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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2後『三浦編・救い』
31/105

物語No.30『最高のヒロイン』

【毒の館】へ入るとともに、館中の灯りが灯る。

 正面玄関には二階へ続く階段がまず目に入り、左右の廊下を視界にいれる。

【毒の館】のマップは既に把握しており、モンスターの出現分布や頻度、種類も把握していた。

 だが、


 館へ踏み入れた直後、扉を壁づたいに歩いていた蠍型のモンスターが塞ぎ、二階へ続く階段、左右の廊下には全てモンスターが集まっている。


「なぜモンスターが一階にこんなにいるんですかっ!?」


「人だけじゃない。あいつはモンスターさえも操れるってことだ。それも、一度にこれだけの数をだ」


 囲むモンスターの数は百を越える。

 全てのモンスターが毒を持つ。

 かすり傷一つが致命傷になる死戦。


「既存の作戦は全て放棄。ここから先は全て即興(アドリブ)。さあ行くよ」


 動揺する三人。

 対し、暦は三人に安心感を与えるような落ち着きで槍を構える。


 息を飲む音が聞こえる。

 鼓動の音、まばたきの音までも聞こえる静寂が流れる。

 モンスターの牙は絶好の獲物へ向けられる。


 状況は最悪。

 逃げ場はない。

 いや、逃げ場は最初から必要ない。


「おおおおおおおおおおおおっ」


 気合いを奮い起こす雄叫びを上げながら、両手で握り締める剣で二階へ続く階段に群がる蠍型モンスター(スコーピオン)へ飛びかかる。

 敵は鋭利な尻尾で迎撃する。三世はスコーピオンよりも速く剣を振り下ろし、たちまち絶命に至らしめる。

 モンスターを次々と蹴散らし、三階を目指そうとしていた。


 脇目もふらずモンスターに刃を振るう。


琉球()三世(エーテル)のサポートを頼む」


「了解」


 琉球は三世の後を追いかけ、蠍の残骸が散る階段を駆け上がる。

 多くのモンスターに囲まれる中、三世は乱雑に剣を振るう。剣は何度も風切り音だけを響かせ、時々甲殻を砕く音が鳴る。


(三世はまだ戦い慣れしていない。あれでは戦いに意識を取られ過ぎて、解毒薬を飲むことを忘れている)


 三世は徐々に追い詰められる。

 まずは二階へ上がろうとするが、進めない。

 四方を囲まれる。

 モンスターの鋭利な尻尾が三世に向けられる。


 絶体絶命。

 頭が真っ白になる中、琉球は叫ぶ。


三世(エーテル)、位置を入れ換えろ」


交代(バトンタッチ)


