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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章2前『三世編・魔女堕ち』
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物語No.24『小さな勇気を集めて』

 三世の前に三浦が現れた。

 魔女エンリが描いていたシナリオとは異なる展開が繰り広げられたことに驚きを表さないものの、苛立ちに似た感情を感じていた。


「ライ、これはどういうことだと思うかしら?」


「何何?」


 ライは相変わらず能天気に答える。


三浦(向こう)からやって来たの。本来は誘き出す予定だったでしょ」


「仕方ないよ。作戦に異常事態は付き物でしょ」


 真剣に答えていない。軽はずみで思考が巡らされていないアホみたいな返答。

 魔女エンリはライに聞いたのが間違いだったと反省し、一人でこの問題について考える。


「このままでは三浦友達がエーテルを殺す、というつまらない展開で終わる。それだけは避けたいのだけれど」


「でもエンリはエーテルが死ぬのが見たいんでしょ」


「違うわよ。私はエーテルに二つの絶望を味合わせたかった。仲間を殺す絶望と、仲間から殺される絶望を」


「へえ、エンリって気色悪ーい」


「あなた、いい加減殺すわよ」


 ナイフの雨が降り注いだような殺伐さが一面に広がる。

 だがライは脅える様子はなく、死の前触れをはね除ける程ヘラヘラしていた。


「あなた、人生なんでも楽しそうね」


「なんでもじゃないよ。私、エンリといる時しか笑わないもん」


「相変わらずあなたは嘘しかつかないのね」


「嘘しかは嘘だよ」


「でも嘘はつくのでしょう」


「私は嘘はつかないもん。ただ、」


 ライは突然間を溜め、次のように言った。


()()()()()()()()()()()()だけ」


 口調が変わる。

 生まれたばかりの幼児が急に大人になるようだった。

 口調は賢い大人のような聡明さを持ち、声のトーンも低くなっている。


 魔女エンリはライの口調が変わったことには驚かず、今度は愉快に微笑んだ。


「ようやく待機時間(クールタイム)が終わったみたいね」


 魔女エンリはこの時をずっと待っていた。

 この日が来るのを待ちわびていた。

 故に、この日が来たことで魔女エンリの憂鬱は少しばかり綻んだ。


「エンリ、私に頼みたい嘘はない?」


「あるわ。本当は幾つものお願いしたいのだけれど、あなたに頼める嘘はいつも一つだけなのよね」


「厳選して選べば良いじゃない。全てを改変できるたった一つの嘘があるかもしれない」


「そうね。でも今は嘘は必要ないわ。こういう時のために、私はエーテルの体に刻んでいるのよ。私がいつでも体を乗っ取れるように、魔女の刻印を」


 エーテルの左手の甲に刻まれた黒い翼。

 刻印は魔女エンリがその者の体を支配するための鍵であり、いつでも体を自由に乗っ取り、奪うことができる。


「さて、私が行こうかな」


 と彼女は意気込む。

 自分で対処し得る程度の問題だと、魔女エンリは確信していた。

 あらゆる情報を視覚情報として認知できるからこその傲慢。だが彼女の傲慢に歯向かうような事態が現れた。


「まさか……なぜあいつがここにいる!?」


 魔女エンリは、ある人物の登場に怒りを隠しきれなかった。


「エンリ、行かないの?」


「ああ。奴がいるなら、エーテルが死ぬ心配はない。だが、三浦の代役は探す必要がある」


 魔女エンリは名残惜しく三浦友達を見つめる。

 まるで三浦友達に死が迫っている、と暗示するように。



 ♤



 森の中、雷と毒がぶつかり合う。

 毒、といっても鉄のように硬くなる時もあれば、液体のように流動することもある、極めて厄介な物体。

 真実の右は鉄の毒(アイアン・ポイズン)の攻撃を回避しつつ、雷を浴びせていた。


「こいつ、雷で倒せるのか?」


 長期戦になる一方で、真実の右には懸念があった。

 永遠と雷を浴び続けても、モンスターは倒れない。


「それでも戦うしかないよな」


 電撃は激しく弾け続ける。


 その音を近くで聞きながら、二人は戦いを繰り広げていた。

 半月型の黒い短剣が弧を描き、木を切断する。倒れる木をかわし、襲撃者から距離を取ろうと後ろへ駆ける。

 襲撃者は逃亡を許さない。

 ビー玉のような何かが逃げる少年の前方に投げられる。地面に触れた直後、半径三メートルの小規模な爆発を起こした。


「ぐはっ……」


 爆発を直で受けるのは回避したものの、爆風により体勢を後ろへ崩した。

 その数瞬を襲撃者は逃がさない。

 仕留めの一撃を振るうが如く、襲撃者の短剣は頭部目掛けて振り下ろされる。


