私はそれさえも見ている」


 魔女は暗示する。

 本気で私を殺せると思っているのか、と。


 どこかで魔女は笑っている。

 力不足を自覚しない愚か者どもに、魔女は哀れみの心を抱いている。

 自分の絶対的な力を信じ込み、弱者はとことん見下す。

 故に魔女は笑みを崩さない。


 刻まれる文字を皆恐怖心を持って眺めている。


 最後に魔女は言葉を刻む。


「五月が終わるまでに決着をつけましょう」


 それを皮切りに、地面に文字が刻まれることはなかった。

 地面は静寂を保つ。


 誰も言葉を発することはない。

 沈黙の中、暦はゆっくりと口を開く。


「これで確信した。三世は生きている」


「魔女エンリは常に俺たちを見ているんですよね」


「そういうことになるな」


「意味はあるんですか?」


「あるさ。ボクらはそのために戦うことを選んだ」


 暦は魔女に監視されていると分かっていても、依然平静を保っている。

 感情に起伏は見られず、冷静さを崩すことはない。


「これから錬金術師の里へ向かう。もしかしたらそこに三世がいるかもしれない」


 暦は言う。

 だが周囲の反応は薄い。

 今この時も魔女に見られている。それを思うと誰もが不安で脅えている。


 魔女は強い。

 暦との戦闘では常に優位に立っていた。

 あらゆる魔法を使いこなし、第十区画での戦闘ではその強さを見せつけた。

 もし今襲いかかってくるとすれば、勝ち目は薄い。

 魔女は今にも攻めてくるかもしれない、その恐怖が心を震わしている。


 だが今は進むしかない。

 皆、不安なまま暦の後を追う。


 だが一人、真実だけは別だ。

 常に琉球や愛六の様子を気にしつつ、そのことを悟られないように振る舞う。

 まるで何かを企んでいる。

 懐にナイフを忍ばせたような振る舞いに、暦も気づき始めていた。


 暦の後を続く一行。

 真実は最後尾を歩きながら、脳に直接届けられる言葉に意識を傾ける。


「稲荷という子は厄介なのよね。あの子を生かしておけば今後に支障が出るわ。だからあなたに稲荷の暗殺をお願いしようかしら」


 真実は心の中で呟く。


「お任せください」


 真実には自我がない。

 既に自我は魔女によって奪われているのだから。

 だから真実は抗わない。従い続ける。


「稲荷、私はあなたを殺します」


 命令には逆らえない。そんな思考は存在しない。

 故に真実は動き出す。

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