物語No.13『VSリザード・ドラゴン』
校庭では、リザード・ドラゴンを食い止めるために琉球が命懸けで囮を引き受けていた。
リザード・ドラゴンは火炎を放つ続けるが、琉球の潜在能力は火炎を無効化し、ましてや身体に纏っている。
だが強靭な肉体で物理攻撃を受ければ身体は持たない。琉球は校庭を縦横無尽に走り、リザード・ドラゴンの攻撃を紙一重で交わし続ける。
「はぁあ、はぁあ、はぁあ……」
体力も底を尽き始めている。
既に全力疾走はできない状態で、視界さえふらついている。
「誰か……早く助けに来てくれ……」
だが救いの陰はどこにもない。
琉球は希望を諦めず、走り続ける。
だがリザード・ドラゴンの疾走を振りきれるほどの体力はもうない。真後ろまで数歩で迫るリザード・ドラゴンを見上げ、琉球は悟る。
(やべぇ、死ぬ)
リザード・ドラゴンの尻尾が橫薙ぎに振るわれる。直撃した琉球は宙を大きく舞って吹き飛び、校庭に転がった。
身体を纏う炎が威力を消し、受け身を取って衝撃を最小限にしたものの、落下の衝撃で全身に激しい痛みが流れている。
地に手を押しつけ、必死に立ち上がろうとするけれど、身体は赤信号を訴えている。
ここがお前の限界だ。
そう言うように、身体は言うことをきかない。
制御不能の身体をそれでも動かそうと足掻くが、手は宙を泳ぐだけ。
身体を纏う炎も飛散し始めている。
頭上には、リザード・ドラゴンが前足を大きく振り上げている。
火炎なら太刀打ちはできたが、生憎物理攻撃を無効化することはできない。押し潰されれば人は死ぬ。
愛六は助けに入ろうと走り出す。
彼女の肩を、一人の少年が掴む。
振り返り、愛六は自分を止めた者の正体を見て驚いた。
「あんた……!」
すぐに少年は走り出す。
両手で構える剣を前方に構え、そして叫ぶ。
「交代」
リザード・ドラゴンの前足が振り下ろされる直前、琉球の姿は消えていた。代わりに、そこには剣を前方に構える少年の姿があった。
少年がいた場所からこの場所まで一秒もかからず辿り着くことはありえない。だが少年は可能にした。
琉球は気づけば愛六の側にいた。
自分に何が起こったのか、不思議に思っている様子だ。
「琉球、お疲れ」
「俺に一体何が起きた!?」
「見てみなよ。あいつが、三世が来てくれたんだよ。しかも潜在能力を発現させて」
三世の潜在能力。
それは自分と他者の位置を入れ換える能力。
「ってことは、あいつも過去と向き合ったのか」
三世は今、戦っている。
リザード・ドラゴンの尻尾が橫薙ぎに振るわれる。三世は剣を盾にして受け止めるが、耐えきれず後方に吹き飛ぶ。足が地から離れ、空中で無防備になる。
飛翔したリザード・ドラゴンは顔を振り上げ、降下とともに航空機並の速さで三世に突進を仕掛ける。翼が三世の腹を直撃し、弧を描いて転がった。
腹を押さえ、咳き込み、それでも剣を手に握りしめる。
「まだ、僕は……戦うんだっ」
三世は剣を地に突き刺し、ゆっくりと立ち上がる。待ってくれるはずもなく、リザード・ドラゴンは滑空して三世に突進を仕掛けた。
再び三世は翼を腹に受け、仰向けになって地に横たわる。
三世はまだ立ち上がる。
「僕はお前を倒して、主人公になってやる」
剣を両手で握りしめ、再び滑空してくるリザード・ドラゴンと目を合わせる。
手に力を入れれば、その分腹の痛みが増幅する。それでも三世は剣を握りしめ、痛みに耐えながらリザード・ドラゴンと対峙する。
