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(旧)一人一人に物語を  作者: 総督琉
第一章1『魔女の憂鬱』編
12/105

物語No.11『戦わない理由』

「どうしてあなたは戦わないの?」


 神妹境娘は永遠に問いを続ける。

 輪廻のように、ずっと同じ場所を回っているみたいに。



 ーーまた、誰かを殺したんだね。


 唐突に脳裏に弾けた言葉。

 聞こえるはずのない声、自分の声が脳内で何度も反復される。

 三世ーー僕は思い出していた。

 強引に蓋をし続けていた自分の過去を。


「また……思い出している。忘れてしまいたい過去の記憶を」


 自分は他人である。

 僕は生まれつき、他人の身体に入ってしまう。

 比喩表現などではなく、文字通りの意味で三世は他人になっている。

 知らない景色、知らない場所、知らない人、知らないことだらけの世界を生きている。


 夢のような心地だった。

 今、自分は誰かの人生を生きる夢を見ている。


 ーー夢なら良かった。


 ある時の夢だ。

 僕は小学生ぐらいの子供の母親として生きる夢を見ていた。その日は娘と母親の二人で湖に行く予定だったらしく、僕は湖まで娘を連れて向かった。

 湖だけは見覚えがあった。

 現実世界で最も有名な観光スポットだったからだ。

 都市一つは飲み込む巨大な湖の中心には、最果てが見えないほど成長している巨大な樹がある。


 そこで娘は楽しく泳いでいた。僕は泳げないため、湖には潜らず、泳ぐ娘の姿を微笑ましげに見ていた。

 夢にしては鮮明で、夢にしては現実のようで、不思議は思っていた。

 考え事をしてボーッとしていると、娘が湖で突然暴れ始めた。


「まさか……溺れている!?」


 夢であるはずなのに、僕は娘を救おうと湖に飛び込んでいた。おぼつかない足をバタバタさせて娘のもとまで泳ぎ寄り、娘を抱き抱える。

 陸まで泳ごうと奮闘するが、泳ぎ方が分からず、陸から遠ざかっていく。仕方なく俺は娘を陸へ放り投げた。

 娘は地面にお腹を打ちつけるも、すぐに起き上がって僕の方を振り返った。


「ま、ままあああああああ」


 娘は泣き叫びながら僕へ手を伸ばした。

 だが僕はその手を掴めない。

 海の引力に逆らえず、光さえも届かない闇の中に落ちていく。


「これは夢だ……。だが、夢にしては異常な後悔が残ってしまったな」


 沈みゆく中、そっと目を閉じた。

 次に目を開けた時、僕は自宅のベッドで仰向けになっていた。


「やっぱ夢か。にしても、あんな夢では今夜はぐっすり寝れそうにないな」


 夢の余韻に浸っていた。

 夢であるはずなのに、胸が強く締めつけられる。

 夢であるはずなのに、痛みが消えないのはなんでだろう。


 自然と溢れていた涙を拭い、アニメでも見ようと一階へ降りる。

 最初にテレビをつけた時、映っていたのは、ある女性が湖で溺死したというニュースだった。


 苦い想定が思い浮かんだ。


「そんなまさかな……」


 目を背けようとした。

 だけど、目を背けることなんてできなくて。


 ニュースを見た。

 確信した。

 僕は、人を殺した。

 決して裁かれることはなく、僕は人を殺したんだ。


 予知夢だったのかもしれない。

 溺れた女性はスイミングスクールのコーチをやっていたということもあり、死因が溺死ということに疑問が抱かれている。

 他殺ではないか、自殺ではないか。


 予知夢なんかじゃない。

 僕が殺した。それだけは間違いない。


 溺れた感覚を覚えている。

 死が始まる感覚を初めて感じた。

 あれは夢じゃない。確かに現実だったんだ。


 それ以来、夢は現実であると気づいてしまって以来、僕はずっと過去が恐かった。

 これからも誰かの人生を生きるのではないか、これからも誰かを殺すのではないか。



 やがて走馬灯(過去回想)が終わる。

 そして今、再び聞こえてきた。


 僕ーー三世の耳に。



「どうしてあなたは戦わないの?」


 神妹境娘は問い続ける。

 三世が沈黙を貫こうとも、神妹境娘は求め続ける。その答えを。


「三世、あなたは戦おうと思えば戦える。潜在能力を解放すればいいのに。なんでしないの?」


 淡々と神妹は尋ねる。


「うるさいっ……」


 問い続ける神妹に三世は苛立ち始めていた。

 拳を握りしめ、なにかに八つ当たりしたい。拳を振るって怒りを拡散させて、感情を少しでも楽にしたい。


「あなたが戦わない理由は何?」


「言いたくない」


「あなたはお伽噺が好きなんでしょ。あなたもお伽噺のように戦えば良い。あなたもお伽噺の()()()のようにーー」


「ーー黙ってくれ、お願いだから……っ」


 神妹は無感情に質問をリフレインし続けた。

 三世は、神妹を人の感情を理解できない機械だと感じていた。何度拒絶しても理解せず、規則的な言動を続ける。

 三世の心はぐちゃぐちゃに壊れてしまいそうだった。

 ーーいや、壊れてしまった。


 三世の目からは涙が溢れていた。

 心のコップに亀裂が走り、水が亀裂から溢れるように、三世の心は自分でも抑えられないほど激しく揺れ動いていた。


「僕だって戦いたい、戦いたいのに……どうして、どうして力を得るには過去と向き合わないといけないんだ……っ」


 三世は本心を吐露する。

 胸を強く押さえながら、涙で渇れた声で尚言葉を紡ぐ。


「過去は消えない、過去がどうしても頭の中から離れない。嫌なんだ、恐いんだ……苦しいんだ……っ。僕だって散々悩んだんだよ。それでも、どうしていいか分からないんだよ……っ」