 一瞬の戸惑いはあったものの、三世は即座に自分と琉球の位置を潜在能力によって入れ換える。

 だが四方にはモンスター。

 お構い無しで、琉球はモンスターの頭上に飛び、包囲網を易々と抜けた。


三世(エーテル)、先走るな。俺の横を走れ」


「分かった」


「暦さんと愛六()は一階を、俺たちは三階を捜索する」


 その間にも、モンスターは四方を囲もうと側面に集まり始めている。

 スコーピオンの足は遅い。

 スロウペースのスコーピオンを見逃すはずもなく、琉球はスコーピオンの位置を把握していた。


三世(エーテル)、俺が合図をしたら真っ直ぐに駆け上がり、三階を目指すぞ」


 三世は剣を構え、合図を待つ。

 前方にいたスコーピオンは徐々に背後にも回り込み始めている。どうしても四方を囲もうと必死らしい。


「このままじゃスコーピオンに囲まれるよ」


「だから、勝てる」


 スコーピオンが完全に背後を取った。

 瞬間、琉球は「行くぞ」の合図とともに階段を駆け上がる。前方にいたスコーピオンの多くは背後や側面に回ったため、容易に突破できる。


 三世は遅れずに琉球の背中を追いかける。

 スコーピオンを蹴散らしながら階段を駆け上がり、三階へ着く。

 三階には扉が一つだけ。


 三世は一度、解毒薬を飲む。


 琉球は背後から迫るスコーピオンの相手をするので精一杯。三世は剣を盾のように構え、ドアノブに手をかける。


「ーー来たか」


 扉を開ける。

 三世と向かい合うのは、黒いローブの男。


「三浦友達ならここにいる」


 部屋の中心には椅子が一つ置かれ、三浦が手足を縛られて座らされている。

 三浦は三世が来たことに驚いている様子だ。

 だが、喜ぶに喜べない。


 三浦友達は知っている。

 自分を操っていた存在偉大さと、恐ろしさを。


 扉には既にスコーピオンが積み重なり、壁を作っている。

 もう出られない。


「三浦友達、君の救世主が現れた。君はようやく救われるな」


 嘘だ。

 三浦友達は直感する。

 自分と三世を救う気はないことを、三浦は分かっている。


「創世三世、脅えずにこちらへ来い。さもなくば首が飛ぶ」


 男は剣を三浦の首に当てる。


「行く。だから剣を下ろせ」


 男は剣を下ろした。

 三世は男の方へ一歩一歩歩み寄る。

 常に周囲に警戒しながら、一歩一歩慎重に。


 男の手が届くまで近づき、三世は足を止める。


「三浦友達を救いたいか?」


「ああ」


「そうか。では残念だ。三浦友達はここで死ぬ」


 すかさず男は剣を三浦の首目掛けて振り上げる。

 一か八か、三世は叫ぶ。


交代(バトンタッチ)


