物語No.22『三浦友達・プロローグ』
「ーー三浦友達、君はこれから人殺しだ」
目覚めた朝、誰かが言った。
私は不思議と直感したーーそれが神の声であると。
鐘の音のように響く声、女性とも男性ともとれる声、大人びた声だ。
声がどこから聞こえてくるのか分からない。周囲を見回しも、誰の姿もない。
まずここは、場所という概念下には存在しないのかもしれない。
見渡す限りにあるのは白色だけ。
濁りのない光のように、世界は輝いている。
色がない世界を私の意識だけがぷかぷかと泳いでいる。肉体はない。
「ーー三浦友達、君には使命が与えられた。それとともに記憶や肉体、心も異能も、生命が持ち得る可能性を与えよう」
神のような口調。
絶対的上から目線から放たれる台詞。
死後の世界で会うとすれば、今私が話している相手だろうか。
ここが死後の世界だって可能性がある話だ。
生きている心地がしない。
肉体がない。神経がない。何も感じない。
感情さえももやがかかったみたいにぼんやりとしていて、記憶というものさえもない。
過去がない。私にあるのは今だけ。
「ーーあなたは今から神の手足。神の使命をまっとうする人生を与えよう」
「あなたは、誰?」
「ーーあなたの質問に答える必要はない。自分の手足に話しかける人間なんていません」
私の質問は棄却された。
「ーーあなたに与える使命、それは接続者を抹消すること」
「接続者?」
「ーー今ほど、あなたの記憶に接続者の情報を入力しました」
脳を直接触られた、そう私は直感した。
神経がないはずなのに、意識は錯覚している。
直後、分からなかったはずの言葉が、今では説明できるほど理解できていた。
接続者。
現実世界と異世界を自由に行き来することができる存在。
「ーーあなたにはある程度の力を与えた。最初に言っておきますが、その力は神を殺すには至らないもの。故に、神を殺そうだなんて思わないでください。まあ、思えませんけど」
瞬間、心が錠にかけられたような閉塞感を感じた。
まただ。
感覚と言えばいいのか、だがそれとは異なっている不思議な感覚に私は陥る。
「ーーあなたはこれからの人生、神のために使ってください。では、あなたの物語を始めましょう」
瞬間、構築されていく。
腕が、足が、骨格が、胴体が、瞳が、心が、何もかもが。
服装は全身を黒いローブで包み隠し、その下に黒い金属でできた鎧を装備している。
硬い装備だが、布のように軽く、動きやすい。
手には刃渡り三十センチで、刃の方が弧を描いた短剣を装備している。
目覚めた場所はどこかの森の中。
目の前には、剣を構え、私を門番の目つきで睨みつける兵士がいた。
状況は理解できない。
はずなのに、なぜか状況が一瞬で理解できた。
またあの感覚。脳を直接触られるような。
目の前にいる男は接続者。
ここは異世界の人里離れた森の中。
周囲に人の姿はなく、ここで彼を殺したとしても誰も気付かず、モンスターに襲われたと思うのが普通だろう。
「なるほど。そういうことですか」
次の瞬間、私の前にいた男は無数の切り傷により、絶命した。
「ーーおめでとう。この調子で接続者を次々と殺してしまおうか」
神は喜んでいる。
私もなぜか嬉しかった。
「ーー次は雲井白亜」
殺した。
「ーー次は日暮晴明」
殺した。
「ーー次は天童いるこ」
殺した。
「ーー次は、」
殺した。
「ーー次は、」
殺した。
たくさんの命を奪った。
数えきれないほどの命を奪った。
いや、ちゃんと覚えている。
今まで奪った者の名前も、どこで殺したかも、どう殺したかもだ。
何度目だ。
私に与えられた使命によって人が死ぬのは。
彼らには希望があった。
彼らには未来があった。
彼らには世界があった。
だけど、私は奪った。
毎日が苦しかった。
でも、学校で私は友達ができた。
二階堂しいな。
しいなは学校でいつも一人の私に声を掛けてくれた。
しいなは私の支えであり、でも殺人鬼としての顔を隠し続けることに耐えられなくもなっていた。
ある日、神は言った。
「ーー次の使命。二階堂しいなを殺せ」
私は耳を疑った。
二階堂しいなは接続者だった。
その時、私はもう動けなくなった。
「ーーなぜ動かない」
「二階堂しいなは友達だ。だから殺したくない」
でも神は言う。
「ーーだが、お前は今まで何人もの命を奪ってきただろ。今さら友を一人殺すことに躊躇を表すのか? それは今までの自分を否定することになる」
