物語No.41『密着!隣の盗賊団』
次の日、三世はルビーら盗賊団とともに山登りを始める。
錬金術師の里へ向かう道中、ルビーはある場所へ寄り道をしていた。
地形が乱れている山であろうとも、全力疾走で駆け抜けていた。
凹凸の激しい岩石の大地を疾走し、森の中でモンスターが地中から姿を現した瞬間に木々を足場にして空中を駆け上がり、道が途切れている場所は壁を踏みしめる。
圧倒的対応の早さ。
あらゆる局面で適切な行動を実行する。
歩いて二時間はかかる道を、僅か二十分足らずで走り抜けた。
「団長、どこへ行っていたんですか?」
「昨日予告を出したんだよっ。私のコレクションにもまだない最高の宝石を見つけたから」
「ってことは、お仕事ですか」
団員全員の目がキリッと変わる。
ルビーは振り返り、三世に視線を送る。
「三世、今日は錬金術師の里には着きそうにないけど良いかいっ?」
「分かりました」
三世は頷く。
だが気になっていることがあるため、勇気を出して口を開く。
「あのー、仕事って何ですか?」
「我ら盗賊の仕事と言えばたった一つ。ルビーたちはカーバンクル盗賊団だぜっ!」
三世はルビーがやろうとしていることにすぐに気がつく。
「僕はその間どうしていれば良いですか」
「ルビーたちの輝きをその眼に刻めっ」
ルビーは人差し指を真っ直ぐに向け、堂々と宣言する。
その時のルビーの目には、絶対的な自信が表れていた。
♤♤♤♤
ルビーら盗賊団は今、ある鉱山の周辺で様子を窺っていた。
山全体が赤い結晶で創られている。結晶は光をよく通すため、朝でも鉱山内は明るいが、不気味な雰囲気を漂わせている。
血を凍らせたような不気味な結晶は、用途もなく、収集者もいないため、価値はない。
だがしかし、ルビーは見つけた。
鉱山の最下層、そこにどんな宝石よりも真っ赤に輝き、尚且つ誰もが美しいと声を漏らしてしまう最高の宝石があった。
鉱山を形成する濁った赤みとは異なる、硝子のように透き通り、だがしかし深海のような深みもある。
一目見た時、ルビーの心は欲しいと叫んだ。
思えば行動は早い。
すぐに錬金ギルドへ予告を出し、この鉱山へ盗みを行うことを宣言した。
掟上、錬金ギルドが許可を出さなければ採集は認めない。だがルビーは錬金ギルドの許可を待たずして、盗みを行う。
ただ予告だけを出して。
高い木の上に立ち、錬金ギルド所属の錬金術師たちが警備している様子を眺めていた。
「今宵盗むのは深紅石。だがあの宝石がある鉱山は錬金ギルドが警備を固め、我々の侵入を拒んでいる」
「何で団長はいつも盗みに入ることを知らせるんですか?」
予告状を出してまで錬金ギルドを警戒させることに必要があるのかと、アメジストは首を傾げる。
ルビーは、愚問だね、と言って指をメトロノームのようにチクタクと動かした。
「予告出さないとコソコソし過ぎて姑息じゃん。姑息な盗賊御一行今日も人目を忍んでお仕事へ、なんて記事書かれたら不名誉すぎるだろっ」
「盗賊が世間体を気にする必要がありますか?」
「ルビーは盗賊ではない。怪盗だっ! だから鮮やかでいなければいけない」
その違いは明確にしたいのか、ルビーははっきりと宣言する。
「じゃあ今日も鮮やかに怪盗参上と行きますか」
アメジストは全身紫色のパッツパツの衣装に着替える。丁度体のラインとピッタリなため、前部についた長いチャックを閉じるのも一苦労。
木から降りた時、既にルビーも同じような服の赤色を身につけていた。
他の団員も皆同じ衣装の色違いを着用している。
「作戦決行時刻は五十時」
「いつも夜ですよね」
「真夜中から輝きを奪う、そんな怪盗がいたらカッコいいからね」
ルビーの瞳には少年の無邪気な憧れが映っている。
ーー憧れが側にいないのならば、自分が憧れになればいい。
ある者が教えてくれた、今でも忘れることのない言葉。
いつもその者のことを考えてしまう。
また会える日は来るだろうか。だがその時が来ても、その者はルビーには気づかない。
「警備の難易度は?」
「警備の数は三十名ほど。今回は錬金ギルドも盗むものの所在が分かっていないようで、バラバラに持ち場についているようです」
「いつもより警備が多いと思ったらそういうことか」
「はい。しかしもう一つ理由があると思います」
「予想外か?」
「はい。今まで錬金ギルドは我々盗賊団を重要視していなかった。だが今回の警備にはとんでもない錬金術師が対処に当たっているようです」
ルビーはバク転で木の上まで登り、太い枝に腰掛け、目的の鉱山へ視線を向けた。
望遠鏡で鉱山周辺を見ていると、頂上に立つ謎の男を発見した。
「……なるほど。そういうことか」
錬金ギルドは強さや功績によって階級分けがされている。
