物語No.32『勇者と魔女の邂逅』
魔女エンリは見ようとしていなかった。
勝利が目前に迫った瞬間、彼女は盲目になる。
どんな弊害が生じようとも、自分のシナリオは達成されると確信したーー故の怠慢。
故に、魔女エンリは勇者の登場に気づかなかった。
「勇者が来ちゃったのね」
再び作戦が失敗する。
魔女エンリの策は勇者の帰還によって妨げられた。
ーー十二時間前。
第十八区画、勇者パーティーを筆頭に大勢の兵を連れる遠征軍が駐在していた。
第六十六区画への長い旅からの帰り道、皆休息の時間を心待ちにしていた。
だが勇者は言った。
「第十区画を目指そう」
勇者に対し、誰かが言った。
「今日はここまで帰還すれば十分じゃないか。さすが兵の負担が大きすぎる」
「いや、まだだ」
勇者は呟く。
誰かが勇者に反論する。
「これ以上進む必要はないだろ。疲弊した状況で第十区画へ向かえば体調不良者が出ますよ。あそこは毒の区画ですから」
「構わない。今、第十区画で希望の灯火が消えかけている。そんな、ページがめくれる音がした」
勇者は髪を耳にかける。
月のような美しい髪が風に揺れる。
「嫌なら、私一人で向かう」
勇者は異論を唱える誰かに真っ直ぐな視線を向ける。
「分かった、行こう」
「進もう」
勇者の判断により、第十区画への帰還が開始した。
勇者が前線を押し上げ、異例の速度で第十区画への帰還に成功した。
結果、三世の前に勇者は現れた。
両腕両足を覆う黒鉄の防具、押し上げる胸部を覆う黒鉄の鎧、腰には黒鉄のショートパンツを履き、月光のようなマントを羽織る女性。
腰に提げた長い鞘から黒鉄の剣を抜き、月光のような幻影さで敵の視覚に正確に映ることのない魅惑な動きで翻弄。
気付けばその敵は斬られている。
「さすがは勇者ですね」
勇者の登場に、魔女エンリは冷や汗を流す。
暦の相手をするよりも、勇者の相手をすることは何倍も苦戦を強いられる。
精鋭の冒険者大隊(120~300名)でようやく善戦できるレベルのモンスターを刹那の間に葬った。
魔女エンリでさえ呼吸を忘れる鮮烈さ。
魔女は勇者との戦いは避けるべきだと直感する。
「ライ、ここは退くわ……」
魔女はライに視線を向ける。
途端、ライが陥っていた状況に魔女は絶句する。
ライは勇者によって拘束されていた。
両手両足を縄で縛られ、身動きが取れない状況にある。自力での脱出はまず不可能だ。
だが、唯一の脱出方法はある。
今ここでライの潜在能力、嘘を現実に変える力を発動すれば、ライはここから逃亡できる。
だがそれでは再び待機時間を堪えなければいけない。
待っている間にも、魔女の堪忍袋は破裂するだろう。
「事態は最悪……よね」
魔法によりライを救うこともできる。だがそれでは勇者を相手に戦うことは避けられない。
勇者と戦わず、逃亡できるなら本望。
だがライをここで逃せば、嘘を真実に変えるという圧倒的形勢逆転能力を失うことになる。
魔女は悩む。
あらゆる視覚情報を前にして、苦悩する。
「隙と捉えても構わないかな」
赤い槍が魔女を狙う。
瞬間移動により槍をかわしつつ、ライへ視線を向ける。
ライの側に立つ勇者は魔女と目が合う。
「あなたは私と戦いますか?」
勇者は、魔女は自分とは戦わないという確信を持って問いかける。
魔女は長い間沈黙する。
魔女が悩む姿を見て、ライは思わず口にする。
「私を置いていけ。今すぐに」
ライは続けて叫ぶ。
「私のことは気にするな。私は一人で大丈夫だ」
三世は自然とライの表情を確認した。だが表情は勇者の影に隠れ、見ることができない。
魔女は長い間ライを凝視し、すぐに撤退することを決断した。
勇者は追いかけることもなく、捕えたライを逃がさないよう縄の縛りを強くする。
ライを側に控えていた仲間に預け、勇者は三世のもとへ歩み寄る。
「はじめまして。私は勇者ミロ。あなた方を攻撃していた彼女は第三師団師団長"呪いの魔女"エンリに見えましたが、彼女は敵だと、そんなページがめくれる音がした。故に彼女の仲間である少女を捕まえましたが、正解でしたか?」
「あ、ああ……」
「そうですか。ではあなた方をギルド街まで補佐しましょう。話はそこからです」
勇者ミロの指揮の下、遠征軍は予定よりも早い帰還を迎えることとなった。