物語No.23『五月が終わる日』
五月三十日が始まった。
各々が各々の思いを胸に抱え、残酷な未来へ歩み始める。
創世三世ーー僕はギルド第三師団に所属している。
その中でも、真実の右班長が率いる班の一員。といっても、この班には僕と真実の右班長しかいない。
「三世、現実世界にモンスターが出現した。出動するぞ」
「了解です」
初任務。
モンスターとの戦闘はいつも愛六や琉球、暦さんとともに行ってきた。
だが真実の右さんとの戦闘は初めてだ。上手くいくか不安だった。
「その前に確認だ。師団長に訓練してもらっていたんだよな。どのくらい成長した?」
「使える魔法は火属性だけです。できることは火球を飛ばすことで、飛距離は三メートル」
「それだけか?」
「はい」
僕はエンリ師団長から教わった全てを話した。
といっても、エンリ師団長から教わったのは魔法だけ。
真実の右班長は首を傾げ、不思議そうにしていた。
「潜在能力は発現しているんだよな」
「はい」
「どんな能力だ?」
「自分と誰かの位置を入れ換えることができます」
「特異系の潜在能力か。なら条件や制限があるはずだ。それは不明か?」
自分の潜在能力はあまり把握していない。
この潜在能力は琉球相手にしか使ったことがない。
「分かりません」
「これからの冒険の中で知っていけば良い。今は現実世界に出現したモンスターを討伐しに行く」
出現したモンスターは星四上位。
真実の右班長は星四上位のモンスターを一人で倒したことがあるが、ほぼ相討ちに近かったらしい。
数瞬でも肩の力を抜いていたら、即死していたことは間違いないと、本人は語っていた。
僕は恐かった。
ろくにモンスターと戦闘もせず、毎日エンリ師団長から魔法を教わるだけ。
強くなっているのか、明白な答えは分からなかった。
僕は真実の右班長とともに、ギルド第三師団のアジトを後にする。
僕らがいなくなったアジトで、魔女エンリは呟いた。
「さて、最悪な一日を始めましょう」
魔女エンリの笑みは、きっと目の前に宝石が転がっている時みたいな幸せいっぱいの笑みだった。
僕は彼女の目的に気付かなかった。
だから、こんな罠にも簡単にハマってしまったんだろう。
♤
移動先は森の中だ。
どうやら第三師団のアジトからは、現実世界のいたるところに幾つもの出口が存在するらしく、そのためモンスターが出現してもすぐに駆けつけられる。
早速目の前にモンスターを見つけた。
まるで水のような流動性を持つ原型が不確定な魔物。体色は薄紫色をし、体積は二メートルほど。
僕らの気配にはまだ気付いていない。
そもそも目があるかさえ分からない。
「班長、あれは何でしょうか?」
「鉄の毒。星四上位の中では星五に最も近いモンスターの一体」
班長の額から汗が流れる。
敵は強敵なのか、班長は引きつった表情をしている。
魔物から放たれる異臭が二十メートルは離れている僕らのところまで漂っている。
鼻を押さえなければ頭がくらくらし、体調が悪化していく。
僕の異変にすぐに気がつき、
「エーテル、お前は遠くで見ていろ」
班長は僕へ促した。
「しかし僕も班の一員です」
「駄目だ。あのモンスターは毒そのもの。一度攻撃を受ければ全身に毒が広がり、死ぬ。俺は対毒魔法を持っているが、お前のサポートに回れるほどの雑魚じゃない」
班長は「自分一人の方が勝てる確率は高い」と言い、僕を戦場から遠ざけようとしている。
「では遠距離で援護をします」
「たった三メートルでか? 無理だ。本当は星三程度の相手からお前と合同で任務を遂行したかったが、敵が最悪な相手」
僕の案はことごとく否定されていく。
実際、僕が戦っても足手まといになるのは確実だ。
戦いたい、僕もこの人と戦いたいのに……。
どうして僕には力がない。
「エーテル、ここから絶対に動くな。ここから先は、俺の領分だ」
班長の全身には途端に電気が纏われる。
エンリ師団長に体を操られて戦った時以上の電力だ。少し離れて見ている僕にも痺れが伝わってくるほど。
足を屈伸した瞬間、雷のような速さで魔物の頭上まで移動した。
「速っ!?」
班長は魔物に向けて手をかざす。
直後、手に濃黄色の魔方陣が形成され、魔物に向かって雷ほどの威力の電気が怒号とともに落ちた。
地面にはクレーターができるほどで、周囲の木々が焦げている。
仕留めた。
そう、僕は確信した。
ーーだが、液体はそこにはあった。
紫色をした矢が班長の左腕を貫いた。
「班長ぉおおおおお」
矢、だと思われたそれは魔物の体の一部分。
班長の左腕には紫色のあざが広がっていく。
「対毒魔法"解毒"」
左腕に広がっていたあざはみるみる消えていき、刺さった矢を引っこ抜き、地面に投げ捨てる。
「これが星四上位の中の上位か。本当に最悪な仕事だ」
汗に濡れた金髪をかき上げる。
視線は真っ直ぐに魔物を睨み、逸らさない。
強敵を前にしている状況で、油断はできない。
一息の呼吸さえも息苦しい空気が感染する。
見ている僕も重々しい空気に飲まれ、木陰に隠れて見ていることしかできない。
半端な強さでは即死する。
僕はただ願った。
真実の右班長の勝利を。
目を瞑り、手を重ねる。
最中、聞こえる。
背後から忍び寄る足音が。
魔物か、と警戒し、振り向こうとした直前、接近する正体は口を開いた。
「三世君、こんなところにいたんだ」
聞き覚えのある声だった。
大切な人の声だった。
忘れるはずがない。
たった一日だけだったけど、あの日のことは忘れるはずがない。
君もそうだろ。
「三浦……さん!?」
三浦友達に、僕は再会した。
三浦さんの手には、黒い短剣が握られ、殺気を纏っている。
黒いフードで顔を隠していても、声だけで確かに分かる。
今目の前にいる女性は三浦友達であると。
「ごめんね三世君。私は、ひどい奴だ」
ひどく悲しい声だった。
聞いているこっちまで悲しくなるような、涙を堪えるような声。
「さよなら。私の最後の友達」
三浦さんは短剣を振り上げた。そしてーー