神はまるで私の背後から銃口を向けるように、高圧的に話している。
いや、会話ではない。
神の一人言だ。私は神の言葉を偶然聞こえている徒人でしかない。
「でも、殺したくない」
「ーー仕方がない。代わりに神が代行しよう」
「やめっ、何をするつもり!?」
体が勝手に動いてた。
拒絶反応は永眠し、体は真っ直ぐに脅えるしいなに向かって突き進む。
しいなは私に気付いていた。
せめて私だって気付かれない殺し方にしてほしかった。
せめて私は無関係な立場だと装いたかった。
短剣が一直線にしいなの足を貫く。
現実世界にいる瞬間を狙っているため、武器も防具も装備していない。
しいなは逃げることしかできない。
木々の中を疾走するしいなだが、足に重傷を負い、上手く走れない。
「三浦ちゃん……」
しいなは諦めていた。
上体を倒し、木に背をつけ、そのまま床に尻をつく。
追いかける私と向かい合う体勢になり、しいなは私の目を真っ直ぐに見つめる。
「三浦ちゃん、なんで……私を殺すの……かな?」
呼吸が荒い。
既に両手や胴体、頬に切り傷が浴びせられ、多量の出血をしている。
二十分以上も全力疾走を続け、体力も底を尽きているはずだ。
(私は殺したくない。私じゃない。私があなたを殺そうとしているわけじゃないんだ)
声が出ない。
完全に体は神に奪われている。
「うちら、友達だったでしょ。だから……、ねえ、答えてよ……」
(しいなは友達だ。だから、本当は殺したくない。殺したくないのに……)
声が出ない。
私の思いを伝えられない。
「なんで何も……言ってくれないの……? ねえ、みう……ら……ちゃ…………」
しいなは意識を失った。
防御することもできない。無防備な状態だ。
私は短剣を振り上げた。
しいなの命を確実に奪うため、頭を潰すような一撃を与える。
(さよなら。私の友達……)
強烈な勢いで短剣を振り下ろすーー直前、赤い槍が真っ直ぐに短剣に衝突した。
槍の強さに圧倒され、私の手から短剣が吹き飛んだ。
槍とともに走ってきたのは、色を塗り忘れたような白髪の少年。
「君が噂の接続者狩りか。随分と幼い」
今の私はフードを被っていない。
顔は完全に見られた。
短剣を吹き飛ばした槍は意思を持つように少年の手に戻っていく。
「だが君にこれ以上暴れられては困る。最悪僕の仲間にも手を出す恐れがあるからね」
少年は槍で私に猛攻を浴びせる。
少年の動きに迷いはなく、確実に私の息の根を止めようとしている。
劣勢だ。
そう判断したのか、神は瞬間移動的な能力によって戦場を離れた。
「ーー仕留め損なった」
神は悔やんでいるのか?
声音からは何も伝わってはこない。
「ーー次の使命はしばらく後にしよう」
この日からしばらく神からの連絡はなかった。
私は今まで通り学校に通おうかと悩んだ。
逃げ出した気持ちを一心に堪え、学校へ行く。
案の定、しいなの姿はなかった。
あれほどの重傷を負った。一ヶ月は学校に来れないだろう。
その間、私は謝ることはできない。
学校ではずっと一人になる。一人っていうのがこんなにも寂しいものだなんて、久しぶりに思い知らされた。
これは私への罰。だから受け入れよう。
だが、
「一人は最高だああああああ」
私は出会った。
創世三世、彼に。
彼との出会いは意味の分からないものだったけれど、たった一日の関係だったけれど、私は楽しかった。
彼はこんな私に友達になろうと言ってくれた。
私は救われた気がした。
でも、私はこれからも誰かを傷つけることになる。
だから、友達をつくるのはやめたんだ。
一人で生きていくって決めたんだ。
だからーーごめんね。
結局、私は私を救えなかった。
最後まで、私は神の操り人形として終わるだけ。
友達は私のとって救いだった。
友達は私にとって救いだった。
本当はもっと救われたかったけれど、これ以上は友達を傷つけてしまう。
ここから先は一人で行くよ。
最初から一人だったんだ。
一人で生きられないことはない。
最後まで、分からないことがひとつあった。
私の物語に意味はあったのだろうか。
「さよなら友達。私はまた、ひとりぼっちだ」
覚悟を決めて前へ進む。
矢先、神は言った。
「ーー次の使命。五月三十日。現実世界で創世三世を殺せ」
ーーああ、私の人生に意味はなかった。