銅、銀、金、白金、超合金、その上に四大鉱帝が存在している。四大鉱帝はたった四人しかおらず、錬金術師の中でも上位に位置している。
「四大鉱帝イシルディン」
錬金術師は基本、触れた物質を変化させることができる。
上位の錬金術師になればなるほど、圧倒的高質量の物質の変化を可能とする。
四大鉱帝となれば、山の形さえも変えることができてしまう。鉱山へ侵入した時点でルビーは檻の中に進むようなものだ。
「団長、今日はやめときますか?」
「おいおい、ルビーが欲しい宝石を前にして引き下がるほどやわな子供だと思っているのかな」
「愚問でしたか」
「アメジストの辞書にも刻むと良いさ。ルビーの辞書には宝石しか載ってないんだっ」
「それがそれで使い勝手悪いですね」
「ただ一つのことを極め、誰よりも上へ。そしてルビー自身が憧れになる。これはまだ、ルビーの通過点だから」
普段はふざけているように見えるが、意外にも真剣だ。
浅い関係の三世に比べ、長い関係を積んできたアメジストはそれを理解しているようだった。
「皆、五十時に作戦を実行する。作戦はアメジストが作成した四十八の計画書に従え。今宵も、ルビーらカーバンクルを刻み込もう」
ルビーの自信に満ちた宣言が響く。
団員は皆気合いに満ちる。
錬金ギルドは予告の五十時まで、兵の配置は崩さない。
持ち場につかせたまま、一切動かすことはない。
警備兵は皆小さな結晶を手に持っている。
「あの結晶が気になるが、これほど距離があると候補が三つほどにしか絞れない。まさかあの結晶で追い詰められる……なんて展開は訪れないだろう、と願いたいところかな」
ルビーは結晶を望遠鏡で覗き、ずっと考えていた。
だが答えは一つに絞れないまま、五十時が訪れる。
朝日は眠り、夜が世界を闇雲に包み込む。
モンスターの鳴き声が聞こえてきそうな静寂の中、六人の怪盗が鉱山を眺めている。
全員顔半分を隠す仮面を被っている。
「今回は四大鉱帝、他にも超合金級の錬金術師もいる。誰一人気を抜くことは許されない。全力で行こうじゃないかっ!」
ルビーに鼓舞され、全員が作戦に挑む。
錬金ギルドもまた、カーバンクルの襲来に警戒を強める。
「全員、警戒。既に周囲に気配が六つ」
四大鉱帝イシルディンの声が結晶を通して全員に伝わる。
すぐにルビーは全員が持つ結晶を理解した。
「双子結晶か。離れていても結晶を通せば景色と音を共有できる。ルビーたちと同じ手を使っている」
カーバンクルもまた、双子結晶を通して連絡を取り合っている。
そのため、ルビーの考察が結晶を通して全員に伝えられる。
「結晶には警戒を怠るな」
ルビーは演技に没入していた。
崖を最速で下り、一番槍として鉱山へ突入を仕掛ける。
入り口には二人、錬金術師が待ち構えている。
ルビーが真っ直ぐに向かっているのに気付き、結晶に向かって叫ぶ。
「来ました。ルビーです」
報告後、すぐに両者は武器を構える。
一人は槍、一人は剣。
対してルビーは丸腰。
「挟んで捕える」
「了解」
二対一。
だがルビーは足を止めない。
「銅級二人じゃ相手にならない」
首にはめられた銅の首輪を見て、ルビーは笑ってみせる。
余裕と顔で表している。
錬金術師二人はルビーが来るのを待ち構える。
だがその動作さえ追いつかない一瞬、ルビーは錬金術師二人の間に立っていた。
「眠り蹴り」
驚く間もなく、ルビーの蹴りが二人の頭部を狙う。
ルビーの蹴りを受けた二人は、気絶するように眠っている。
続き、各所から鉱山へ潜入した他の団員も錬金ギルドの錬金術師相手に華麗な戦いを見せていた。
ルビーは目標への最短距離を進み、他の団員はそのための陽動やサポートを行う。
カーバンクルの戦闘を遠くから望遠鏡で見ていた三世は、心が熱を帯びていた。
自分もルビーらのように戦いたい。
強く、速く、カッコよく、異世界を駆け抜けたい。
次第に鉱山の中へと姿が消えていくが、三世がルビーから渡された望遠鏡は遮蔽物を透過して内部を覗き見ることができる。
怪盗にとっては最高のアイテム。
望遠鏡を肌身離さず掴んだまま、ルビーの動きを必死に追いかける。
「やはり敵が分散しているおかげか、楽々と進めるかっ」
と言いつつも、ルビーはずっと懸念していることがあった。
他の団員が頻繁に敵に遭遇しているのに対し、ルビーだけは通路に全く敵がいない。
(まるで誘き出されている)
分かってはいつつも、ルビーはあえて進む。
その先にはきっとーー
蛇のようにうねうねした長い道を抜け、三メートル下の浅く水が溜まる地面に着地する。
身体強化魔法によって鍛えられた肉体は着地の反動をかき消す。
謎に広い空間に透明な水がくるぶしまで流れている、真っ赤な部屋。
部屋の中央には全身から金属を生やす不気味な男が立っている。
