物語No.12『過去はいつもあなたを見てる』
また、夢の中。
誰かの人生を、見ているみたいな……
部屋中を本棚が埋め尽くす広大な部屋だ。進んでも進んでも進んでも本棚は永遠と続く。
まるで世界中の全ての書物があるような場所。
それとともに、常に頭に情報が侵入してくる不思議な感覚に囚われている。
「ここは……?」
「あなたの過去、私の過去」
誰かが話している。
声の主はすぐに分かった。
喋ってもいないのに自分の口が、いや、この身体の持ち主の口が勝手に動いている。
今、この身体には僕と誰かの意識が存在している。
声は女性のようだ。
髪は太陽の光を浴びた黄金のように輝いている。
「あなたは?」
「いつか分かる。この部屋に来れば」
「ここはどこなんですか?」
「それを言えば君の冒険は終わってしまう」
「終わる? どうして?」
「君は質問ばかりだな。無理もないか。君たちは何も知らない、いや、忘れてしまっているだけだから」
「忘れる?」
「これはそれを思い出すための"第一章第二章"。未来を生きるための序章に過ぎない」
「分からない」
「分からなくて良い。ただいつか、君は知る。その時までに生き残ることができたなら、君はその先へ進むことができる」
彼女は機械的に淡々と告げる。
身体の動きは止まる。
自分の意志よりも彼女の意志が優先されている。
目の前には巨大な扉があった。
見たこともない物質で作られている大扉に彼女は手を伸ばす。
色は何色にも染まってしまった真っ黒さ、光が届いても輝かないようなブラックホールのようだ。
「もし君がこの場所まで辿り着くことができれば、君は全てを思い出せるかもしれない。だがここに辿り着く前に死んでしまえばーー」
急に頭に振動が走る。
脳を直に掴まれて揺らされているような感覚に侵され、吐き気がする。身体が徐々に麻酔にかかっていくような脱力感に襲われ、意識が身体から引き剥がされ始める。
「君はもう帰るといい」
「待って。君は誰? なんで全てを知っているの?」
「知る全てを話すことはしない。それではこの世界は意味を失ってしまうから。だからあなたには頑張ってもらわなくてはいけない。いつか、遠い未来でこの場所にあなたは来る。相当先になるでしょうけど」
口を動かせない。
とうとう質問もできないまま、意識の波に流される。
「それでも待っています。あなたを」
その言葉を皮切りに、意識は完全に引き剥がされた。
大海の渦を流れるように意識は旋回し、やがて神妹境娘が待つ教室に戻ってきた。
「潜在能力を解放させたようですね。まあ、それでもまだ一部ですが」
「潜在能力が?」
実感はない。
高揚感が身体を駆け巡るのかと思ったが、心身ともに変化なし。
潜在能力に目覚めた感覚はない。
「最初は二人もそうだよ。でもすぐに理解する。心が、身体が、潜在能力を思い出す」
僕と神妹が話している間にも、校庭ではリザード・ドラゴンが地にひびを入れながら暴れている。
琉球は攻撃を避け続けるだけ。だが体力は限界が尽きている。
息を切らしながら、それでも懸命に走り続けていた。
「今すぐ行かないと」
「ーー待って」
急ごうとする僕を神妹は冷静に止める。
依然とした落ち着いた口調だが、僕は足を止めた。
「君の潜在能力はあのモンスターを倒すには至らない。君たち三人の潜在能力はそこまで万能じゃないの」
「……っ、僕は」
「だからあなたに武器を預ける。あの竜の鱗を貫くほどの刃を」
神妹の手には鞘から出された両刃剣が握られていた。
忽然と出現した剣に驚きながらも、僕は神妹が握る剣を受け取った。
柄から刃先まで純白色をしており、長さは僕の膝から頭まである。両手でやっと持ち上げられるほどの重さがあり、傾け具合では青銅の輝きを放つ。
「潜在能力をどのように活かすか、それ次第であなたは強くなれる。だから頑張りなさい。生きることを諦めないで」
「はい」
強く宣言をする。
少し時間が経った今、自分の潜在能力が分かってきた気がする。
自分の潜在能力はなんのためにあるのか、自分が今まで苦労していたことも全て、これからのためだった。
僕は教室を飛び出し、校庭を目指す。
僕が去った教室で、神妹境娘は呟いた。
「彼は未来へ進めるでしょうか。私には到底分からない。しかし彼の未来が良いものであってほしいと、私は願っている」
神妹境娘は願う。
いずれ来る未来のために。