 三浦と三世の位置が入れ換わった。

 男の剣を三世は間一髪のところで剣で受け止める。だが衝撃を受け止めきれず、後ろへ飛ぶ。


「位置を入れ換えた? 命を先延ばしにして何の意味がある?」


 男は横たわる三世に剣を向け、問いかける。

 立ち上がりつつ、三世は答える。


「笑うためだ」


 三世は吠える。

 その答えに男は笑いを堪えきれず、吹き出した。


「何を言うかと思えば、くだらない。そもそも命など存在しなければ正も負も、どんな感情も存在しなかった。楽しいも苦しいも感じる必要はなかった」


「そうかもな。でも、僕らはそういう世界で生まれた。だから、僕はこの世界で笑いたい、笑わせたい」


「不愉快な答えだ。本気で思っているところが尚更腹が立つ」


 男は椅子を蹴り飛ばした。

 ただの蹴りで椅子は壁まで吹き飛び、粉々に砕ける。


「終幕だ。二秒で死ね」


 男は三世に向かって突き進む。

 三世が反応できない速度で近づき、真正面から剣を振り下ろす。

 剣は激しい音を響かせる。


 仕留めた、と一瞬の勘違い。

 隙をつき、剣を受け止めた槍は回転し、男の左腕を斬り飛ばした。


「この槍……」


 槍は扉の向こうにいた少年の手もとに戻っていく。

 扉は無数のスコーピオンが積み重なって壁を作っていたはず。だがスコーピオンの壁を見てすぐに気づいた。


「全部死骸……!?」


「この程度のモンスターであれば、ボクの槍は容易にエンディングへ誘える」


 暦は槍で死骸を吹き飛ばし、男の前に姿を見せる。

 死骸が降る部屋に、少年は舞い降りた。


「さあ、決着をつけよう。仏の顔も三度までだからね」


「いい加減終わりにすることには賛成だ」


 と呟くと、男は消えた。

 男が消えると同時、三世と三浦の姿もなくなった。


「他者を強制的に瞬間移動させた、か。神的な力だね」


 完全に逃げられた。

 暦は石になっている稲荷へ声をかける。


「稲荷、出番だ」


 石がくるくると回転し、暦のそばを離れる。

 石は発光し、人の姿へと変貌する。

 太陽の下に燦々と輝く稲色をした髪から狐の耳が顔を覗かせ、腰には尻尾を生やした少女が出現する。


「はあ、石の姿も疲れるのだ」


「一部始終は見ていたな」


「三世の居場所の特定でしょ。言わずもがな、始めるのだ」


 稲荷は大声で「三世」と叫ぶ。

 稲荷の声はこだまするが、跳ね返ってきた方向は一つだけ。


「真下だな」


「何をしたんですか?」


 理解できない愛六は尋ねる。


「探している者の名を大声で叫ぶと、その者がいる方向からのみ声が跳ね返る。どうだ? 稲荷は役に立つであろう」


 稲荷は褒めてほしいとばかりに胸を張り、誇らしげにしている。


「真下か……」


 暦は真下を向き、考える。

 真下、ということは館の二階か一階。だがそのような場所に瞬間移動するはずがない。


「場所も分かったことだし、見つけるのだ」


「ああ、見つかればいいが……」


 暦は懸念していた。

 もしその場所がどの冒険者にも発見されていなかったとしたら。


 暦の不安は残念なことに当たっていた。

 三世と三浦は真っ暗な部屋にいた。

 灯りは天井にある小さな照明だけ。


「ここはどこだ?」


「【毒の館】の地下。今日までこの場所はどの冒険者にも発見されていない未確認場所(アンノウンスポット)。誰も助けには来れない」


 男は失くなった左腕を惜しむ様子はない。


「本当に助けられると思っていたようだが、終わりだ。この部屋は侵入者を検知すれば液状の毒が少しずつ部屋を満たすようになっている」


 男の言葉を裏づけるように、部屋に水が流れる音が響く。

 部屋は暗く、足場ははっきりとは見えないが、既に足下に毒液が触れている。

 当然男の足にも触れているはずだ。


「お前も死ぬつもりか」


「いや、この肉体はとっくに死んでいるよ。三浦友達、お前が殺した接続者の一人だ」


 三浦友達は絶望の中、更なる絶望にのまれる。


「お前は救われてはいけない存在だ。お前に存在価値はない」


「黙れ」


 三世が吠える。


「接続者、その目はなんだ」


「お前が三浦さんの価値を決めんな。お前がどこの誰であろうと関係ない。これ以上お前が三浦さんのことを語るな」


 三世は勇気を振り絞り、男に歯向かった。


「くだらない。どうせここで死ぬ者との会話はこれ以上必要ない。お別れだ、死に行く者よ」


 男は魂が抜け落ちたように地に倒れた。

 毒に体は埋まっている。


 毒液は、立っていたとしても膝辺りまで迫っている。

 触れているだけで全身に激痛が流れる。

 三世は解毒薬を取り出し、三浦に渡す。


「三浦さん、飲んで」


「駄目だよ……。私は、人殺しなんだ。しかも一時期、私はそれを忘れていた」


 三浦は解毒薬を受け取らない。

 その目には生きる希望を持たず、死を待ちわびている。


「それでも生きなきゃ」


「無理だよ。人を殺したこの醜い手で、どう生きていけばいい。私は、ここで死ぬべき人間なんだ。だから、解毒薬は君が使って」


 三浦は生きることを諦めた。


 ーー思春期の心は不安定だ。


 三世は知っている。

 死にたい、その気持ちが。

 自分も過去に死にたいと願い、何度も死へ進もうとした。それでも生きている。

 同じ思いと経験を重ねた三世だから、三浦の気持ちを理解できる。


「三浦さん、僕は、君を助けたい」


「駄目……。私はたくさんの人を殺したの。私は悪い奴だ、ひどい奴だ、最低な奴だ。だから、ここで死んでも誰からも恨まれない。むしろ、喜ばれる……」


 三浦は一度は助けてと願った相手を追い返そうとしている。

 思春期の心は不安定。そこに異世界という恐怖だらけの要素が加われば尚更だ。

 だから、思春期の心は一度の救いでは不完全だ。

 何度でも、何度でも救わなければいけない。


 だから三世は何度でも助ける。

 そこに助けてと叫ぶ思春期の女の子がいる限り、何度でも手を差し伸べる。


「三浦さん、君は誰かに操られていたんでしょ」


 ハッと三浦は目を丸くする。


「分かるんだ。だって僕も、似たようなことを経験したことがあるから」


 三世は過去を吐露する。


「三浦さん、僕は過去に人を殺したんだ」


 三浦には分かる。

 三世は故意に人を殺すようなことはしないと。


「僕にも殺してしまった人がいる。でも、だから自分も死ぬっていうのはきっと駄目なんだ。その人からが死ぬほど恨まれるかもしれない。それでも今を生きて、今を受け入れて、前に進む」


