物語No.28『作戦会議』
これから三世らが向かう場所はダンジョン領域にある【毒の館】。
つまりダンジョンだ。
ここ一ヶ月モンスターとの戦闘を暦に訓練させられた琉球と愛六はともかく、三世は戦いには慣れていない。
暦はそのことを懸念していた。
だが問題は三世の経験不足だけではない。
「ダンジョン領域は区画ごとに分けられている。奥へ進むほどダンジョン領域の恐ろしさが顕著に現れる」
既に料理を完食した円卓には水が入ったコップが残るだけで、眠る稲荷以外は皆真剣に話を聞いていた。
「【毒の館】はダンジョン領域第十区画にある。基本的には星一や星二程度のモンスターしか出現しない。だが稀に星三級のモンスターの出現もある」
星三下位は駆け出しの小隊(30人~60人)で善戦できる強さを誇る。
星三上位は駆け出しの小隊では苦戦を強いられ、精鋭の小隊でようやく善戦できる強さ。
「【毒の館】は駆け出しの冒険者にとっては最悪だ。魔法を覚えていないのなら尚更だ」
暦は眠る稲荷の耳をブラシで撫でながら、視線は三人へ向けて話を続ける。
「あのダンジョンに出てくるモンスターは全て毒持ちだ。その上ダンジョンの仕掛けにも毒に汚染される罠がある」
暦はあのダンジョンをこう称する。
「あのダンジョンは最悪だ。奴らは本気で半端者を殺そうとしているんだよ」
琉球、愛六、三世らは皆魔法を覚えていない。
三世は一度は魔法を覚えたものの、魔女エンリにエーテルの能力を回収されたことにより、習得した火の魔法もお蔵入り。
自分で習得しない限りはお披露目できない。
「対策としては、ボクの槍、そして解毒薬をゴブゥの店で大量に購入する。耐毒魔法を今から習得するのは無理だからね」
期限は今日の五十五時。
今から四十時間の猶予はある。
「潜在能力と道具を全面に活かさなければ死ぬ。それが毒の館。ボクが君たちを全力でサポートするとはいえ、生きられるとは限らない。その上で、君たちは三浦友達の救出を行うかい?」
「当たり前だ」
三世は迷わず答えた。
「俺も救いに行く。三浦さんはクラスメートだ」
琉球も三世に同調する。
「私は反対」
だが、愛六は拒絶した。
「私は私の身の方が大事なの。三浦さんとかいう知らない人を助けるために命はかけられない」
愛六は拳を握り締め、机と向き合い、垂れ下がる髪で顔が隠れている。
表情は窺えないが、腕が微かに震えている。
「……でも、」
愛六は顔を上げ、三世を見る。
「私は弱くない。あんたみたいに弱くないから、だから……戦ってやるんだ」
三世に突き刺すような人差し指を向け、歯を食いしばりながら、怒る口調で吐き捨てた。
愛六はまだ、勝手に逃げた三世を許していなかった。
だからこれは愛六のプライドがそうさせた。
今ここで逃げてしまえば自分も三世と同じだ。私は逃げずに、どんな苦境にだって立ち向かってやる。
ーーこれが私とお前の差だ。
とでも暗示するように、愛六はダンジョンに立ち向かおうとしていた。
たとえ一ヶ月以上暦に指導を受けていたとはいえ、モンスターとの戦闘はいつだって恐い、
常に死と隣り合わせにある感覚、慣れるはずのない恐怖が心臓を逆撫でする。
でも戦う。
でも前を見る。
「三世、次逃げたら容赦しない。だからここで三浦さんを救って、私たちを見返してみせなさい」
「うん、ありがとう」
「……ば、バカね。お礼じゃなくて、罵倒しなさいよ」
愛六は赤くなった顔を隠すようにそっぽ向いた。
三世は困り顔で苦笑いする。
「全員参加か。ではあとは、稲荷が三浦さんを何者かからの支配から解放する。解放の後、すぐにダンジョンを出る」
暦の作戦に三人は頷く。
暦が呆けている稲荷の耳をこしょこしょと撫でると、身震いと笑い声とともに稲荷が飛び起きた。
「ちょ、くすぐったいのだ」
「寝てるからだ。今回の作戦は稲荷が主役なんだ。何者かの支配を解かなければ、三浦友達は一生救われない」
「もちもち。稲荷の策は成功するよ。だって、今日はこんなにも軽いんだもん」
稲荷は手に持ち石を見ながら元気に言った。
「これは重軽石。重ければ願い事が叶うのは数手先、でも軽ければ近い。だから大丈夫。私がついているのだ」
稲荷は胸を張り上げ、堂々と宣言した。
「これからボクと稲荷は解毒薬を買いに行く。三人は武器の装備を整えておいてくれ。五十四時、ネタバレ屋に集合で」