物語No.37『謎の女性』
真っ赤な塗装を施された二階建ての列車。列車の両脇にはベランダのようなスペースがあり、そこを進んで車内に入ることができる。
先頭列車につく煙突からは煙が上がっている。
発車寸前の列車は激しい笛の音を鳴らしていた。
そこへ駆けていく六人の姿があった。
「もう列車出ちゃうんだけど」
「誰のせいよ」
「どっかのくせ毛茶髪野郎がチンピラにぶつかって絡まれたせいでしょ」
「仕方ないでしょ。よそ見してたんだから」
「あんたのせいじゃん」
息を切らし、電車へと向かう少年少女。
白髪の少年は狐人を背中に抱えて走りながらも、一番乗りで列車に乗った。
だが直後、列車は徐々に動き始める。
「全員急いで。ボクらだけで行っちゃうよ」
「それも良いかも」
「良くないに決まってるだろ」
足を止めかけた愛六の腕を引っ張り、琉球は一緒に列車に飛び乗る。
三浦は後ろの三世を気にしつつ、素早い身のこなしで列車に乗った。
即座に振り返り、三世に手を伸ばす。
三世は三浦の手を掴もうと左手を伸ばす。その瞬間、袖で隠れていた黒い紋章が露になる。
「駄目だ……」
すぐに三世は手を引いた。
列車はそのまま駅を過ぎ去っていく。
「三世!?」
三浦が飛び降りようとするのを察し、稲荷が間一髪のところで胴体に掴みかかって阻止する。
「離してください。三世が、三世がっ」
「暦、早く三世を」
「任せ……ん?」
槍を飛ばして三世を列車まで引き戻そうと思案する暦が見たのは、人一人を抱えて列車を追い越す女性の姿。
「暦?」
助けに行かない暦に疑問を抱き、稲荷も顔を出して三世がいる方を覗き込む。
稲荷は大声を上げて驚いた。
「なにあの人!? 三世を抱えて列車に追いつくとか超人でしょ」
「助けに行く必要はなくなったな」
「ってかあれギルド師団の制服じゃないの? 稲荷たちが発車してから乗ったから捕まえようとしているんじゃないかな?」
漆黒に染まり、体のラインをくっきりと映し出している服装。上半身は手首や首までを包み込み、下半身は足首までを隠しているよう。
中央には金色の線が走り、挟み込むようにボタンが整列する軍隊のように並んでいる。点呼をすれば番号を言うのではないか、という疑念まで過るほど綺麗だ。
ボタンには三の文字が刻まれ、第三師団所属であることを表している。
「ちょ、なんで異世界に来てまで収監されなきゃいけないのよ」
愛六は泣き叫ぶ。
「だとしたら戦えば良いさ」
暦の手には槍が出現する。
稲荷はすぐに暦の腕を掴む。
「もう、なんでもかんでも戦いで解決しないでよ。話し合いこそ言葉の通じる者同士として生まれた意味なのだぞ」
暦が頷くと、手に握られていた槍は消えた。
次第に女性は列車と並走し、列車の両脇にあるベランダのようなスペースに軽快に飛び乗った。
金色の髪を揺らしながら、女性は呟く。
「危うく乗り遅れてしまうところだった」
身構える暦たちの前に、女性は何事もなかったかのように歩いてくる。
「あなた方はどうして身構えていらっしゃるのですか?」
「ギルド第三師団、ボクらを捕まえに来たのですか?」
「何故でしょうか?」
「列車が発車してから乗り込んだ。罪に問われるかは分かりませんが、あなたにとっては違反だった可能性がある」
「それでは私も罪に問われてしまいますよ。私はあなた方を追いかけたのではなく、列車に乗り遅れただけですよ」
自分たちを追っていたわけではないと分かり、皆ホッと一息をつく。
特にホッとした愛六は、ありったけの「良かった」を集めて呟いた。
「一応第三師団の方ですよね」
「かつてはそうでしたが、訳あって今は第三師団には所属していません」
三世は女性のことが気になっていた。
ギルド第三師団は魔女が支配していた部隊である。
今は魔女とライは追放され、突如師団長と副師団長を失った第三師団はギルド幹部によって運営されている。
第三師団は現実世界に出現するモンスターの退治を専門としているため、機能しなくなっては困ることだらけだ。
もしこの女性がギルド第三師団であるのなら……
三世の脳裏にはとある考えが過る。
「あなた方はどこへ向かうのですか?」
「錬金術師の里に向かう予定です」
「奇遇ですね。私も錬金術師の里に向かう用事があります。もしよろしければ私が錬金術師の里まで護衛を務めましょう」
女性の胸元には金色に輝く星形のバッジが五つ取りつけられている。
バッジはギルドから多大な功績を認められた場合のみに贈呈されるものであり、師団長を任されるには最低五つのバッジが必要である。
そのことから、ある程度の実力を兼ね備えていることが分かる。
「錬金術師の里は鉱山地帯にあります。そのため金属を食べて硬い肉体を持ったモンスターが多くいます。見るからにあなた方の大半が駆け出しである。故に、私がサポートを務めましょう」
三世は暦が下す決断を待ちわびていた。
「では、お願いします」
三世はチラリと女性の表情を窺う。
だが表情に変化は見られず、内心を察することはできない。
「私の名前は真実。これより、あなた方の盾となり、剣となりましょう」
新たに真実と名乗る女性を加え、錬金術師の里へ向かう。
だが三世は疑いの目を向けていた。
敵か、味方か。
真実は一体、何者なのか。