「やはり待っていたか。四大鉱帝イシルディン」
「カーバンクル団長、ルビー。わざわざ僕が君と戦いに来たんだ。楽しもうよ」
雰囲気は暗めだが、表情は明るい。
色を失った宝石のような真っ白な髪からは白色の金属が生えている。
右目には常に白色の金属で覆い、眼帯のように隠している。
身体からは金属が生えているが、皮膚が金属にかわっているような不気味さもある。
「ちょっと強そうかも」
イシルディンを前にしながら、ルビーは周囲をキョロキョロと見回す。
「ここには僕以外誰もいない。他の錬金術師に加勢させる真似はしない」
「本当だったらありがたいな」
「いや、聞きたかったことは別にあるかな? どうしてここにあったはずの地下への通路がないのかと」
「せっかくシラを切ろうと試みたのに、君は意地悪いな」
ルビーは距離を保ったまま話を続ける。
裏では奇襲を仕掛けるタイミングを見計らう。
「ルビー、君はこれまで何度も盗みを続けていた。三桁は越えているだろう。このままでは我々錬金ギルドは舐められる」
「ルビーを捕まえられるのかいっ?」
「だから、僕が来たんだ」
イシルディンが足を踏み出すと同時、踏み出した足を起点として金属が山のように生えてくる。
向かう先はルビー。
ルビーは金属が肌に触れる寸前で回避した。もし動かなければ、山のように生える金属の中に捕らわれ、身動きを封じられていた。
「これほどの錬金術を易々と行えるか」
「だから、僕が来たんだ」
再び同じ錬金術が繰り出される。
ルビーは壁を走り、イシルディンの頭上まで駆ける。
直後、壁を足場にして垂直に落下する。
「垂直眠り蹴り」
振り下ろされた足は見事にイシルディンの頭部に直撃。
イシルディンはそのまま眠りに落ちるーーことはなかった。
「超高密度の絶対防御。僕の錬金術は僕自身を強化する。肉体から金属を生やせば、最高の鎧になるんだよね」
イシルディンの頭部は石英のような白い金属で覆われ、攻撃は通らない。
「足に眠りの魔法を付与し、蹴ることをトリガーにして相手を眠らせるオリジナル技。だが蹴りによってダメージを受けなければ眠ることはないってわけか」
たった一撃受けただけで、イシルディンはルビーの技の本質を見抜いた。
演技に没入していたルビーの呼吸が乱れる。
「盗賊ルビー、君の寿命もここまでだ」
イシルディンは両腕を金属で覆う。
両腕をぶつけ合わせ、金属音を響かせる。
イシルディンは呆然と立ち尽くすルビーの側まで歩み寄り、腕を振り上げる。
「もう戦う気も残っていないようだな」
「いいや、違うさ。ルビーは、諦めが悪いんだ」
ルビーの身体から煙が発生する。
ヤカンから吹き出る蒸気のような勢いに、イシルディンは思わず目を閉じる。
「無駄だ」
煙に乗じて逃げるつもりだろう。
そう判断したイシルディンの腕は振り下ろされる。だが腕は空振りし、代わりに足に痛みが走る。
「油断しすぎだよ。視界を塞がれたら防御に徹しないとじゃないかっ」
イシルディンは即座に全身を金属で覆おうとするが、体感速度が急激に遅いことに気がつく。
「体、おかしくなっただろ。スロウスネークの牙さ。効果はそれほど長くはないけど、宝石を盗んでここから立ち去るまでの時間は十分にある」
スロウスネーク。
星一上位のモンスターであり、脅威は小さい。
だがそのモンスターに噛まれれば動きは遅くなる。
「だけど、道を塞がれたんじゃ今回は諦めるしかないね」
ルビーはスローモーションで動くイシルディンに背を向ける。
双子結晶手に取り、指示する。
「全員退却。今日は宝石を盗めない」
全員が了解と返答を返し、各々退き始める。
スロウスネークの効果時間を鑑みて、自分も撤退を始める。
「さよならイシルディン」
「さすがは何年も僕らを翻弄する相手だ」
イシルディンは悔やむ様子はなく、むしろ感心していた。
油断していたとはいえ、敗北が確定するほどまで追い詰められた。
ルビーの強さへの素直な称賛だ。
「ふーん、なるほどね」
ルビーはイシルディンに思うことがあったが、先送りにした。
今優先すべきは鉱山からの退却。
ルビーは警備を相手にせず、撤退全振りの速さで鉱山を脱け出した。
既に他の団員は三世が待機していた場所に集まっていた。
ルビーは三世の前に立つなり、三世が激しく興奮していることに気づく。
「どうだルビーの盗賊団は?」
「カッコいい。僕もルビーさんみたいに強くなりたい」
少年の目を見て、ルビーは自分の過去を思い出していた。
好奇心に満ち溢れた少年の未来を見たい。
思い立ったら行動あるのみ。
ルビーは胸を張り上げ、師匠のような振る舞いで宣言する、
「ルビーが直々に技を伝授しようじゃないかっ」
三世は即座に頷いた。
そして、ルビーと三世の短い修行が始まった。