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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2後『三浦編・救い』
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物語No.31『魔女は見ていた』

 三浦友達は眠っている。

 よほどの疲労が溜まっていたのだろう。

 毒を受け続けたことや身体を操られたことによる身体的疲労、罪の意識からの精神的疲労。

 それらが重なり合い、三浦は疲弊していた。

 しばらく起きることはないだろう。


「にしても、ホントギリギリだったよね」


 愛六は解毒薬を飲みながら言う。


「解毒薬を飲んだとはいえ、長い間濃度の高い毒液の中に侵されていた。完治には数日はかかる。多少のめまいや吐き気には覚悟しておけ」


 暦は、眠る三浦を眺める三世にそう言った。


 三世と三浦は長い間濃度の高い毒に侵されながらも、解毒薬を駆使して一命を取り留めた。

 解毒薬と言えども万能ではない。一流の調合師が作れば一級のものができるが、二人が飲み続けたのは普通の解毒薬。

 事実、死んでいてもおかしくなかった。


 だがこうして生きている。

 奇跡そのものだ。


「あとは三浦友達が再び体を乗っ取られないよう、稲荷が術を施すだけ」


「可能でしょうか?」


「見てみるのだ」


 稲荷は三浦のそばでしゃがみこむ。

 三世が三浦の無事を願う横で、稲荷は三浦を凝視している。

 稲荷は自分に対して信仰心を持つ者の心や記憶、願いなどを見ることができる。


 当然三浦には稲荷に対する信仰心がない。そもそも稲荷のことを知らないのだから。

 それ故、稲荷は術により三浦に一時的な洗脳をすることで、三浦に自分に対する信仰心を抱かせた。


「これで見れるのだ」


 稲荷は三浦の体を隅々まで凝視する。

 指先から足裏、骨格から心拍数まで、あらゆるものを視認した。

 結果、稲荷は理解する。


「肉体自体にいつでも操作できるように目印がつけてあるのだ」


 想定内の事実に、稲荷はほっとする。


 稲荷は自分の尻尾に手を突っ込む。

 尻尾の中を迷子のように右往左往し、首を傾げて手に意識を向ける。

 何度も何度も手を動かした末に、何かを見つけたのか、満面の笑みで尻尾から手を取り出した。


「こればかりは私の能力では不可能だ。故に、借りてきたのだ」


 稲荷の手には円形の鏡が握られている。

 鏡であるが、鏡面には何も反射していない。電源をいれていないテレビのように、鏡は沈黙する。

 川上の堅石を金敷にして、金山の鉄を用いて作られたような鏡。


「それは何ですか?」


 三世はかつて読んだ童話の中に似た物があったことを思い出しながら質問する。


八咫鏡(やたのかがみ)。あらゆる障害をはねのける神器」


 稲荷は三浦に向けて鏡を向ける。

 途端、鏡は目映い光を放ち始めた。

 マッチの火を千個集めても届きえないほどの明るさがあり、その光は三浦のためだけに存在している。

 鏡には三浦が反射する。


「祓え、八咫鏡」


 天の岩戸に隠れた神を引っ張り出すように、三浦の体につけられた目印は消えていく。

 光は徐々に薄れていき、また元の状態に戻る。


「これで、三浦は大丈V(ぶい)