 三世は三浦さんの手をぎゅっと握り締める。


「やり直せない。でも、死んだとしてももう一度繰り返すかもしれない。悔やんでいるのなら、贖罪したいのなら、僕らは今を生きて、謝るしかない」


 三世は後悔している。

 自分が関わらなければ生きている命があった。


「してしまった後悔を繰り返さないために、今を生きるしかない。それは辛いことで、苦しいことで、逃げ出したくなることだ。だから、僕は君のそばにいる。僕が君の手をいつまでも掴んでいるから、一緒に生きよう。一緒に謝ろう」


 一人は苦しい。

 一人で苦しみを背負うのはもっと苦しい。


 三世は一人の気持ちがよく分かる。

 だから、三浦友達を救いたい。救ってほしい。


「三浦さん、これからを僕と一緒に生きてくれませんか。これから辛いことや苦しいことが待ち受けている。それでも、僕は三浦さんと一緒なら立ち向かえる。だからーー」


 三世は掴んでいた三浦さんの手を離し、三浦さんに手を差し出す。


 三浦友達は胸を押さえた。

 嬉しくない、はずがない。

 自分が生きる意味を、今の今まで分からなかった。その場しのぎの言い訳で生きてきた三浦にとって、三世は世界を変えてくれた救世主。


 だから、今度は三浦から三世の手を掴む。

 ぎゅっと、離さないように。


「ありがとう。私に生きる意味をくれて」


 三浦は目に涙を浮かべながらも、笑みを浮かべた。

 三浦は生きる意味を見つけた。

 三浦にとって、それは大きな救いだった。

 生きる理由がなく、死ぬ理由だけがあった。


 今は違う。


 幸せな感情が押し寄せる。

 死が迫る毒液の中、二人は生きることを諦めなかった。


 毒が迫る中、一分に一度解毒薬を飲み、延命する。だが五分もすれば解毒薬は尽きた。

 部屋中を毒が埋め尽くした。

 部屋の中は深海のように暗く、重たい。


 二人は手を繋いだまま。

 毒に侵される激痛に耐える。


(あーあ、せっかく生きる理由を見つけたのに、ここで私は死んでしまう。

 嫌だなぁ、一緒に生きたいと思える人がいるのに……。

 このまま終わったら、三世とまだ何も話せないまま終わっちゃうな。

 嫌だ、嫌だよ……。

 君ともっと手を繋ぎたい。

 君ともっと話をしたい。

 君のことをもっと知りたいな。

 どんな食べ物が好き?

 何を貰ったら嬉しい?

 好きな女の子のタイプは?

 デートするならどこがいい?

 私は君のことーー)


 意識が薄れていく。

 だが毒への耐性が多少ついたのか、毒の中にいながらもまだ死ぬことはない。


(三世、君はまだ生き残れると信じている。

 やっぱり君で良かったよ。私、君に逢えて良かった。

 だから、君にもっとお礼を言いたかった。

 毒の中じゃ、口も開かない。口を開いても声はきっと届かない。それでも、)


 三浦は三世の手を一段と強く握る。


(君が生きるのを諦めていない。だから私も君と生きてやる。

 君と生き残って、必ず君を惚れさせてやる。

 私を惚れさせたんだ。

 孤独で、苦しくて、死にたいと思っていた私に未練を抱かせた。

 私の生きる理由は君なんだ。

 私より先に死なないでね。

 今を生き残って、これから私を助けてね。

 君が辛くなった時は必ず私が助けるから。

 創世三世、君は私にとっての主人公だ。だから私はヒロインだ)


 三浦は毒の中、三世を凝視し、幸せに満ちた表情をしている。


 このまま終わりたくない。

 二人の思いが届いたのか、天井が砕ける。


「地下への入り口がないのなら、入り口を自分で作ればいいのだ」


 稲荷の声が二人に届く。

 琉球と愛六が毒の中に飛び込み、二人へ手を伸ばす。


(なんだ、私は助かるんだ。

 これじゃ、私は最高のヒロインだ)


 もうすぐ、日が昇る。

 永遠に続くかと思われた曇り空が晴れる。

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