「待って、三浦さん」


 少年の声を聞いた襲撃者は寸前で短剣を止める。

 少年は地面に倒れ、上から襲撃者が覆い被さる。

 襲撃者の腕はビクビクと震え、まるで短剣を振り下ろそうとする意思に何かが抗っているみたいだった。


「三世……君」


 少年ーー三世は襲撃者ーー三浦の腕を掴み、振り下ろされようとしていた短剣を食い止める。

 三世は三浦の目を真っ直ぐに見つめる。


 落ちる涙が三世の頬をつたう。

 三世はフードの中に見える三浦さんの顔を見ていた。

 目は涙で曇り、耳は真っ赤になり、泣きじゃくった表情を浮かべている。


 三世は悟った。

 人の人生を何度も経験したことがある三世だからこそ、人の気持ちを理解することには人一倍長けていた。

 三浦さんが今何を思い、何を考えているのか、大雑把にだが理解できる。


 だから三世は自分の行動を反省した。

 あの日、屋上でのこと。

 自分が接続者狩りをしていると告げた三浦さんに対し、自分は何も言わず、ただ話だけを聞いていたこと。

 自分のことしか頭になくて、それ以外は空っぽで、我が身大事だった自分勝手な創世三世のこと。


 だから三世は自分自身に勇気を問う。

 今自分に必要な勇気があるのか。


 長い沈黙が流れる。

 お互いに目を合わせては逸らし、口を開いては閉じ、を繰り返す。

 三世は自分の心に巣食う臆病を今だけはと圧し殺し、震える口を無理矢理開き、言う。


「三浦さん、僕は、あなたに謝らなければいけないことがある」


「違う。三世君が謝ることはない」


「あるんだ」


「嘘だ。三世君は今の状況が分かっていないの? 私は三世君を殺そうとしているのよ」


 悲痛に叫ぶ。

 声を枯らし、気を抜けば振り下ろされてしまう短剣を必死に抑えて。


「三浦さんは言った。自分は接続者狩りだと。あの時僕は、君に言うべきだった。僕も接続者だと」


「言わなくて正解だったの。言っていればもっと早く三世君を殺すことになっていたかもしれない。だから、三世君は正しかった」


「だったらどうして、君は泣いている」


 三浦の力が弱まっていく。

 対照的に、短剣を突き刺そうとする力は強まる一方だ。

 三世の力では押し負け、短剣は徐々に胸に近づいている。

 死が間近に迫る中、三世は三浦に叫び続ける。


「僕は友達が少ないんだ。だから、君が僕の友達になってくれて嬉しかった。幸せだったんだ。救われたんだ。だから、僕も君を救いたい」


「駄目。三世君は私を知るべきじゃない」


 三浦は恐かった。

 初めての友達になった二階堂しいなを殺した。

 その時誓った。友達は作らない。大切な人は自分には必要ない。


「私に構わないでよ。私を救わないでよ。寂しくないから。苦しくないから……。お願い…………私を、殺してよ」


 目に涙をいっぱいに浮かべ、三浦は叫ぶ。

 三世を追い払うために、大声を上げて、虚勢で三世を遠ざけようとする。


「でも、君は泣いている。泣いている君が、救われたくないだなんて思っているはずがないじゃないか。苦しくないだなんて思っていないわけないじゃないか」


「なんで……なんでそんなことを……。無理なのよ。私に関われば死ぬの。それを分かってよ」


 誰も関わらせたくない。

 だから三浦友達は叫んだんだ。

 心が張り裂けそうなほど叫んだんだ。


「分かりたくない。僕は、何度も死にたいって思っていた。その度に孤独な自分を恨んだ。だから、君を救うためなら……死ぬことだって恐くない」


 本当は脅えている。

 本当は震えている。

 声は霞み、躊躇いだってあった。

 勇気だって欠片を集めたようなもので、一度押し潰されただけで簡単にバラバラになってしまうやわなものだ。

 でも、彼は小さな勇気をかき集めて三浦を救おうとしている。


「僕は言うべきだった。君を助けるって」


「三世君は……本当に変な人だ。でも、友達だ……。でも、殺さなきゃいけない」


 短剣の先端が三世の胸に触れる。


「私を救おうとしてくれたのは嬉しいけど、私には使命があるの。だから、死んでよ」


 泣き叫ぶ声が森に響く。


「死にたくないなら私を殺せ。死にたいなら刃に抗わないで」


 三世は未だ刃に抗い続ける。

 三浦を蹴り飛ばせば状況は脱することができるかもしれない。だが三世は傷つけたくないと思っている。


「ここは戦場。だからあなたも選ばなきゃいけない。私を殺す、それ以外の選択は必要ない。お願い……私は覚悟を決めたの。だから、選んでよ」


「選ぶ。僕は、君を助ける」


 それでも三世は、三浦友達を救いたい。


「僕の知り合いになんでも知ってる人がいる。あの人に聞けば、君を救う方法があるはずだ。君が何も話してくれなくても、僕は君を救うためにわがままを突き通す」


「三世君は愚かだ」


「愚かでいい」


