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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『魔女の憂鬱』編
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物語No.3『異世界への来訪』

 (こよみ)、そう名乗る少年の一撃で怪物は沈んだ。

 琉球、三世(みぜ)愛六(めろ)の三人は一瞬の光景に固まっていた。

 湖に渦巻いていた揺れは消え、魔物は消えた。


 唐突に、謎の少年は槍を琉球の左腕に突き刺した。

 左腕には激痛が走る。だが激痛が和らぐとともに左腕が徐々に生えてくる。

 十秒も経てば、左腕は動かしても問題ないほど回復していた。


「ボクは君たち三人を()()()に歓迎しよう」


 謎の少年は、気さくに三人に話しかける。

 まるで長年付き添った相棒かのように、遠慮ない態度で振る舞う。


「異世界?」


「君たちは現実世界から異世界に転移した。故に、もし君たちがボクの協力を得なければ、再びモンスターに襲われ、すぐに絶命することになる」


 優しいのか、それともなにか企んでいるのか。

 暦の表情からは読み取れない。

 無表情、声のトーンも一定で、自然体。笑みもせず、綻ぶことのない表情筋。


 琉球は片腕で上体を起こし、彼に視線を向ける。


「もし事実なら、現実世界に戻ることは可能なのか?」


「もちろん可能だ。現実世界と異世界は常に繋がっている。現実世界(向こう)から異世界(こちら)に来ることも、またその逆も可能」


 琉球は安堵する。


「だが、君たちはその術を知らない。ボクはあまり優しくはない。条件を受けてくれるのなら、君たちを現実世界に帰してやろう」


「条件はなんだ?」


「ここで君たちは冒険者となり、異世界を冒険してほしい」


「なぜだ?」


 理由が分からない、と琉球は声を強めて問いかける。


「世界は英雄を求めている。圧倒的な力、才能、カリスマを持ち、世界を解放してくれる者を求めている」


「それが俺たちだと?」


「自惚れるな。英雄になる可能性がある者はいくらでもいる。だがその器が真に英雄となる前に、砕け散っていく者は多い」


「多くの者が……死んでいったということですか?」


「ああ」


 恐る恐る尋ねた琉球に、暦は間髪いれず返答した。

 彼の言葉には重みがあった。

 彼は死んでいった者を何度も見た。何度も見ては、繰り返し、同じように希望を抱いた。

 何度繰り返しても、英雄になる前に散っていく光景を何度も見た。


「俺たちも、そうなるかもしれないってことですか……?」


「ああ」


 恐い、三人の心をそれだけが埋め尽くす。


「僕、早く帰りたい。もう恐い目に遭うのは嫌だよ。死にたくない」


 三世は小さくうずくまり、身体がひどく震えていた。

 目の前であの怪物を見た後もあり、当然だった。


「私も帰りたいよ」


 愛六の身体にも恐怖は残っていた。

 また同じ状況に遭えば、生きて帰れる保証はない。


 抽象的ではない、具体的な恐怖を目の当たりにしたからこそ、彼らは異世界という未知の存在を恐れていた。

 死を間近にしたからこそ、三人はトラウマを植えつけられた。


「俺も、恐いです。あんなモンスターと戦うのは二度と御免だと思いました」


「ではここで餓死でもするか。ボクは英雄になろうとしない者に興味はない」


「……はい」


 暦は容赦なく槍を琉球に向ける。

 琉球は少し肩を震わせ、だが震いを止めるよう自分の身体を押さえつけながら、


「それでも俺は、戦います」


 恐怖を胸の奥に圧し殺した。

 沸騰のように沸き上がる恐怖を押さえつける。


「僕は、僕は戦いたくない……」

「やだよ。私も死にたくない……」


「大丈夫。俺がいる。俺が必ず二人を護るから。だから俺と一緒に異世界を冒険しよう」


 琉球も恐かった。

 だが二人の恐怖を逆撫でしないよう、自分は必死に恐怖を噛み殺し、震えを抑え、二人に手を差し伸べた。

 彼には二人を見捨てることはできない。だから、護ると約束した。


 二人はまだ恐かった。

 だが彼はこんなにも自分達を思い、一緒に前に進もうと行ってくれた。

 嬉しくないわけがない。断れないわけがない。


「僕は……」

「私は……」


「「異世界で生きてやる」」


 三人はお互いの手を掴み、固く握った。


 暦の頬はやや緩む。

 次にはすぐにもとの無表情に戻っていた。


「三人とも、異世界へようこそ。これから君たち三人を異世界に案内しよう。それとーー」


 暦は意地悪な笑みを浮かべて言う。


「これからはボクがずっと君たちの側にいるから、君たちはそう簡単には死なないよ」


 暦の強さを見た三人は、わずかな安堵を抱いた。

 完全に恐怖が消えたわけではないが、緊張で上がりきっていた肩は落とされた。


「君たちは微笑ましいね」


 暦は三人のシンクロを見て表情は変えないものの、声音が上がっていた。

 三人は同時に照れ、まるで三つ子のようだ。


「これから街へ転移(テレポート)する。ボクの手を掴んでいろ」


 言われた通り、三人は暦の手を掴む。

 直後、周囲の景色が一瞬で変化した。桜の木一本しか光源がなかった場所にいたはずが、今は見渡す限り、至るところに光がある。


 夜の街を、道路に建てられた街灯が照らす。

 赤白い光が街を輝かせ、宵闇に包まれた街に光を灯した。


「ここはギルド街。十三万人が暮らす街」


 異世界には、街があった。

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