 三浦についていた目印が消えた。

 それはつまり、三浦友達は再び何者かに操られる心配はないということ。


「三浦友達の解放には成功した。支配者も三浦は死んだと勘違いするだろうな」


 暦はようやく一息がつけると安堵した。

 だが三世らを見渡し、気がつく。


「さすがに帰りも同じ手法で行くのは厳しいようだね」


 三世は毒が完治しきっておらず、いつ体を倒してしまうか分からない。

 愛六と琉球もモンスターとの戦闘で疲弊しているため、長距離命綱なしジェットコースターに耐えられるはずもない。

 それに三浦はまだ眠っている。


「帰りのことは考えていなかった」


 暦はどう帰ろうかと模索する。

 長い間第十区画に滞在はできない。解毒薬も底をつき始めている。


 周囲を見回し、考え込む。

 途端に感じる殺気。

 暦は槍を構え、周囲に目を配る。その必要はなかった。

 殺気の主は、わざわざ真正面から現れてくれたのだから。


「でも驚いたわ。あなたたち、生きているのね」


 嫌でも忘れない魔女の声。

 三世は寒気に襲われ、声の方を振り返る。


「どうしてここに……!?」


 黒幕のような黒髪に、濁った銀のような瞳。

 彼女を見て、三世は吠える。


「魔女エンリッ」


 睨みつける三世には目もくれず、まだ息をしている三浦を眺める。


「死んでくれると思ったのに、この子はまだ生きようとしているのね。全く、困った子ですわね。今すぐ首を跳ねてあげたいわ」


 反射的に三世は剣を手に取り、三浦をかばうように前に立つ。

 その横へ暦も足を運ぶ。


「そうまでしてこいつらを殺したいのか」


「あなたたちは殺されるためだけの存在でしょ。だったら今ここで自ら首を差し出してくれれば良いのだけれど」


「調子に乗るのもここまでだ。お前の望みはもう叶わない。未来は少しずつ変わり始めているんだ」


 暦は落ち着いた様子で魔女エンリと対峙する。

 暦の笑みに、魔女エンリも笑い返す。


「本当にバカね。あなた方はこれから死ぬというのに」


 魔女エンリ背後に現れたのは鉄の毒(アイアン・ポイズン)

 星四上位モンスター。

 戦えば、駆け出しの冒険者はまず瞬殺される超高難易度の敵。


「あーあ、これが君の秘策かい」


 暦は槍を投げる。

 槍が刺さった直後、鉄の毒(アイアン・ポイズン)は原型をとどめきれず溶けていく。蒸発し、そこに鉄の毒(アイアン・ポイズン)の存在証明は消失した。


「相変わらず奇妙な槍ね」


「魔女エンリ、ここで終わりにしましょうか」


「あなたじゃ無理よ。もう何度も私を殺し損ねていますから」


 暦は槍を魔女エンリに向かって投擲する。

 だが槍はま瞬間移動によって消えた魔女の所在を掴めず、あらぬ方向へ飛んでいく。

 槍は反転し、暦の手もとへ戻る。


「させないわよ」


 暦の背後に浮かぶ魔女エンリは、不敵な笑みを浮かべて手をかざしていた。


「消えなさい」


 特大の爆炎が津波のように押し寄せる。

 近くで見ていた三世らは稲荷の指示のもとそばを離れる。


「これで消し炭に……」


 だが爆炎の中には人影が見える。

 炎をかき分け、尚無傷。火傷の跡が全く残っていない。


「へえ、魔法使えないんじゃなかった?」


 魔女の煽りに対し、炎の中を突き進む暦は人差し指と中指で挟んだ単語帳のような一枚の紙を向ける。

 血で書かれた〈電磁砲〉の文字。


「魔法チケット……っ!?」


 魔法チケット、そう呼ばれた紙は塵となって消失する。と同時、魔法チケットが存在していた場所を基点に、赤や黄色を交えた白い光が魔女に向かって放たれる。

 光は館を貫き、三階部分は跡形もなく消し飛んだ。


 直撃していれば魔女も無傷では済まない威力。

 だが、魔女は暦の前に堂々と浮かんでいた。


「あら、この程度かしら?」


 魔女は無傷。

 あの攻撃は、魔女であればかわせることができた。しかし彼女はあえて攻撃を受けた。

 彼女の目はあらゆる情報を視覚情報として知ることができる。暦が魔法チケットを所有していたことも、あのタイミングで仕掛けることも、全て見抜かれていた。


「あなたは私に勝てないわ。私は魔女、あらゆる魔法を使いこなす。そんな私に立ち向かおうというのが、魔法を使えない弱き者。あら? どう勝つのかしら?」


 暦は槍で応戦するが、劣勢。

 三世らは二人の戦闘を見ていることしかできない。


 もしここで鉄の毒(アイアン・ポイズン)が出現すれば、確実に三世らは息の根を止められる。

 暦は魔女エンリとの戦闘で三世らの援護に回る隙がない。

 そんな事態が起こってはいけない。

 だが、最悪は起こる。


 赤色を焦がしたような深紅色の髪と瞳を持った、黒を基調とした学生服を着た少女が「絶望の嘘に死になさい」と呟いた。


「ライ副師団長まで……!」


 ギルド第三師団副師団長ライの登場とともに、十体を超える鉄の毒(アイアン・ポイズン)が三世の背後から姿を現した。


「終わりにしましょうか」


「最悪だ……」


 暦はサポートに向かうことはできない。

 三世の目の前に死が迫る。

 たった一本の糸で結ばれた生への道。だがその糸はもう切れる。


 鉄の毒(アイアン・ポイズン)の胴体が三世を飲み込む、


「ーー初剣(ういじん)


 寸前、とある女性は颯爽と現れた。


 月の住人のような輝きを身に纏い、月光のように駆ける。

 その女性自身の身長と肩を並べる長さの剣を軽々と振るい、鉄の毒(アイアン・ポイズン)をたったの一撃で沈めていく。


 たった一度のまばたきで、全てが終わっていた。

 まるでその者はーー


「勇者の剣に刃こぼれなし」


 勇者が目の前に現れた。

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