物語No.40『我らカーバンクル盗賊団』
「だ、誰ぇ?」
か弱い声が、森に響く。
女性は手足を震わせ、三世の登場に脅えている。
「ルビー団長、舐められちゃうよ」
「なめっ!? 舐められてたまるかっ」
ルビー、そう呼ばれた女性は頬をパンパンと両手で挟んで叩き、気持ちを入れ換える。
「ルビーたちの話を聞いてしまったんだろ。では、ルビーに服従するならば仲間にしてやろうではないかっ」
威張る。威張る。威張る。
胸を張り、堂々と宣言する。
「その人錬金ギルドの人かもしれないよ」
「確かに……」
ルビーは腕を組み、首を傾げ、考え込む。
虚勢は一夏の思い出のように消えていく。
「キャラブレブレかよ。もっと練ってこい」
「慣れないだろ。襲撃者と何をどう話せって言うんだいっ」
「ここはIQ200越えの私に任せてください」
アメジストのような短髪を整えた、知的風な青年は立ち上がり、三世の方へ向かっていく。
青年の潜在能力はIQ+。IQを一時的に引き上げることができる。
「アメジスト、潜在能力は使うなよっ。せめてルビーと同じ立場で会話するべきだっ」
ルビーはアメジストの後ろからヤジを飛ばす。
アメジストは目をがん開きにし、アメージングと言いたげに満ちた表情で振り返る。
「潜在能力は私に与えられた特権だ。使ってはいけないわけじゃないでしょ」
「私だって潜在能力使ってたら一瞬で対処できたもん」
「じゃあやってみてください」
「嫌だ。今腹減ってるし」
「関係ないでしょ」
ルビーとアメジストは互いに睨み、今にも手が出そうな険悪な雰囲気を醸し出している。
二人の様子を見ていた周りの仲間は騒ぎ始める。
「ヤバい。また団長と参謀がケンカしだしたぞ。全員止めろ」
四人の団員が二手に分かれ、ルビーとアメジストをそれぞれ食い止める。
全く自分に意識が向かなくなり、三世は戸惑っていた。
(気まずぃ……)
蚊帳の外過ぎる空気感に耐えられなくなり、三世は恐る恐る尋ねる。
「あのー、そろそろ行って良いですか?」
直後、ルビーは仲間の妨害を振り払い、三世に向かって高く跳んだ。
三世の胸元に尻がつき、そのまま三世は地面に押し倒される。ルビーは三世の上に乗っかっている。
「ねえ君、手ぶらでこの鉱山地帯に来るって相当不可解だけど、どうしてだいっ?」
「そ、その……」
三世はコミュ障を発揮し、受け答えに苦戦していた。
なんとか振り絞り、声を出そうとした直後、ルビーは三世の口を人差し指を押し当てて塞ぐ。
「まあいいや。君、貧弱そうだけど、ルビーたちの仲間にならないかっ?」
「団長、本気ですか?」
「だってこの子弱そうだし。錬金ギルドだったら私のことも知っているはずだけど、この子は私の顔を見ても表情ひとつ変えないんだっ」
ルビーは三世をこう結論づけた。
「つまり君は冒険者だ。だが仲間は鉱山地帯で戦闘に遭い、死んだか、自分だけはぐれたか」
当たっている。
三世は図星をつかれ、その反応をルビーは見逃さない。
先ほどまでおどおどしていたルビーはどこかへ消え、冷静で優秀な指揮官のような態度に変化している。
まるで、演じているみたいに。
「やっとキャラが定まったか」
背後でアメジストは呟く。
ルビーは気にすることなく、話を続ける。
「つまり君は今、死んでいるようなものだ。この広い鉱山地帯において、何の取り柄もなく、能力もない。ここではそんな人間が山ほど死んできた。山を舐めれば君もそうなるぜっ!」
背筋がゾッとする。
ルビーは三世の額に人差し指を押し当て、続けて言う。
「ここで紅一点のルビーから最高の提案を君に告げよう」
三世の目は美しいルビーの容姿に集中する。
宝石の瞳、耳につけられたルビー製のピアスに魅了され、唇を彩る真っ赤な口紅は色気を引き立て、魅力的な女性へと昇華する。
「もしルビーの仲間になるのなら、君はまだ生きることができる。ルビーたち盗賊団の仲間に加わり、共に世界から美しさ盗もう。そして、誰よりも美しくなろう」
ルビーは真っ赤なマニキュアに彩られた手を差し伸ばす。
掴まなければ、選ばなければ、生き残れる可能性は泡となって消えていく。
この広い鉱山地帯において、武器も持たず、食料もなく、生きることはできない。
ましてや道順を把握していなければ、全体図を記憶していなければ、自分がどこにいるのかさえ分からなくなる。
生存の希望は目の前にある。
だから、生きるために必要なことは罪へ進むこと。
だが、三世は知っている。
また、同じ道に立っているから。
三世があの日屋上で交わした魔女との契約、今になってしがらみのように邪魔をして、平和な日常を取り戻させてはくれなかった。
結局自分は足を引っ張ってしまった。
だから、三世は知っている。
「申し訳ありませんが、僕は……もうこれ以上罪は重ねないと決めたんだ。だから、あなたの手は取らない」
自分が選ぶべき答えを知っている。
だから三世はルビーを拒んだ。
死ぬかもしれない、その可能性があったとしても。
ルビーが差し伸ばした手は空虚を掴む。
三世が下した答えに、ルビーの背後にいた団員たちは戦闘準備に入る。
「どうしますか?」
団員から団長への問い。
ルビーはしばらく沈黙した後、奥から沸き上がってくる好奇心に胸を踊らせていた。
脅えていた三世の瞳に映ったのは、満面の笑みで自分を見つめてくるルビーの姿。
「君、貧弱そうな割に最高な性格してるじゃないかっ」
予想外の反応に三世は驚いている。
団員も皆同じ反応だ。
「決めたよ。ここで君を死なせるのは美しさが世界から消えてしまうのと同義だと考えた。だから、ルビーは君を仲間のもとまで連れ戻そうと決めたんだっ」
「盗賊の協力はしない」
「もちろん協力はしなくても良いさ。ルビーは君が将来凄い人物になるんじゃないかと期待しているんだっ」
三世はルビーの反応に困っていた。
盗賊だから悪い人物と考えていたが、そういうわけでもなさそうだった。
「これは貸しだ。将来何百倍にもして返してくれることを期待しているぜっ」
三世に拒否権はなく、ルビーのペースに振り回される。
結局話はルビーの思うがままに進み、三世は盗賊の協力をせず、無償で仲間のもとまで見送ることで一段落がついた。
話し合いも終わり、三世はルビーらと焚き火を囲むことになった。
人見知りの三世にとって居心地は悪かったが、ルビーの気さくさに助けられ、会話もある程度弾んでいた。
「サファイア、オパール、パール、ガーネット」
宝石盗賊団カーバンクルの一員全員の顔と名前を覚え、この日は眠ることとなった。
寝袋に入る中、三世はふと思う。
(そういえば、暦さんがクエストを受けていたけど何だったっけな。どうせならこの人たちに協力してもらえないかな)
結局内容は思い出せない。
じきに睡魔が覆い被さる。
視界は狭まっていき、真っ暗に。
眠りの中へ、落ちていく。