物語No.25『三世の選択』
真実の右は鉄の毒を逃した。
実力は拮抗し、互いに勝利を譲らなかった。結果、鉄の毒は劣勢に追い込まれ、流動性を活かして撤退を選んだ。
「逃がしたか」
真実の右はすぐ三世のもとへ駆け寄ると、戦闘の痕跡が残った場所で一人泣いている姿があった。
どう声をかけていいのか、分からなかった。
だから三世が泣き止むまで、真実の右はそばで待っていた。
時刻は二十六時。
あと四時間で五月三十日が終わる。
膠着状態。
事態は進展をしない。
永遠と同じ場所を回り続ける。
分かっていても、創世三世は動かない。
顔を下に向けて、夜空の光を浴びながら、座り込む三世。
飾られた絵に墨を垂らすように、魔女エンリは忽然と現れた。
腕を後ろで組み、見下ろすように瞳をじっと三世に向ける。
「あなた、何も変わらないのね」
魔女エンリは退屈だった。
「あなたには微生物の涙ほどの期待はしていたのよ。でも、あなたはもう飽きたわ」
魔女エンリは今日、三世を殺すつもりだった。
だからこそ、今日を生きてしまった三世を、計画から逸脱してしまった三世をどうでもいいと思っていた。
「今日、面白いものが見れると思ったのに、、、」
魔女エンリは静かな怒りで満ちていた。
「でもいいわ。作戦には失敗が付き物だと、ライも言っていたもの。だからあなたを使って第二の策を決行することにしたの。ねえ三世、ギルド第三師団として、もう一度あなたには立ってもらうわ」
三世は気付いていた。
魔女エンリは、自分を利用しているだけだと。
至福のため、私欲のため、だって彼女は傲慢だから。
「師団長……いや、魔女エンリッ」
三世の目は色濃く染まる。
「あなたは人の心が操れるんでしょ。人の体さえも操れるんでしょ。なら、あなたが三浦さんを操っているんじゃないんですか」
三世は薄々思っていたことを口に出した。
確信はまだなかった。
それでも現状考えられる可能性としては、今口にしたことが真実に最も近かった。
「生憎、三浦友達を操っているのは私ではない」
「嘘をつくな」
「嘘ではない。あなたは私を信じることはできないかしら?」
「僕はお前が何を言おうとどうでもいい。もう、お前とは関わらない」
感情的な言葉だった。
後先も考えず、冷静さを欠いた暴力的な言葉。
「私のもとから離れるのなら、能力は返してもらう。だが私の横で共に歩むのなら、能力を一段階強くさせよう」
魔女エンリは最後のチャンスを与えた。
後先を考えた、知性に満ちた聡明な言葉。
「今ここで選びなさい。それがあなたと私の最終決断になる」
魔女エンリが与えた二つの選択。
「選ぶのは君だ」
魔女エンリは三世の答えを待つ。
三世がどちらの選択肢を選ぼうとも、選択肢に縛られた時点で創世三世は魔女の手中に収まるだけ。
「僕は、能力を失ってでもあなたのもとから去る。僕はもう、誰かに操られるのは嫌なんだ」
三世は自分で選択をした。
だが、魔女エンリは選択がそれしかないように思わせた。
真実の右は去っていく三世を止めようとするも、ライが腕を掴み、引き止める。
「まあ待ちなさい」
「副師団長、なぜ止めるのですか」
「第三師団はもう用済み。もうすぐエンリはギルド幹部になれるしね」
「何を言って……?」
「真実の右、これは副師団長命令です。三世を追いかけるのはやめなさい」
ライの口調が明らかに変わっていた。
今話している相手がライなのか、疑わしくなるほど別人のような口ぶり。
「君に選択肢はない。ただ命令に従いなさい」
真実の右は三世を追いかけることはない。
命令に背くことは、真実の右には不可能なことだ。
遠ざかる三世の悲しげな背中を追いかけることもできない。
ただ眺め、小さくなる背中に虚しさを覚えるだけ。
「ライ、異世界のみに訪れる三十一日から六十日の間で接続者狩りを殺しましょう」
「でも、三浦友達の後ろに何者かがいるよ。エンリもその正体は分からないでしょ?」
「私の視覚情報じゃ捉えられない。でもいいわ。あの少年は三浦友達を助けに行くでしょうから。そこで裏にいるのが誰か、見ていましょう」
魔女エンリでさえも正体を掴めない存在。
三浦友達の後ろに誰かがいる。
「創世三世、あなたにかけた呪いは消えない。たとえ能力を失おうとも、あなたは私に呪われ続ける。だから私はあなたを選んだ」
魔女エンリは見ている。
三世はエーテル、つまり全属性を支配する能力を使えない。
それでも三世の手に刻まれた黒い翼の紋章は消えない。
魔女エンリは見た。
三世の行き先を。
「どうですか? あの少年は前へ進む覚悟を持ち合わせていましたか?」
「あの少年は選んだみたいだ。異世界へ行くことを」
三世は異世界へ進む。
もうすぐ五月三十日が終わる。
三世はネタバレ屋がある方へと足を進める。
「私たちも行くわよ。今度こそ、創世三世を終わらせる」
「あれ? エンリ、怒ってる?」
「当たり前でしょ。作戦通りいかなかったのは今回で初めてだ。こんな気持ちは初めてだ」
魔女エンリは笑わなかった。
初めて彼女は怒りを露にする。
「心も体もぐちゃぐちゃにして、私の屈辱以上の苦しみを味合わせてやる」
強く拳を握りしめる。
目は明らかな殺意を纏う。
歯は全てを噛み砕くほど強く噛み合わさり、肩は力みで上ずっている。
「ここであなたに終焉を」