 三世は彼なりに苦しんでいた。

 教室中の視線を集めながらも、三世は声を大にして答えている。


 教室の喧騒に対し、神妹はやかましさを感じていた。収まらない雑音の中で、「場所を変えましょうか」と呟く。

 直後、教室中にいた生徒が一人として消えていた。

 違う。

 消えたのは二人の方だ。神妹と三世は突如教室から姿をくらました。


 まるで隔離された世界のような教室で、神妹は三世に問いかける。


「創世三世、あなたの過去を聞かせていただけますか?」


「……嫌だ」


 それでも少年は否定する。

 それでも少女は問い続ける。


「では質問を変えましょう。なぜあなたは先ほどの問いに対し拒絶を選択したのですか?」


「……過去を口にするのが恐い。口にすれば、鮮明に思い出してしまう。せっかく忘れられていたことも全部、思い出してしまうかもしれない」


 三世は過去が恐かった。

 言葉にしたくない、思い出したくない、それらは全て過去から目を背けたいがための自己防衛の本能だった。

 自分を護りたいーー傷つかないように。

 過去を忘れたいーー傷つかないように。


「私はあなたの全てを知っている」


「暦さんの知り合いってことは、そうか……ネタバレ屋から僕のことを聞いたんだね」


 三世は隠すことの無意味さを悟った。

 それでも、口にすることはしない。

 頭の中だけでなら、いつか幻想に変わって霧散してくれるのではないか、心のどこかで信じていた。


「じゃあ、君は何しに来た。僕に何をしたい。そんなに過去と向き合えって、君は言うのか……っ」


「違う、でもそうなのかもしれない」


 怒鳴る三世に対し、神妹は相変わらず落ち着いた様子で話している。

 神妹はしゃがみ、三世の顎を掴み、くいっと上げた。三世の目を自分の目まで持ってくる。


「私はこれを言いに来たの。

 ーーあなたは()()()にはならないの?」


 三世は瞳孔を大きく開いた。

 自分がずっと抱き続けていた願望が思い返される。

 辛い時、苦しい時、三世を救ったのはお伽噺だった。

 お伽噺の主人公はいつだって三世の憧れだった。いつか自分もそうなれたら良いのに、なんて夢物語を抱いていた。


 叶わないと思っていた。だから叶わなくて良いと思っていた。

 でも、手を伸ばせば、向き合えば叶うかもしれない。


 校庭ではモンスターが突然進行方向を百八十度翻し、校舎から校庭の隅に標的を変更した。

 校庭の隅には、琉球とおぼしき少年がサッカーボールを蹴り、モンスターに当てている。


「意味がない。モンスターを怒らせるだけだ」


「そうでしょうね。でも命懸けで大勢を救おうとしている。その中にあなたもいるのでしょうね」


 モンスターの視線が琉球に向けられる。


「ああ、恐い。でも、みんなのためなら恐くない」


 琉球はモンスターと睨み合う。

 数秒後、モンスターの口が大きく開く。口からは火の粉が舞い、喉奥は赤く光り始めている。


「まずい……」


 モンスターの口からは火炎が波のように吐き出された。

