物語No.16『ギルド第三師団のアジト』
魔女エンリに連れられ、三世は現実世界にある十三山脈都市のある場所へやって来ていた。
エンリの転移魔法によって移動したため、場所の正確な位置は分からない。
周囲は木々に囲まれ、唯一の光源である木漏れ日は仄かな明るさしかない。
この場で最初に目に入ったのは、他の木とは明らかに色が違う木。
その木は太陽に近づきすぎたように色が剥がれ落ち、濁った白さを有している。
「エーテル、この木に触れてテレポートと呟きなさい」
三世は言われた通りの動作を行う。
木に触れ、テレポートと呟いた瞬間、森にいたはずが別の場所に転移していた。
天井には規則的に整列した無数の火が浮かぶ、ただそれだけの場所。
床は木製、壁は見えず、延々とこの空間が広がっている。
魔女エンリは転移した。
見慣れない光景に呆然としている三世の背後からそっと近づき、肩に腕を下ろし、耳元に口を近づける。
「ここはギルド第三師団の拠点。あなたは今日から第三師団の一員よ」
「仕事内容はなんですか?」
「物分かりが早いのね」
エンリは益々興味が出ていた。
「そういうの、好きよ」と男なら誰もが言われたい言葉をかけ、質問の答えに入る。
「私たちギルド第三師団の仕事は主に現実世界で行うの。現実世界には私たちのようにモンスターと戦える能力を持たない子が多くいる。だからモンスターが現実世界に現れた際、私たちが出動することになるの」
「ではあの日、現実学園にリザード・ドラゴンが出現した際、駆けつけたのも討伐するためだったのですか?」
「そうよ。本当はもう少し早く助けたかったけど、あなたたちの戦いが魅力的だったものだから」
エンリは悪気もなく、「つい、傍観者でいたくなったの」と遠慮なく本音を語る。
三世は相変わらずエンリに対して怒りに似た感情は抱けない。ただ平然と話を聞くだけ。
「モンスターが現実世界に来ることはよくあるのでしょうか?」
「ああ。だがその多くを被害が出る前に私たちが食い止めてるのよ。故に、現実世界は平穏に保たれている」
「おまけで言っておくと」と前置きをし、エンリは話を続ける。
「異世界と接続をしていない人はモンスターを見ることはできないの。それでもモンスターの干渉は受けてしまう」
「理不尽過ぎますよ」
「当たり前でしょ。世界は理不尽で満ち溢れている。それともあなたは、この世界は素晴らしい世界だと信じているのかしら?」
三世は俯き、エンリから目を逸らした。
「でもいいわ。傲慢になりなさいと言ったのは私。あなたには夢と希望を抱いて生きてほしいの」
「……」
「大丈夫。あなたには傲慢になる権利を持っても良いように、能力を与えたんですもの。この世界を素晴らしくするのもあなた次第よ」
魔女エンリは三世の頭をそっと撫でる。
柔らかな手のひらの感触に包まれ、母親の温もりを感じる。
「というわけで、第三師団の仲間を紹介するわ」
瞬間、気付いた。
周囲に現れた二人の姿に。
音もなく、気配もなく、存在感を抹消し、彼らは三世を囲んでいた。
「エンリ師団長、その者は誰でしょうか?」
「猫って耳を擦ると尿意を催すんだよ」
三世は思った。
なんか一人だけ違う。
「ねえねえ知ってる? 生まれた瞬間ってギリギリ性別変えられるんだよ」
赤色をオーブンで焦がしたような深紅色の髪を肩から垂らし、髪と同じ色の瞳で三世を真っ直ぐに見つめる少女。
見た目は小学生くらい、服装はなぜか高校で着るような制服を着ている。
黒を基調にした色使いで、赤色のラインが入っている。
「ねえねえ知ってる? ゴリラってーー」
後ろから、金髪の男性が少女の肩を掴んで言葉を遮った。
「ライ副師団長、スラスラ嘘を言っちゃ駄目ですよ」
「嘘じゃないもん」
ライと呼ばれた少女は頬にたっぷりの空気を溜め、目に涙を浮かべてみせる。
だがそれは演技である。
慣れていない人なら見破れないほどの上等な泣き真似を、嫌というほど見せられている彼はため息で一掃する。
視線を三世に移し、エンリに尋ねる。