リザード・ドラゴンの頭をかわし、側面から首を切り落とすように剣を振るう。剣は鱗を裂き、リザード・ドラゴンに刺さる。だがそれ以上に刃は進まない。
動揺する無防備な三世は翼で振り払われた。
上空十メートルを吹き飛び、落下する。落ちた先に大量の水が積み上がっていた。落下の衝撃を最小限に軽減し、愛六は三世を回収する。
三世は愛六に抱かれる中、まだ戦おうと剣を握りしめるように空の拳を握り、起き上がろうとする。
剣はリザード・ドラゴンの首に刺さったまま動かない。
だが竜を斬る剣はあっても、竜を斬る力が残っていなかった。
「三世、これ以上戦えばあんたの身体はもたない」
「でも、でもさ……勝ちたいんだよ。僕は勝ちたい、勝ちたい」
愛六の腕の中から抜け出した三世は、最後の力を振り絞って立ち上がる。
進もうとする三世に、琉球はボロボロの身体で駆け寄る。
「待て、俺に作戦がある」
「作戦?」
「ああ。正面から戦っても俺たちは勝てない。だから俺たちは策略であいつを追い詰めて、確実にとどめを刺す」
「できるの?」
「やるしかないだろ」
「そうだね。ここで戦わなきゃ、ここで戦えなきゃ、この先異世界でなんて生きられない」
三人は手を重ね合わせる。
そうしている間にも、リザード・ドラゴンは三人のいる校舎へと駆け寄っている。
短い間に三人は作戦を話し合い、実行に移すことを決意する。
「でかい図体、だからこそお前はここで倒せる」
三人は校庭を走り、校門へと向かっていた。そのまま進めば学校の外、整備された道を踏み外せば一生迷子人生を送ることになるほど広い森が広がっている。
だが三人は門をくぐる前に橫にそれる。彼らの行く先には池があった。
大きさはリザード・ドラゴンはすっぽり埋まるほどの大きさがある。
「落ちろドラゴン。ここでお前を倒してやる」
リザード・ドラゴンは頭も使わず池に落ちるほどバカ正直に走ってくるーーはずがない。
大きな両翼を広げ、池を悠々と飛び越える。
三人の作戦は失敗に終わる。
ーーわけではない。
「知っていた。こういう時のために、私がいるのよ」
愛六は池の水を全て操り、球体状にし、リザード・ドラゴンを覆い尽くすように持ち上げた。
水中でリザード・ドラゴンの翼は自らでも動かせなくなり、水の中でしどろもどろに足掻いていた。
「今度こそ、落ちろドラゴン」
愛六は水とともにリザード・ドラゴンを池に落とした。池に身体を打ちつけられたドラゴンは壊れたオルゴールのような呻き声を上げ、激しく暴れている。
暴れるドラゴンへ、三世と琉球の二人は迷いなく飛び込む。
一人は右から、一人は左から。
二方向からの襲撃にドラゴンは対処が遅れる。まずは左方にいる琉球を仕留めようと前足を振り上げる。弧を描いて振り下ろされる前足を華麗にかわす琉球。しかし地は揺れ、琉球はバランスを崩した。
すぐに右方から来る三世に目を向ける。だが視界には映らない。
なぜなら、既に三世はドラゴンの首に乗っていたから。だが自分の腕力ではドラゴンの首は断ち切れない。
だから、少年は決めたのだ。
クライマックスは、お前には譲ると。
「来い、琉球。交代」
琉球と三世の位置が入れ替わる。
琉球が突然ドラゴンの首の上に出現し、すぐさま首に刺さったままの剣を手にする。
「火付与」
自分の身体に纏う火炎が剣にも纏われていく。
「終わりだ。ドラゴン」
剣が赤い円を描く。
燃え盛る刃に焼かれ、首は池に落ちていく。
火が周囲に精霊の灯火のように舞う。
赤く染まった世界で、三人は歓喜の声を上げる。
「この勝負、俺たちの勝ちだ」