 校庭が赤く染まり、焦土と化している。黒煙が上がり、火炎の凄まじさが三世にも伝わっている。


「琉球……っ!」


 死んだ。

 当然だ。

 大地を溶かすほどの火炎を浴び、生き残ることは不可能だ。

 全身が跡形もなく消え去っていてもおかしくない。


 うつむき、絶望する三世。

 横では神妹が平然とした様子で燃える大地を見ていた。


「三世、ちゃんと見ていなさい」


「へっ?」


 三世は顔を上げ、恐る恐る校庭に視線を向けた。

 どろどろに溶けて赤く濡れた大地の上には人の陰がある。


「これが俺の潜在能力……っ!」


 火炎は琉球を直撃していた。

 しかし琉球は骨の一本も失わず、ましてやその炎の一部を身体に纏い、モンスターの前に立っている。

 全身の服が燃えて失くなった代わりに、炎が身体を隠す服となっている。


「リザード・ドラゴンの炎は即死級、普通の人間なら死ぬでしょうね。でも力を得れば誰だって戦える。まるでどこかの物語の主人公のように」


 三世の目には光が宿り始めた。


 その後映るは大量の水がスライムのような形状となり、炎で染まるグラウンドを消火していく。


「琉球の奴、あんな潜在能力を持ってたんだ。化け物相手にビビらないと思ったら、そういうことだったのね」


 愛六は蛇口の側に立っている。

 蛇口を開き続けて水を放出していき、巨大なスライム状の水のもとまで飛ばしている。

 水を自由自在に操る術は魔法のようだと、三世は感動していた。


 力が欲しい。

 自分もモンスターと戦える力が欲しい。

 三世の鼓動はそんな響きを奏でている。


「もしここでただ見ているだけなら、君はいつまでも脇役だよ。君は、主人公に、お伽噺の英雄に憧れているんでしょ?」


 拒絶できない。

 今までずっと否定し続けてきた三世は、否定をやめた。


「もう一度聞くよ。どうしてあなたは戦わないの?」


「力がないから」


 三世は答えた。

 今度は自分から神妹の目を見て。


「だから、僕はその力が欲しい。主人公になれるくらいの力が」


「良い目になったか。三世」


 以前とは全くの別人となった三世の姿は、主人公とはいえないまでも、主人公になろうとする意志が垣間見える。


「潜在能力は、向き合った分だけ解放される。全てに向き合う必要はない。それでも少しずつ向き合って、あなたは強くならなければいけない。主人公になりたいのなら」


「僕は、主人公になるよ」


「ーーでは過去に向き合え」


 神妹はネタバレ屋のように手をかざす。


「まずは潜在能力を解放しなければ何も始まらない」


 手はたちまち光を帯び、眩しいと感じる暇もなく三世は白光に飲まれた。


「ーー始まりは己の過去とともに」


 次の瞬間、脳に声が送り込まれるような感覚に陥っていた。脳が揺れ動く感覚を味わい、そして意識は落ちていく。


「ーーまだ、目覚めないのですね」


 夢の中に落ちていくように、三世は意識を失った。

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