EX物語『三浦友達は考える』
三浦友達は悩んでいた。
数時間前、暦からあることを言われたからだ。
「異世界で活動する時には、現実世界の名前と別の名前で活動するのが定石。素性を探られないためにも」
「なるほど」
「つまり異世界限定の名前ーー"異名"を考えておいて欲しい」
「分かりました」
と意気込んだものの、意外と考えるのって難しい。
かれこれ二時間以上、私はギルド街を無意味に散策しているわけだし。
「異名異名……異名か……」
答えが返ってくるかと思い、空に叫んでみても、木霊は迷子になったまま。
木霊はどこへ言ってしまったのだろう、と広い空に首を傾げる。
「中二病的な名前にするのは恥ずかしいし、だからといって無難な名前にするのもそれはそれでなんか嫌だし……」
子供の名前を考えるのも、今の私みたいに悩むのだろう。
私には父と母の記憶がない。
私がどのように生まれたのかも分からない。
ある研究者は言った。
幼い頃の記憶は簡単に変えることができる。
他者によって洗脳を施され、存在しない記憶を植えつけることも可能である。
だが、自分自身で過去の記憶を封印する者もいると。
私の場合、どちらなのだろうか。それとも、どちらでもないのだろうか。
記憶がない。
だが、私のアイデンティティは確立している。
不思議な話だ。
「ここはいっそ目に入った言葉で良いか」
そういえば三世はどんな異名にしたのかな。
三世のことだし、めちゃくちゃカッコいい名前にしたに決まっている。
唐突に思い浮かぶのは三世のこと。
【毒の館】での一件以来、私は三世に並々ならぬ感情を抱いている気がして落ち着かない。
会話が終わってしまうのがもどかしくて、目が合っても逸らされるのが切なくて、名前で呼ばれないのが悲しくて。
私って三世のことを何て呼んでたっけ?
最初は創世くんだったよね。三世って呼んだことってあったっけ?
あー、これからどう呼べば良いのか分からない。
この際異名で呼ぼうかな。
大通りで頭を抱え、悩みに悩む。
行き交う通行人が私を不審者扱いして見てくるが、お構いなし。
「よしっ。三世に会いに行こう」
まずは三世がいる可能性があるネタバレ屋に向かう。
見慣れない場所に行くことは恐かったけど、三世がいるかもしれない、そんな疑念が勇気となって背中を押してくれる。
思いきってネタバレ屋の中へ入る。
だが三世はおらず、ネタバレ屋さんがいるだけ。
「ごめんなさい。間違えました」
謝り、立ち去ろうとすると、
「あなたが探している相手でしたら『女剣聖の酒場ラヴァーズ』にいますよ」
「……えっ!?」
突如、ネタバレ屋さんは私の心を見透かしたように言った。
暦さんから聞いていたけど、本当に何でも知っているんだ。
何も言っていないのにここへ来た理由を当てられ、さすがに驚く。
「異名が思い浮かばずに困っているのでしょ」
やはり見抜かれてる!?
ここは正直に言って相談にのってもらおう。
「はい……。実はどんな異名にしようか悩んでまして」
「そうでしょうね。あなた、臆病ですから」
やっぱ内面も見抜かれてた……。
ネタバレ屋さんには頭は上がらないな。
「三浦友達、あなたはどんな存在になりたいの?」
「……そうですね。私は、三世の側にずっといられるような存在になりたい」
「名前はその人の象徴、あなたがどうなりたいかを端的に表してくれる。あなたがなりたいものを異名にすればいいの」
「私がなりたい……」
私の中には確かにあった。
自分がなりたいもの。そこから浮かぶ異名も。
私がなりたいものなんてたった一つ。
私はあの人に支えられて、あの人のおかげで生きられて、あの人のおかげで学校が楽しみになっていた。
あの人の側にいたい。あの人をずっと見ていたい。
私が出せる答えは一つだけなんだ。
「あのー、ありがとうございます。ネタバレ屋さん」
ジロジロしながら、何とか感謝の言葉を伝えた。
「決まったみたいだな」
「はい。あなたのおかげです」
「私はなにもしていない。ただ君が選んだだけだ。だってこれは、君の物語なんだから」
「私の……物語……?」
胸が突然熱くなる。
この思いは一体……。
「それと、好きな人のことは名前で呼んでも良いと思うよ」
「す、好きって……っ!?」
「名前で呼べば相手との関係は今よりも進展するんじゃないかな」
「そ、そうかな……」
もじもじと両手の人差し指同士をぶつける。
三世の側にはいたいけど、これは好きっていう感情なのかな?
救われて感謝してる。
だから三世の側にいたい。
恋なんてしたことないから分からないよ。
でも、今の私は彼となりたい関係がある。
気付けば私はネタバレ屋を飛び出し、女剣聖の酒場ラヴァーズに向かっていた。
熱で制御が効かない体を揺らし、真っ直ぐにあの人のもとへ。
一人の私を救ってくれた人。
私の孤独を埋めてくれた人。
私に喜びを教えてくれた人。
私は君となりたいよ。
「ねえ三世、私、決めたよ。だから、私は誰だと問いかけれ」
椅子に座る三世は、突然私が現れ、更には意味不明な質問をされて戸惑っている。
でも、言いたい。
私の真っ直ぐな視線に煽られ、三世は言った。
「君は誰?」
私は胸を張り、答える。
「私は"フレンド"。君の友達だ」