「エンリ師団長、彼は誰でしょうか?」
「真実の右、あなたの班はまだあなただけでしたよね」
「はい」
「彼はエーテル。これからあなたの班の一員となる者にしましょう」
「俺の班にですか!?」
「不服なの?」
「いえ、ただ俺の班にはいつも死地迫る任務ばかりが来るじゃないですか。新人に俺の班所属スタートは危険だと思いますので、配属先は変えた方が良いと思いますが」
真実の右、その異名で呼ばれた男は三世の軟弱な体に未熟さを感じていた。
言葉を濁し、間接的な表現で男は言う。
「でもね、彼はお前の班へ加入する。それは既定事項」
「ギルド王様の許諾を得ているということですか?」
「あいつは通さない。第三師団は私のための軍。私が好き勝手に使うためにしはッ……統括する組織よ」
「そ、そうですか」
逆らえない。逆らわせない。
魔女エンリは絶対的な傲慢さで男を黙らせる。
「私はエーテルに能力を与えた。彼を信じないということは私を信じないことに等しいのよ」
「申し訳ございません」
「でもまだ与えたばかりなの。どんな能力か説明もしていないから、あなたも一緒に聞いていてちょうだい」
「分かりました」
「では加入の話は終わりね。今から話題はエーテルに授けた能力に変わるわよ」
エンリは男から三世に目線を変える。
三世は自分に授けられた力が何か、告げられるのをワクワクして待っている。
「三世、あなたに与えた能力の名は"エーテル"」
「エーテルって……」
「そうよ。きっとあなたも大好きなお伽噺の主人公の名前であり、その者の能力の名前でもある」
エーテル英雄章。
あらゆる世界を冒険し、何千何万という人々を救った救世の英雄。
三世が最も憧れた英雄の物語。
「エーテルはあらゆる属性の魔法を使いこなした。それは彼の能力である」
「じゃあ僕も、全属性を使えるのッ!?」
目を光らせ、期待に胸を膨らませる。
「もちろんだ。本来、全属性を使いこなせる者は全くいない。だが、エーテルという能力はあらゆる属性のポテンシャルを引き出すことができる。たとえどれだけその属性に才能がなくても、エーテルはあればどの属性も使うことができる」
属性。
火や水、木や風など、世界には様々な属性が存在している。世界には属性が必要不可欠である。
魔法は属性を自在に引き起こし、操ることが可能である。
エーテルとは全ての属性の合流地点、あらゆる属性が潜在する座標。
「でもね、あなたはまだ魔法を一つも習得してないでしょ」
「はい……」
「魔法を習得するには幾つか方法はある。でもあなたは今すぐに魔法が欲しい」
三世は無言で頷く。
「じゃあこれでいくしかないわね。エーテル、あなたの体、乗っ取らせてもらうわね」
エンリは灰色の瞳で三世を直視する。
風もないのにエンリの黒髪は揺れる。
一体何が起こったのか、それを考えるよりも先に自分の体に起こった違和感に気付く。
(あれ……体が、動かない!?)
「正解。あなたの体はジャックさせてもらったわ」
エンリは喋っていない。話しているのは三世自身だ。
いつか体験した不思議な感覚を感じている。
同時に、エンリに自分の体をどのように利用されるのか、先の見えない恐怖がある。
エンリは三世の恐怖心を見抜いていた。
「心配しなくても大丈夫よ。これからあなたの体で魔法を使うだけだから。魔法の感覚をあなたに覚えてもらうためには、この方法が最も手っ取り早いの」
三世は歩いていた。
立ち止まり、目の前には真実の右がいる。
「真実の右、今からエーテルと戦いなさい」
「しッ、しかし良いのですか?」
「エーテルの体は私が操っているの。それとも、私があなた程度に負けると思っているのかしら?」
「いえ、そういうわけでは」
真実の右は居所が悪そうな心地で、三世に対し戦闘態勢に入る。
「じゃあ始めるわよ。殺す気で来なさいよ」
「了解です」
今、戦いが始まる。
エンリがゲームのように操作する三世VS真実の右。
ライの「勝負開始」の合図とともに、互いの体は動き出した。