「三世君は馬鹿だ」


「馬鹿でいい。ただ、君を救えれば、僕の友達を救えればそれでいい」


 三浦は抗い始めた。

 自分の中にある、短剣を振り下ろそうとする意思に。

 後悔を噛みしめ、必死に短剣を振り上げようとする。だが対抗する意思が強く、押し負けそうになる。


「三世君、私は……、君に救われたい。私を助けて」


 三浦の本当の声が三世に届いた。

 三浦は本当は救われたかった。

 三浦は本当は救世主(ヒーロー)を求めていた。

 強い殺意の中にそれを隠しても、涙だけは隠せなかった。


「ああ、僕は君を救ってみせる」


「ーーこれ以上は許容範囲外だ。三浦友達、これよりお前の体は処分する」


 三浦の脳内で、神は言った。

 三浦の表情は一瞬で絶望に染まる。


 神が支配する力が弱まり、三浦はさっと立ち上がり、三世から離れるように上体を後ろへ倒した。


「三世、やっぱ私は、救われないみたいだ」


 瞬間、赤い閃光が三浦に向かって走る。

 咄嗟に神は三浦の体を支配し、短剣で槍を弾いた。だがあまりの高威力に三浦の腕が震えている。


「この槍、またお前か」


「接続者狩り、やはり君をあの場で殺しておくべきだった」


 赤い槍とともに姿を現したのは、これ以上ないほどの白髪の少年。

 真っ白な髪を揺らしながら、少年は手に戻る槍を握りしめ、三浦に向けて攻撃を開始する。


「お前はここで終わらせる。接続者狩りの討伐は全接続者の願望と等しい」


 少年の言葉を聞き、三浦の顔が曇る。

 三世との会話の中で一瞬だけでも忘れていた、殺した者から浴びせられる恨みや憎しみがあることを。


 神に操られる三浦は、少年の槍を受け流し続ける。


「暦さん、やめて。攻撃しないで」


「無理だよ。これは接続者全員の総意だからね」


「僕は違う」


「たった一人でこの状況を覆そうとしているのかい? 君は、そのような力は持ち得ない」


 今三世が三浦に加勢したところで、暦は片手もいらずあしらえる。

 三世の目には暦が三浦を追い詰める様子が克明に刻まれる。


「三浦さん……っ」


 三浦は攻撃を受け続けることはできないと悟り、逃亡を計ろうと転移の準備をする。

 暦はさせまいと攻撃を加速させる。だが無動作(ノーモーション)での瞬間移動により、暦は三浦を逃した。


「集中力が桁違い……というより命の心配がないからこその冷静さか?」


 暦は、三浦の瞬間移動に驚いた。

 魔法を使う際には頭の中で術式を組み上げるなど、様々な方法がある。高度な魔法ほど集中力を必要とするが、攻撃を受け続ける中で瞬間移動を発動した。

 暦は三浦が類いまれなる死地を通ってきたのか、と思考する。


 三浦は丈夫な木の枝に腰掛け、暦と三世を見下ろす。


「ーー創世三世、私を救いたければ、三十一日の異世界へ来い」


 三浦は言った。


「三十一日? すべての月は三十日までしかない。何を言っている」


「ーーこれ以上は許容範囲外。この場から立ち去ろう」


 去り際、三浦は言う。


「ーー三浦友達を救うんだろ。創世三世」


 三浦は瞬間移動により、その場から音もなく消え去った。


「ーー三浦友達、創世三世、そこでお前ら二人をまとめて処分しよう」


 三浦の中にいる神は、未来のための策を打つ。


 残された暦と三世。

 三世は三浦を逃がした後悔に駆られる。


「暦さん、あなたが来なければ」


「死んでいた。君は接続者狩りを何も知らない」


「知っている。何も知らないのはお前の方だ」


 三世の殺意が暦へ向けられる。

 まるで野生で育った狼のように、今にも牙で噛みつきそうな勢いだ。


 暦は自分の発言を反省し、次の台詞を考えていた。

 だが三世は感情のまま、暦に言葉を浴びせる。


「あいつは救われたいんだ。あいつは寂しそうなんだ。僕は約束した、君を救うと。なのにどうして邪魔をした」


 三世は暦を睨みつける。


「今の君では話し合いはできない」と判断を下し、暦は遠ざかるように背中を向け、


「明日、五月三十一日、ボクらは君をネタバレ屋で待つ。来るも来ないも君次第だ」


 暦は三世から去っていく。

 振り返り、見えたのは、地面に膝を肘をつき、悲しみのままに涙を流す弱者の姿だった。


(エーテル、君はもっと強くならなければいけない。君が救いたいと思う者のためにも。なら、君はすべきことを理解しているはずだ)


 三世は泣いた。

 自分の弱さに。


 もうすぐ夜が来る。


 三世は虚ろげに空を見上げた。

 いっそあの夜空に逃げてしまおうか。その方が幾分かはマシなのかもしれない。

 孤独な空の下、三世は仰向けに寝転び、死人のように目を閉じた。


 ーー全部、夢であったら良かったのに。

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